振り返った瞬間、抱きすくめられる。
伸びてきた長い腕が背中に絡み、動けない。
背を屈めて肩口に頬を寄せられる。
ぽたぽたと、髪から滴が落ちてきた。
「もっと恐ろしい罠に落ちたらそんな戯言抜かせなくなるか」
後から反応が来るんだもの。あわあわしてしまう。
メールの件は、私が墓穴を掘ってしまったわけで。
その場で安堵するのは早いということを今日は学習した。
大きな手が肩から首筋を這う。
自然と顔を上向ける格好で彼を見上げた。
石鹸とシャンプーの匂いが香る。
熱っぽく濡れた瞳に見下みおろされて、息を詰めた。
何もされていない。
広いバスルームの中、明るい照明で濡れた素肌がありありと分かった。
「や、だ、だめ」
このまま、喰らわれそうな気がして背筋が震える。
纏う気配が、妖しすぎてまじまじと見つめていられない。
目を伏せて、訴えかける。
「お風呂、入るんでしょ。私を待っててくれたなら一緒に入ろう」
「そうだな。じゃあ脱げ。タオルを巻くなんて無作法だな」
「あっ……ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
バスタブに浸かる時は外そうと思っていた。
まさか今まで指摘されたこと無いのに言われるとは思わず、
ぽかんとしてしまったけれど、彼の発言はもっともだ。
「……じゃあ先に入ってて。後で行くわ」
私の答えが気に入らなかったのか、青が無言でタオルに指をかけた。
ばさっという音が耳に届く。
あっけなく外されてしまい、裸をさらしてしまった。
彼の視線が届かないうちにと、さっと腕で胸を隠す。
「腕を組んで胸を寄せてる格好で逆にヤらしい」
かっ、と頬に熱が灯る。
お風呂に入っているせいでほてった肌が、
より分かりやすく真っ赤になっていた。
「分かりやすいな……」
喉で笑う彼が、長い腕を胸の膨らみの下に回してくる。
顔を傾けて、唇が強引に重なった。
舌先で上唇をくすぐられていたが、その内、激しく口内を蹂躙され始める。
息が乱れる。
甘い吐息が鼻から抜けて、体から
理性という最後の抵抗が、あっけなく奪われていく。
「お前なしじゃいられない。
もう少し耐えなきゃいけないかなとも思ったけど、いいだろ? 」
確認ですら無い。
自信に満ちた声は、このまま腕の中で狂うことを望む私を見透かしていた。
「青……」
ため息をつく。震える指先を彼の顎に伸ばし触れた。
意趣返しというわけじゃないけど、キスがしたくて。
彼の唇に自分のそれを重ねた。
首筋に腕を絡めしがみつく。
青と出逢うまでキスが甘いことも、
誰かの体温がこんなにも激しく熱を帯びていることも知らなかった。
ふわり、体が浮いた。
横抱きにされた体がお風呂に運ばれていく。
乳白色の入浴剤で満たされた浴槽の中で、再びキスが始まった。
合間に漏れる青の言葉を逃さないように、耳を澄ませる。
「お前に聞かれてなければいいのにと願ってたが、
それよりもずっと強い気持ちに支配されてたよ」
意識が霞む。とっくに瞳は潤んで彼の姿がぼやけ始めてる。
舌を吸いあい、焦がれるままに熱を交差させる。
もたれかかった素肌は、驚くほどたくましい。
「もう一度お前と夜を過ごしたい。
いつも、消えない思いを抱いてたよ。
結局、一度会えばまた会いたくなってドツボにはまったんだけどな」
