sinfulrelations


Love is chain 〜2〜



ウェディングドレスを着ていても沙矢は羽根のように軽かった。
沙矢を抱かかえ、披露宴会場のホールを出ると、急いで控え室へ戻った。
新婦の控え室へ向かった後、新郎の控え室へ。
着替えを済ませて荷物を取り、出て行く。
手を取り合い、走って式場を抜け出した。
ちらと横目で見れば、披露宴の招待客がばらばらと帰り始めているようだった。
と、俺と沙矢の側に聞き覚えのある声が近づいてきていた。
「映画じゃないんだから連れて逃げなくても誰も取らないって」
あんた、来てたのか。ああ沙矢が呼んだんだなと思い隣を見れば、嬉しそうに
手を振って駆け寄ろうとしていた。
「小松さん、今日は来てくれてありがとうございます。
何だかお恥ずかしい所をお見せしちゃいまして……」
「いや、何か青さんらしいって思ってね」
嫌味か知らないが、小松恭一は俺のことをさん付けで呼ぶ。
一応お前の方が年上じゃないかと思いつつも口に出さない。
君づけで呼ぶ人間がこれ以上増えなくて良かったという思いが強かったから。
そういえば月1で小松に会っている。沙矢と行った合コンで出会った妙な縁だが
あれ以来親しい付き合いが続いていた。
あの時自分が一緒にいっていなかったらと思うとゾッとする気がした。
在り得るはずも無いが。
「来てくれてありがとうございます」
沙矢がぺこりと頭を下げると小松は、うっすらと微笑んだ。
「小松さん、新婚旅行から帰ったらまた遊びに来て下さいね!
今度は藤城のお屋敷の方なんで場所分かりづらいかもしれませんけど」
「ありがとう、沙矢ちゃん。またお邪魔するね。
ああ、藤城のお屋敷は有名だから場所は分かるよ」
「え、そんなに有名なんですか藤城家って……」
「かなりの資産家だからね……」
よく事情を知っているなこいつと思いながら黙って聞き耳を立てる。
今日のスーツは結構いいブランドの物だな。ネクタイの柄は変だが、これが奴の趣味だろう。
「これからが大変だろう。頑張るんだよ」
「はい」
まるで兄と妹のように二人は微笑み合っていた。
「恭一さんは結婚のご予定ないんですか?」
ふと沸いた疑問を口にした。小松はきょとんとなる。
「言ってなかったかな? 僕は結婚してるよ。今年11歳になる子供もいる」
「何故妻も子もいる身で合コンなんかに?」
「付き合いだよ。部下が合コンに参加するって聞いてね、合コンはどんなものかと
興味が沸いて参加することにしたんだ。大丈夫、妻は寛容だから了承済みだったよ」
沙矢が心底驚いている。俺は無表情で小松を見下ろした。
(こいつ中々食えないな)
心中そう呟いていた。
「それじゃ」
「今日はありがとうございました」
沙矢と二人で頭を下げた。
出入り口付近に移動した所で砌ともう一人長身の少年に出くわした。
「砌、誰だ?」
唸るような低音で問いかけた。
「あ、せい兄……こいつは成田忍」
ぺこりと頭を下げてきた少年は、愛想のいい笑みを浮かべていた。
「初めまして、成田忍といいます。なんやよう分からんけど、砌がおもろいもん
見られる言うたんでついて来ました」
あっけらかんと言い放つ忍という少年に俺は呆れた。
「……半ば予想通りの展開だったのね」
沙矢は曖昧な笑みを浮かべ砌を見つめている。
「普通じゃ終らないなと思ってたんで」
「お前も俺の血が入ってるんだからよく覚えておけ。もう自覚あるだろう?」
「……まさかそう来るとは。でも否定できないよ」
沙矢が楽しそうな笑みを刻む。忍はその姿を見つめていた。
「砌から聞いとったけど、ほんま綺麗なお二人さんやわ。
単に美男美女って一言じゃ片付きませんねぇこれは」
忍は沙矢を見た後見比べるように俺に視線を送った。
「砌ママからお噂はかねがね伺ってますよ。そこら辺の俳優よりええ男やって」
「そりゃあどうも。ちょっと待て。友達の母親と何でそんな内輪話を」
じとりと砌を睨むとびくっと震えた。
「お、俺は知らない。忍と母さんが仲良いのは知ってたけど、そんな話してたなんて。
うちの母さんは誰とでも仲良いからな」
翠……あの馬鹿。
「素敵な結婚式でした。部外者の俺なんかが来るべきじゃないんでしょうが、
後になって思えば参加できて良かったと思ってます」
礼儀正しく頭を下げて忍は立ち去った。
慌てて砌が追い駆ける。
走りながら振り返り、こう言った。
「沙矢さん、沙矢姉って呼んでもいい?」
「いいわよー」
沙矢は笑顔満面に返事をしていた。
自動ドアを抜けて外に出ると、先回りをしたのか親父と姉貴の翠が車の前に立ちはだかっていた。
「お義父さん、それにお義姉さん、大丈夫でしたか?」
「全然。逆にいい演出になったんじゃないかしら……ふふ」
「プログラム全部終ってたんだから支障はないよ。
多少は驚いたが、青だしねえ大概予想済みだったよ」
親父はクスと笑い、沙矢にウィンクした。
「考えなしの行動するわけないだろ」
「でもみんなの見ている前で恥ずかしかったんだからね!」
「俺とお前はこれぐらいじゃないと面白味ないだろ?」
「……そうね」
顔を赤らめる沙矢の髪を撫でる。
「親父、姉貴、今日はありがとう」
「運命の出会いのエピソード素晴らしかったよ、青」
あの塗り替えた出会いのエピソードか。あれも真実だけどな。
「そうね、やっぱりあなた達はお似合いだわ」
「お義父様、これからよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。ハネムーンベビー期待してるからね」
「余計なお世話だ」
沙矢はまた赤面していたから代わりに答えた。
車に乗り込むと沙矢は窓を開けてもう一度頭を下げていた。
丁寧な彼女の態度に俺は感心した。
予約していたホテルへと向かう為車を走らせる。
「青、プレゼントはホテルで渡すからね」
「楽しみにしてるよ」
車の中でそんな会話を交わした。
入籍したあの日から外していない指輪は、今日は一段と輝いて見えた。

