白き桜に眠る日 第1話



21の誕生日の翌朝、彼は眠りについた。
私を残して……たった一人で届かない場所へ行ってしまった。
病に冒されていた優。
優しかった貴方は思い出の中へ消えた。

別れの朝、充分泣いたから涙を流すのはこれでお終い。
どれ程泣こうとも貴方は帰って来ないから、もう泣くのを止めた。
これからは笑って生きて行きます。



桜が降りしきる春の日、白い病室で貴方は眠っていた。
私は痩せた彼の手を握り締め、そっと祈っている。
神様、どうかこの人を連れて行かないで。
この人の傍にいられる事以外何も望まないから。
お願い………。
目からじわりと涙が溢れて、彼の手の平へ零れ落ちる
「すぐる……」
「伊織」
私の呼び声に気づいたのか、彼がゆっくりと目を覚ました。
私の手を小さく握り返す。
「泣いているの?」
「目にゴミが入っちゃって」
すぐばれてしまうような見え透いた嘘。
柔らかい仕草で彼が私の涙を拭う。
「……嘘つき」
彼はクスっと微かに笑った。
私も微笑み返す。
この永遠が続けば良いのに……。
「優、そろそろ桜が咲くね。見に行こうか? 」
高校の帰りによく二人で歩いた並木道。
春には桜が咲いて華やかな彩りを見せる木々は
冬には枯れ木と化し、一気に寂しい雰囲気になる。
来年は見れないだろうあの桜並木を もう一度二人で歩きたい。
これが最後の機会だと 思うと胸が痛んだ。
「……今更外出許可なんて出るかどうか」
弱気な表情で微笑む彼。
彼の気持ちは痛いほど分かる。でも
別れの日が近いという確信にも似た予感を抱いていたから、
私はどうしても諦められないのだ。
最後のデートになるかもしれないのだから。
「じゃあ外泊許可お願いしてみるわ。
外出だと疲れちゃうから許可下りないかもしれないし」
大丈夫と彼に微笑んで、私は病室を出た。
私まで弱きになったら彼は希望を失うだろう。
心を強く持たなければ。
常に自分に言いきかせてきた事だった。
あまりにも簡単に崩れ落ちそうな決意。
病状は悪化の一途を辿っていることは
彼自身も気付いていることだ。


担当医の元に外泊許可を取りに行ったら、一瞬苦い顔をされたものの
意外にもあっさりと許可が出て複雑な気分になった。
それがどういうこと分かりすぎて辛い。
嬉しいことには変わりないから、私は笑顔で彼の病室を開けた。
花の香りと共に開け放たれた窓から桜の花びらが舞い込む。
「何してるの。寝てなきゃ駄目じゃない」
彼は窓の所で外の景色を眺めていた。
「あ、伊織どうだった? 」
何も気にしてない様子で彼は私の方を振り返る。
「外泊許可が降りたわ。早速準備しなきゃ」
私は彼の側にいき、窓を閉めた。
病人の彼にとって春の風はまだ冷たいのだ。
「許可が出ても具合が悪くなったら行けれなくなるのよ。
さ、横になって」
「そうだね。ごめん」
彼は素直にベッドに横になり、布団を被った。
「明日の朝、迎えに来るわ。お休みなさい」
そういい残し私は病室を出た。
微かに身を起こし、彼は私を見送っていた。
今にも泣きそうだったから私は早足で病院を出た。
彼の担当医のの言葉が脳裏に響く。
「最後だから最高の思い出を作ってきなさい。
お互いの為にもね」
その言葉を聞いたとき私は絶句して一瞬凍りついたのだ。
もう無理はするなと言えるような段階ではないのだろう。
あと一週間もつか分からないとも担当医は言った。
命の期限の宣告を受けた。
こちらが見る限り、あんなに元気な彼。
あともう少しで本当にお別れなんて信じられない。
覚悟をしておかなければならない。
最後まで彼には終わりの日を悟らせてはいけないのだから。
私は気をしっかり持とう。


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