髪がなでられる。いたずらな指が頂きごと胸の膨らみをこねる。
彼の指が敏感な場所に触れる度に腰がびくんと跳ねてしまう。
ここでこれ以上は無理だと訴えたくて青の腕を小さくつねってみた。
頬に口づけが落ちて、耳元に分かってると彼が囁いた。
ぼんやりと彼に寄り添い、バスタブのなかでたゆたう。
快楽が、遠のいても自然と側にいられる関係。
繋がることばかり求めてしまったのは、
お互いの気持ちの在処を見つけたかったから。
(そうだよね……)
背中を抱きしめられ、肩口に頬を埋めて心地よいバスタイムを楽しんだ。
「どうした? 」
湯上がりの火照った肌はしっとりとして心地よい。
肩を抱かれた私は、彼の胸に頬をすり寄せて目を細めた。
少しだけ、こうしていたい。
体を繋げて愛を確かめ合うのもいいけれど、
思考がかき乱されてしまう前の私で、彼のことを感じていたい。
スキンシップが大好きな彼は背中に腕を回し手を上下させている。
宥めるみたいな触れ方に、うっとりした。
「青は何でそんなに嬉しそうなの? 」
色香を醸し出すものではなく、
色んな人を惹きつけてしまいそうな魅惑的な微笑み。
彼のこんな顔を見られるだなんて。
頬が緩んだら、人差し指で摘まれた。
「恐ろしいほどに可愛くて純真な女が俺の側にいるから
喜びがにじみ出てしまったんだろう」
両手のひらが頬を押しつぶした。
彼を喜ばせているのに、いじめられている気がするのは何故!?
顔を真っ赤にして、むくれてしまった。
「青の愛情表現はひねくれてるのよ。
分かってたつもりだったけど! 」
「今のお前は素直で好きだな。
前よりもずっと愛してるよ? 」
不満を口にしたら、さらっと塞がれてしまう。
顎をつままれ、頬を撫でる指。
正面から濡れた眼差しに見つめられて、どくどくと心臓が高鳴る。
彼の顔が斜めに傾く。影が重なりそうになり目を閉じた。
数瞬後、何も起きないことを訝しんで瞼を押し開いたら、笑われた。
「期待した? 」
「今のが一番意地悪だったわ……」
すっかり馴らされたのだ。反射で反応してしまう。
キスをされると心が準備を始める。
待ちわびた甘いキスがなかったことに、心に小さく風が吹いた。
「ごめんな。お前の反応が可愛くてつい遊んでしまった」
「普通に言うのね」
「ああ。俺も素直な方がいいと学習した。
心に決めた誓いにブレない生き方をしようってな」
「ブレない生き方」
「甘く優しくいじめて、愛でる。この上なく大切に」
「いじめるより愛でるを先にして」
「細かいな。愛情の矛先ほこさきはさーやにしか向いていないのに」
「矛先っ……」
もう、言葉でかなわないのは、私も学ばなければいけないのかもしれない。
「焦らす余裕を持てるようになったのはつい最近なんだよな。
だから、楽しんでいるように見えても許せ」
声が弾んでいる。
クールだと思ってた人は、意外に楽しい人だったみたいだ。
「わ、分かった! 本当はさっき嬉しかったのよ。私の側で笑ってくれてるから」
「ああ。頬も口も緩みっぱなしだもんな」
全部顔に出てしまってた。
今度は、本気らしい。
眩しいくらいに彼の眼差しが降り注いで、囚われてしまう。
怖くて目をそらしてしまいそうだったあの頃が嘘のよう。
視線が交わるときめきを逃したくない。
「っ……」
焦らした分余裕をなくしたってこと?