「このお風呂……とっても広い」
ホテルに着き予約していたスウィートルームに着いた途端、沙矢は、まず最初に浴室をチェックした。
浴室は部屋に入ると西側にある。
「部屋に入ってすぐ風呂を見るのか」
「だって気になるところでしょ」
「まあな」
後ろから肩に腕を回す。
「……青」
するりと腕を解いた沙矢が部屋に戻るのについて行く。
「このベッドも広ーい。マンションの部屋のベッドとどっちが大きいかな」
はしゃぎ回り、沙矢はベッドに寝転がった。柔らかなスプリングが弾む。
「こっちか? でもこれはウォーターベッドじゃないんだな」
「あれ気持ちいいもんね」
「気持ちいいのはそれだけじゃないだろ」
ベッドの上で寝転がってはしゃいでいる沙矢の隣に横たわり、抱き寄せた。
「まだプレゼント渡してない」
「そんなのいいって」
頬にキスを落すと沙矢は身を捩った。
「駄目よ。絶対渡したいの」
沙矢は腕の中から抜け出て立ち上がるとテーブルの上に置いたバッグの中から包みを取り出した。
「誕生日おめでとう。また8歳違いになっちゃったわね」
「俺は気にしたことないがな」
包みを握り沙矢が戻ってくる。俺は体を起こし彼女の手からそれを受け取った。
「ありがとう。開けてもいいか?」
「うん、開けてみて」
俺がゆっくりと包みを開いてゆくのを沙矢はじっと眺めていた。
隣に腰を下ろして俺の肩に頬を寄せて。
包みを開くと少し地味だがセンスのいいネクタイが入っていた。
「何にしようか迷っちゃって、結局これにしたの」
照れ笑いする沙矢を抱きしめる。
「サンキュ。白衣の下のシャツに合わせて着けようかな」
「かっこいいだろうな。でも青の場合色選び間違えたら妖しいになりそう」
「妖しいか」
「一歩間違えればホストね。女の人を独り占めしそうで想像するのも怖いわ」
沙矢は笑っている。
「いいよ、俺はお前を独り占めするだけで他の物はいらないから」
「青……ん」
パールピンクのグロスが塗られた唇をキスで塞ぐ。
そうして何度か啄ばんだ。恥ずかしくなるくらいの甘い口づけ。
「今日の出来事、何もかもが映画みたい」
「映画より生々しくてリアルさ」
額へ、頬へとキスの雨を降らせる。
「明日からの新婚旅行楽しみ」
吐息が混じり始めた甘い囁き。
「親父の期待に応ええるのは今にしようか、それともハネムーンでお応えしようか」
試す口調に沙矢は微笑む。
「青ったら。私はハネムーンの方が良いかも」
「オーケー」
どっちにしたって大した我慢じゃないか。
「ん……っ」
舌で唇をなぞり、口内へと舌を侵入させる。
舌先を触れ合わせると肌が熱を訴える。
沙矢は慣れた様子で俺にキスを返す。
「好きよ、ずっと一緒にいてね」
耳に届いた言葉は切ない響きを宿していた。
「何回言い合ったかな?違えるつもりの約束ならしやしなかったが」
「そうね。約束はね破るものじゃなくて守るものだもの」
どちらともなく口づけを交わした。
余韻を楽しむ暇さえない短い間隔で何度もキスをする。
俺の頬や額にもキスが振って来る。
笑って、互いの衣服を脱がしあって、裸の背を抱きしめあった。
そっと耳に呟いてシーツへと沈む。
「お前が好きだ。ずっと俺だけの側にいろ」
一緒にいよう。
足りない言葉は肌で埋めればいい。
過去も今もこれからも。

