神の奇跡



 お城では、定期的に舞踏会が催されていた。
 今回は、上流貴族の令嬢ばかり招かれている。
 王家に嫁ぐにも申し分ない身分の女性達は、
互いに敵愾心を  向け合いながら佇んでいる。
 自分の家から王妃となる者が出たら名誉だと、刷り込まれ
 教育されてきた少女達は誇らしげに、眼前を見据えている
 王の目に止まることを夢見て着飾った人形達はただ同じ顔をしていた。
 悪く言えば欲に満ちた。
周りは全部敵という張り詰めたピリピリとした空気
 が漂っている。音も無い静寂の中、柱時計の音が響く。
 表面上は楚々とし慎ましく見えるのだが、王は見抜いている。
 望まれれば彼女達は、側室という立場でも喜んで受け入れるだろう。
 子を成せばやがてその子供が次代の王となるかもしれない。
 王妃の座は射止められなくても側室という立場に収まる手もある。
 ギウスは父王が母である前王妃以外に、側室という存在がいたことに
 嫌悪していて、彼は、王妃一人だけを生涯愛すことを課していた。
 先年、亡くなった前王の跡を継いだギウスは、未だ20の若年
 であり、王子時代にも側室も居らず勿論子などいようはずがなく。
 王の最初の務めを早く果たすべく周りからやんわりと要求されていた。
 妻を娶り、次代の血を継ぐ者をもうけること。
 だが一般の民ならともかく、一国の王の結婚だ。
 相手は王妃となり夫を支え引いては国の母にならなければならない重要な存在。
 皆、慎重だが、王妃の座が空席ともなると国民や他国に対しても対面が悪い。
 政略結婚という意味合いで他国の王女と婚姻を結ぶことも考えられたが、
 双方、互いに歩み寄ることも出来ず婚姻を結ぶまでに至らなかった。
 王は、本気で好きにならなければ結婚などできないと常々発言していて、
 まだ本当の相手に巡り会えてないだけなのだと、周りも渋々納得していた。
 長年この城に仕えてきた重鎮的存在の家老ギブソンはそんな王の純粋さを
 よいことだと思っていた。少々威厳にはかけ頼りなさもあるが、
 人の上に立つ者になくてはならない物を持っていると。
「どなたかお気に召したお方はいらっしゃいましたか」
「ああ」
 親しい家老の問いかけに、ギウスは瞳を緩めた。
 マントを引きずりながら歩いてゆく。
 すぐさま、令嬢達は王の為に道を開ける。
 金色の髪、薄青の瞳の美しい女性がそこにはいた。
 正面を見据えている姿は凛としていた。
「踊って下さらぬか」
「私などでよろしいのですか」
 王に対しても怯まず対峙している姿は他の者にどう映るのか
 彼女は意識していないのか。
 少なくとも王には好意的に映っているようだが。
 それを証拠に王は自ら跪いて手を差し伸べている。  ホールの中がざわめきに包まれた。
「なんと勿体無い。私は王が手を差し伸べて下さるに相応しい存在ではありません」
「気に入ったのだ」
「こんなことを言うのは無礼だと重々承知しております。
 他のご令嬢方も同じ方がいらっしゃるかは存じませんが、
 私は婚約者がいます。王に選んで頂きたいという気持ちは少なくともありません」
 きっぱり突っぱねられギウスは心中拍子抜けしていた。
 青い瞳が生き生きと燃えている。
「あなたこそ、神が導いてくださった方だと私は思っている」
「それは別の方ですわ」
 金の髪の令嬢は王が差し出した手を一旦掴むとすぐに離した。
 衣擦れの音が微かに聞こえる。振り返りもせずにホールから遠ざかっていく。
「待ってくれ」
 彼女に気圧されたのか情けないほど弱い声で王は、声を紡いだ。
 王の声を背中に受けて立ち止まる女性。
「名を教えてはもらえないか」
「セラです、ギウス陛下」
 そう言うとセラと名乗った女性は今度こそホールを後にした。
 ギブソンは、自らの席へと戻ってきた王に、
「あの方はメリル伯爵家のご令嬢ですね。
家柄だけならもっと他にもよいお嬢様がいらっしゃいますが」
 と耳打ちした。
「大した問題じゃない、私はあの方が欲しいだけだ」
「情熱的でいらっしゃいますな」
「彼女には婚約者がいるらしい」
「珍しいことではないでしょうね。婚約者がいようと
 より身分の高い者との婚姻を結ぼうと考えるものです。
 今回の舞踏会で欠席したご令嬢はいらっしゃらなかったですよ」
「一国の王妃という立場は重い。それを理解し、共に歩める女性は
 中々いないだろう。だが、私はセラと出会い確信した。
 鮮烈が体中を駆け巡ったのだ。一目で魅かれて、話してみて
 より強く魅かれた。彼女しかいない」
「権力を傘にしても手に入れたいと仰るのですか」
「卑怯な手段だというのは、痛いほど分かっている。だがこれしか術はない。
 私が彼女を手に入れる術はこれしかないのだ」
 ギブソンは、王の想いは本物だと納得させられた。
 こうなっては誰も止められない。
(これほどまで想われることはあの方・セラ様にとってお幸せなのか
 果たして不幸なのか。言わずとも知れている。後者だ。
 幼い頃より定められた相手との仲を引き裂かれることになるのだから)
 王は、マントを翻してホールから去っていく。
 ギブソンは目を伏せて、脳裏で既に帰路に着いているセラへ謝罪した。
 申し訳ありません。私にとって陛下にお仕えすることがすべてなのです。
 身勝手すぎる謝罪を自己完結させてギブソンは、次の段取りを頭に巡らせる。
 伯爵家への連絡、セラ嬢の婚約相手の家への根回し。
 一人の人間の感情よりも王に仕える臣下としての思考で行動しなければならないのだが、
 それはギブソンにとって本望であった。



「願ってもないことです。喜んでお受けいたします」
 王の使者の来訪にメリル伯爵夫人は終始笑顔だった。
 不気味なくらいに笑みを貼り付けている。きっと壊れてしまったのろう。
 家に訪れた思いもよらぬ幸運に。
「お嬢様にはお城に上がって王妃になる為に色々学んでもらわなければ
 なりません。婚儀のこともありますしなるべく早い方が良いでしょう」
「はい、そのように……それであの
トリコロール家への連絡はこちらからした方が宜しいでしょうか? 」
「その必要はありません。この後王家より連絡をしますのでね」
「よろしくお願いします」
「ご令嬢にはくれぐれもよろしくお伝え下さい。
 王家とメリル伯爵家の結びつきが双方にとってよいものでありますように」
 使者は発言の最後に力を込めた。
 反故にすると、簡単にこんな家潰せるのだと言葉の裏に滲ませている。
 メリル伯爵夫人はびくりと身を震わせて会釈した。
 セラはこの後、伝えられることになる事実を知らず、
 婚約者ジャックと共に淡い時間を過ごしていた。
 運命が決まってしまったのはセラが舞踏会に出た翌日のこと。
 物語はここから始まりを告げる。


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