荒々しく重なるキスは息をつく間も与えてくれない。
吐息を乱し、顎を滴が伝う。
舌先でくすぐられ、口内がしびれた。
角度を変えて幾度と無く繰り返されるキスは、
甘さも、刺激も全部をくれた。
彼のバスローブの背中に皺がつくのも構わず、必死ですがる。
ほんの一度だけ、耳元でささやかれた名前に、身を震わせた。
とんでもなく艶っぽくて、この声にいつもヤられる。
手首を捕まれ、体が傾くのに任せた。
上になった青を見上げて、また心臓が暴れ始める。
「お前の真っ直ぐな所が怖くて目をそらしてしまいそうだった。
何の穢れもないその瞳に俺はどんな風に映っているんだろうなって」
くすっ、と笑ってしまった。
「同じことを思ってたわ……」
とんだ空回りでおかしい。
「同罪ってことでいいのか」
「ええ」
首に腕を絡めて伝える。
抱きしめて、強く私に思いをぶつけて。
熱情の中にある愛情を見せて。
バスローブが開けられ、ベッドサイドランプが肌を照らす。
暗闇の中の光が眩しくて目を細める。
息じゃない……唾を飲む音が聞こえた。
「えっ、今の!? 」
「お前の吐息さえ感じられない独り寝が堪えたみたいだな。
自分の反応が正直で嫌になるよ」
無意識だったようだ。
「正直すぎるのもどうかと思うわよ……」
「お前が美味しそうなのが悪い。
どこもかしこも俺を誘っているようにしか見えない」
自己完結させて、彼の指が肌へと伸びる。
曲線をなぞっては、肌の上を撫で上げた。
くすぐったい。
そして、ぞくぞくする。
指の腹だったり、手のひらに近い場所だったり
色んな触れ方で、高めていく。
強い刺激はない。
どちらかというとマッサージに近い。
感じて、彼のことも感じたくなるように
ゆっくりと導かれているのだ。
小さく息を漏らすと、爪の先で弾かれた。
胸の頂点ではない平らな皮膚の上なのに、悶えるほどだった。
しきりに指と手のひらで慈しまれた後、
点々と赤い花びらが肌の上に咲いていく。
大きな声が出てしまい自分でもハッ、とするが、
首を振る私に彼は満足気な顔をし、きつく吸い上げることを繰り返す。
膝を立てて、指がシーツを掴む。
口を押さえようとした右手は枕の横に縫い止められてしまう。
触れられてもいないのに自己を主張する頂に、
「ああ、そんなに待ちわびてたのか? 」
くすっと彼が笑いかける。
唇の間に挟んで、歯を当てた。
舌先をくるり周回させてぺろぺろと舐める。
つつかれただけで、腰元が落ち着きをなくす。
背中に腕を回し、彼をその場に縫い止められる。
やだ。
そんなことを言われるとどうしてもそこに意識がいく。
(いつか言った大胆な言葉は今は言えない。
彼との関係が変化したからこそ、恥じらってしまう)
遊ばせていた左手で左のふくらみを包まれた。
指の間に捕らわれた頂きの硬さを確かめるみたいにぐっ、と沈まされる。
肌の熱は、入浴後の火照りというにはごまかせなくなっている。
胸だけじゃなく、奥も熱い。
じゅく、と濡れてしまってる。
「っあ……はあ……」
食らいつかれた胸元から全身に震えが走る。
歯が触れてできる小さな傷さえ愛おしい。
なぶられて赤くなったそこを今度は優しく吸い上げる。
頂きごと押し上げるように揉み上げられ形を変える。
手と唇による愛撫を右と左のふくらみに交互に繰り返される。
「んんっ」
彼の頬に手を伸ばしたら唇に湿度を帯びたキスをくれた。
軽く歯が立てられると神経がしびれる。
もつれ合い、広いベッドの上を転がる。
闇の中、ライトの光に照らされた黒いベッドが浮かび上がっている。
彼の重みを受け止める時に感じた小さな違和感。
腰に触れたら生地の上からでもくびれているのが分かった。
何もかもなまめかしすぎる人だ。
少し痩せたような気もする。
重いと感じたことは一度もないのだけれど。
お仕事のことは分からないけど、きっとすごく大変なはずだ。
忙しいはずなのに、いらだちを私の前で見せたりしない。
「青……大好きっ」
「ああ……好きだよ沙矢」
髪に指を絡め、いとおしげに梳かれる。
もつれ合う中でバスローブが、床に落ちてしまうのを
目の端に捉えながら甘く狂おしいキスに酔いしれた。
next back sinful relations