28. 一夜


ふらりと立ち寄ったバー。
私は「アラウンド・ザ・ワールド」というカクテルを注文した。
適当に選んだ。酔いたいだけで、特にこだわりはなかった。
辛くも甘くもないお酒は喉にすっと溶けていった。
その時グラスを転がす私の隣に腰をかけたのは、目を疑うほどのいい男。
整いすぎて、冷たい印象さえ与えるその顔、鋭い眼差し。
私は彼から目が離せなくなった。
欲望を抱いた。
「何か用でも? 」
淡々と紡がれる低音。
その色っぽさにゾクゾクする。
「あなたみたいな人がどうして一人なの? 」
思わず口から出ていた。
女性連れでないのが不思議なくらい、彼は魅力的だった。
「同じ理由かもしれないな」
「私がどうして一人でここにいるか分かるみたいな口ぶりだけど」
「一人で飲みにくる者の理由は大体同じだ」
ブルームーンか……。
目の前にいる男は紫色に染まったグラスを傾けていた。
「……同じ」
彼の瞳をまじまじと見つめる。
椅子に座っていても分かる長身。長い足を組んでどこか憂えた瞳で。
「ねえ……」
彼の手にそっと手を重ね合わせた。
同じ部屋で夢を見ない?
そう意図を込めた熱視線を送る。
縋るように、媚びるように。
「行きましょうよ」
ふっ。彼が笑って立ち上がる。
私の誘いに乗ったことを表していた。


彼の車で私の部屋に向かう。
左ハンドルの高級車。
その歳でこんな車乗ってるなんてよっぽどお金があるのだろう。
この部屋に私以外の人間が入るのは久しぶりだ。
部屋の電気のスイッチをつけようとする手が奪われる。
ああ、いらないわね、私達には。
抱き上げられ、下ろされた場所が舞台。
一夜限りの幕が上がる。



「……ああ……っ」
漏れる溜息。
入り込んできた熱が私を支配した。
満たされた悦びでどうにかなりそう。
狂いながら、それでも理性は保っている彼。
遊び慣れている私の同類項ね。

巧みな愛撫はお酒よりも遙かに私を酔わせてくれた。

目覚めた時、彼はもういなかった。
煙草と香水の香りを残してどこかへ消えていた。
一度きりの女に別れを告げたのね。
また別の場所で、声かけられるんでしょう。
シャワーで味わった愉しみを消すように洗いながら ふと頭の隅に思い浮かべたのはカクテルの名前。
ブルームーン。
そういえば名前はお互い名乗らなかった。
特に必要はなかったけれど。




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