青のキスが甘さを増して、段々激しいものになってゆく。
私はそれに答えるのが精一杯だった。
息も出来ないくらい長い時間唇を合わせる。
こうすればお互いの想いの深さが伝わるの。
「ん……んっ」
「沙矢」
青の唇が、耳朶を噛み、ペロリと舐め上げる。
ゾクゾクする感覚が、体中から呼び覚まされる。
「あ……あ……っん」
向かい合って、青の腕の中で私は跳ねる。
肩甲冑に触れた唇がそこをきつく吸い上げた。
必死で青の背に腕を回す。しなやかな体が私を包み込んでいる。
見事にバランスの取れた綺麗な青の体、私を攻めて守るその体。
瞳を閉じて愛撫に酔う。
「はあ……んっ……」
頂を口に含まれて、ピクンと背が大きく反った。
指で爪弾くように頂を弾いて吸われて、ほんのりと色づく肌。
「お前は今日も最高に良い女だな」
ふっと耳に息を吹きかけられ、背をベッドに打ちつけるほど強く体が跳ねた。
「ど、うしてそんなに官能的なの……」
掠れた声で問うと青は、妖艶な微笑みを浮かべた。
私をどこかへ導く時の表情だ。
「お前によって呼び起こされてるんじゃないいか?」
「……そんなわけない」
「自覚ないんだ?」
クスクスと笑って青は胸の膨らみを揉みしだく。
「きゃぁ……っん」
体が揺れてしまう。青の仕草一つ一つが私を女にしていく。
「青のせいなのよ。知ってるくせに」
「いい具合に与えあってるな俺とお前は」
微笑んで、指が脇腹を辿る。
口づけを降らせながら唇も下りてゆく。
「ん……っ」
太腿の辺りに指先が触れ、口づけを啄ばまれ、体に震えが走る。
くすぐったくて、気持ち良すぎて。
次第に体が柔らかく、勝手に足が開いてゆく。
青の思うがままに、踊るダンス。
人間的な本能のままの衝動に突き動かされて。
「青、最初から手を引いてくれてた」
知ってたわ。
最初に抱いた夜、あなたは私を置いて行ったりしなかった。
「そうかもしれない。意識の内では酷い扱いをしていたつもりだったが、無意識下では、一緒に辿り着きたくて手を繋いでたんだな」
声にならない睦言を二人で囁いた。
青は私から少し離れて準備を整えた。
やがて片足が青の肩に担ぎ上げられる。
目で合図を交わす。
(お前の中へ行きたい)
(来て……私の中へ)
「あぁっああああん……」
青が一気に私の中へ入り込む。
高い嬌声を紡ぎだして、私は喘いだ。
こちらを見つめる真摯な眼差しを見つめ返す。
少しぼやけた視界に映る青の顔。
「青、せいっ……ああん」
律動を開始される。ベッドが軋んだ音を立てた。
青の背に指を曲げて爪を立てる。
「沙矢……っ」
何度も腰を引いて私の中を青が行き来する。
熱く火照った肌と肌がぶつかる。
夕闇の光に部屋は照らされている
二次会を開くことを断っておいて良かったなんて妙なことを考える。
朱色の光がお互いの体を曝け出してる。
でも恥ずかしくなんてないわ。醜くなんてないもの。
「もっと……強く抱いて……」
はあはあと喘ぎを繰り返し、私は強請る。
「お望みのままに」
青が突き上げてくる。
浅く深く中を探られる度、私は過度な反応を返す。
腰を揺らして、足を絡めて締めつける。
「……ん……ああっ」
弾けそうになる熱の滴。
青の熱と混ざって溶けてひとつになる。
「くっ……」
鋭く最奥を貫かれ、淡い光が破裂した。
「ああああっ」
そして、意識は高みへと登りつめた。

