「お疲れのようだな。やっぱり風呂に入れてやろう」
「遠慮します」
「今日はホワイトデイだろ。俺を遠慮せずに味わえよ」
 な、何か違う!
 なけなしの抵抗を物ともせずにバスルームまで連行された。
ぽい、ぽいと脱がされて籠に放られていく衣服に、恥らう隙もない。
「たった数日で痕が、消えてる」
「何か残念そう」
「手加減しすぎたか」
 かみ合わない!
 舌打ちまで聞こえたし。
 彼が、自分の衣服を脱ごうとしていたので、
バスタオルを巻きつけてドアを開けた。
「先に入ってるから」
 慌てた様子の私に彼は、何も言わず、背中に指を滑らせた。
「ひゃあっ」
 私より低い体温だから、ぞくぞくとしてしまう。
 指先でそっと、なぞられて、震えた。
「ふうん。ちゃんと感度は良好だな」
 彼の挑発に、全身が火照る気がした。後ろ手にドアを閉める。
 いささか荒っぽく閉めてしまったが、何も言われなくてホッと胸をなでおろす。
 頭を洗っていると、ガラガラと引き戸が開けられた。
 彼の気配を意識の外にやり、一心不乱に頭を洗い終える。
 バスルームが広いことがありがたい。
 距離を取れるからお互いのプライバシーも守れる……。
 彼が、シャワーを使っている間に身体を洗い終えた。
   髪をタオルとピンでまとめると、お湯を溜めた湯船に浸かる。
 よし、泡風呂にしたから、見えないはずだ。
 後で洗い流さなければいけないので二度手間でも
 今日は泡風呂な気分だったのだ。
 思わず鼻歌を歌いなるが、どうにか堪える。
 シャワーの音が聞こえてきて、彼はまだ洗っている最中らしい。
「よし、きっと聞こえないわね」
 小声で口ずさむくらいなら、水音にかき消される。
 ふう、と息を吸い込んで歌い始めると、段々楽しくなってきた。
 るんるん、肩を揺らしてしまう。
 気分が乗ってきたので、三曲目を歌いかけたところで反対側から、水音がした。
 慌てて口をつぐむ。
 お湯が少し、湯船から落ちる。
「おや、もうやめるのか。調子っぱずれで可愛いのに」
「むっ……聞いてたの? 」
「聞き逃すなんて勿体ないことできないだろ」
「ふっ……もったいなくないわ。どうせ外れてるもの」
 長く骨ばった指が、顎を掴み頬を包み込む。
 手のひらで挟まれて、頬の熱があがる。
「可愛いって言っただろ」
 彼のペースに飲み込まれていく。これは定めなのかしら?
「それとも、俺への愛を囁くか? 」
 真顔で、恥ずかしいことを平気で言う。
 手がつかまれ、高く掲げられる。
 ちゅ、と軽く音を立てて手のひらに口づけが落ちた。
 何度か啄ばまれ、唇は腕へと移動していく。
 甘い余韻が、身体に狂おしい熱を灯すようだ。
「お前は、俺のものだが、お前のものでもあるんだよ」
「ん……青」
 もたれかかってしまう。
 スマートなのに適度な筋肉がついた男らしい肉体が、私の肌に触れた。
 手のひらが、頬から、首筋、鎖骨を辿る。
 バスタブの中、不安定な体勢で抱えられ、彼の思うがままに操られる。
 これは、私の望み。決して、青だけの望みじゃない。
 既に、尖っている頂きを避け、ふくらみを周回し、腹部を撫でる。
 むずむずするし、ドキドキもするけれど、
 マッサージに誓い触れ方だから、快感ではない気持ちよさがあった。
 ゆったりとした心地に身をゆだね、うとうとと瞳を閉じる。
 舟を漕ぎかけたところで、一気に覚醒させられた。
「あっ……い……や」
 明るいバスルームの中、点々と散らされた赤い華が目に飛び込んでくる。
 そして、胸元に頭を埋めて、両手で胸のふくらみを押さえている彼の姿をとらえた。
 頂きを食まれ、指でつままれる。
 じわりじわり、甘い痺れが身体にわだかまっていく。
 くわえられ離され、ついた唾液を擦り付けるようにしてから口に含む。
 頂きは指の腹で、押しつぶされては弾かれていた。
 びくん、びくん、と腰が跳ねる。
 その度にお湯が跳ねて、淫らな行為に耽っているのを思い知らされてしまう。
 感じて、生理的な涙が瞳に浮かぶ。
「ふ……あ……っん」
 いきなり両胸を激しく揉みしだかれ、火花が散る心地がした。
 指先で、頂きも包まれ、揺するように揉まれている。
 まさか、片方の手で両方の胸を寄せられて愛でられるとは思わなかった。
 その証拠に、既に潤っている秘所の奥に長い指が、飲み込まれていくのを感じた。
 掻き混ぜられる奥、交互に吸われる頂き。
「もう、たまらないって顔。いいな、最高に卑猥で美しい」
「っ……」
 膣内で長い指が折りたたんだり伸ばされている。
 探るように、触れては蜜を掻き出す。泡が立つ。
 彼は、もう少しというところで指を引き抜き、見せつけるようにそれを舐めた。
 もっと、強く感じたい。ほしい。
 イキそうでイケないもどかしさで、身をよじったら、ぐっと腰を抱えられた。
「そうだな。また後で楽しめるんだから、イケよ」
 長い指を突き立てられて、蕾を舌でなぞられて、鋭い震えが走る。