「ん……青?」
気だるさの中で目覚めた時、腕を包む温もりがなかった。
するりとシーツを纏いベッドから起き上がり、ベッドから抜けたところでシーツを脱ぎ捨てた。
青の待つ場所を目指して歩く。
浴室のドアに映る影はシャワーを浴びている。
そのドアを開けて、隣に立つ。
「起きたのか?」
「うん」
淡く微笑む青に抱き寄せられる。
「……んっ……あ」
唇を割って舌が入り込む。口内を犯して目的の物を見つけて絡める。
ぺロリ。口内から出てきた舌が唇を舐めた。
続くかと思われた濃厚な口づけはそこで止んだ。
「続きはまた明日の夜な」
「……ふふ」
熱っぽい青の囁きが耳を掠めてドキドキが上昇した。
「もう濡れてる? 」
「え……っ……ん? 」
青が指先で秘所をなぞる。
「冗談だよ」
「もう!」
ポカポカと背中を叩く。
シャワーの飛沫が真正面から当たっていた。
「部屋に戻ってるから」
「ええ」
そう告げて青は浴室から出て行った。
私は一人シャワーを浴び始める。
まだ今日は終ってない。
素敵な心に残る日だったなと思い、髪から首筋にシャワーを当てる。
「ウェディングドレス着れて嬉しかった」
青も結婚式のことをちゃんと考えてくれてた。慌しくて
入籍の日の約束を忘れかけてたのは私の方なんだけど、
それでも彼が覚えてくれてたのが本当に嬉しくてまた好きという気持ちが強くなった。
体に残った余韻を洗い流すのも少しだけ勿体無いって感じてる。
あなたと愛し合った名残だから。

愛し合った証の乱れたシーツに寝転がる。
髪から落ちた水の滴が、枕を濡らした。
「沙矢」
瞳を閉じて、抜けきらないけだるさに浸る。
宙に腕を伸ばすと浴室から出てきた沙矢が、声をかけた。
「何やってるの?」
クスっと笑う沙矢をベッドの中に引きずり戻す。
「お前を引き寄せてた」
嘯くと沙矢は鈴を転がすような声で笑った。
シーツの中、足を絡めて抱きしめ合う。
洗い立ての髪と肌の香りを互いに感じて鼓動が高鳴る。
「青の力、強くていいの」
「これからも緩めるつもりはない。鎖に繋いで離さないからな」
「私もあなたに鎖を繋ぐわ」
強固で解けない愛の鎖で繋ぐから、何処にも行かないで。
指先を絡めて、見つめ合う。
背中に感じる体温が愛しい。
幾度目か分からないキスを交わす。そんな互いに呆れるけれども。
沙矢の背中を抱きしめ、髪を撫でて、やがて瞳を閉じた。
手を繋いで眠る。

目覚めた時隣にある寝顔を思い浮べた。


モドル ススム モクジ


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