 がくん、と身体が揺れて、ふっ、と意識が遠ざかる。
 力強い両腕に支えられ、そのまま抱えられていくのを感じ、意識を手放した。

 柔らかなソファの上で、意識が覚醒した。
 ふわふわとした毛皮に触れて心地よさを感じた。
 瞼を押し開けたら、一瞬目がくらんだ。
 バスローブを羽織った状態なのは彼の仕業だろう。
「青……? 」
 ぼんやりと名前を呼ぶと、長身の彼が振り返る。
 少し離れた場所。ダイニングのバーカウンターにいるようだ。
 バスローブの紐を結び、しっかり着込むと立ち上がり、彼の側へと向かう。
 近づくにつれ姿が鮮明になった。
 久々に見たけれど、きっと彼は、抱き合わない日は、眠る前に作っているのかもしれない。
 慣れた動作に目が奪われる。心臓が高く鳴って、首を振る。
 いつかの日みたいに、卑猥なことを連想してしまった。
 愛ゆえの欲情と、心から叫んでいる今も同じ妄想してる。
 この椅子はあまり座ったことがないかもしれない。
 映画か何かで見た本当のバーのようなカウンターと椅子。
「わあ、このカクテル、なんて名前? 」
 カクテルグラスに満たされた赤い色に目を奪われる。
 ほんのりと甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
彼は目を眇めてこちらに視線を向けた。
 視力は悪くないはずだ。コンタクトを使っている様子もない。
 なのに、何故そんな目をするのか。わざとだ。
 顔を赤らめつつ、彼を見つめ返す。
「バスローブ姿のお嬢様にふさわしい名前かな」
「うっ。仕方がないじゃない」
本物のお坊ちゃまに、お嬢様とか言われてしまった。
 もごもごと唇を動かしていると、カウンターの上にグラスを滑らせた彼がささやいた。
「キッス・イン・ザ・ダーク」
 顔を近づけて、唇に息を吹きかけて告げられる。 
 飲む前に悪酔いしそうで、顔を背けて横を向く。
「青……狙ってやってるでしょっ」
「お前がそう感じたならそうなんだろう」
 ふてぶてしく返されて、むうっと頬を膨らませる。
 その顔で色っぽく見つめてきた挙句、声でまで翻弄するの。
 お風呂上りのせいか、それとも既に彼は飲んでいるのか、
 いつにも増してセクシーな声に、屈服してしまいそうだ。
「く、口づけは闇の中でって、な、なんて名前なの」
「そう興奮しなくても」
 くっ、と笑う青は、目の前のグラスを遠ざけ、新たな物をそこに置いた。
「酒に弱いのに、無理させたくないし、
 鍛えてやろうとも考えてないから。約束どおり甘めのだ」
 先ほどより大きめのグラスに注がれているのカフェオレみたいな色合いだ。
「ホット・カルーアミルク。コーヒーリキュールに牛乳を混ぜたものだよ」
 差し出されたグラスを受け取りにっこり微笑む。
「ありがとう」
「乾杯しようか」
 彼は先ほどのキッス・イン・ザ・ダークの入ったグラスを持ち、
 カウンターから、こちらへと戻ってきた。
 隣りに座り、不敵に笑う。
 その悪魔の笑みを気にしないように心がけて、グラスを合わせて、かちん、と小さく鳴らした。
「で、でも、青がもし白衣でカクテル作ってたらと思うと想像するだけで心臓が」
「お前、そういう趣味か? 」
「ち、違うから! 変態科学者みたいで、心臓が落ち着かなくなっただけよ」
「ふうん」
 ごくん。一口飲んだら甘くて、本当に飲みやすい。
 彼は、舌で味わいながら飲んでいるみたいだ。
 意外にもゆっくりと中身を減らしている。
「美味しい」
「それは、よかったな」
「青のも少し飲んでみたい」
 さすがに全部は飲めないけどほんの少しなら、味わってみたい気がした。
「さーやは好奇心旺盛だよな? 」
「うん。好奇心が旺盛だから上京したのよ。地元で就職する道もあったのに」
「そのおかげで、出逢えたんだろ」
「っ……ん」
 青はグラスを傾け、一口程度を口の中に入れると、その唇で私の唇をふさいだ。
 誕生日の翌日に、口移しで飲まされたブランデーはもっと刺激が強かった。
 彼のキスを感じる余裕が、あまりなくて寂しいほどだった。
 絡められた舌に、おずおずと舌を絡める。
 うるさく暴れる心臓。
 テーブルに片手をついて欲情の滾ったキスを交わしあう。
 指が震え、彼のバスローブの裾をつかんだ。
「お前、酔うと甘えるんだ」
「酔ってないわ……」
「俺の視線のことをとやかく言えるのか。
 潤んだ目で、擦れた甘い吐息を吹きかけておいて」
「もう……、何でもいい。早く、抱いて」
 中途半端な愛撫で放って置かれ、くすぶる熱はアルコールで更に高まってしまった。
 苦しい。ひとつになって、遠くに連れて行って。
「沙矢は可愛いすぎる……。すぐに抱くのが時々勿体なくなる」
指が、唇を優しく開き、中に入ってくる。
「んん……っ」
 くちゅくちゅ、と水音を立てて口内を侵す指に歯を立てて吸う。
 無心になって繰り返していたら、彼の笑い声が響く。
「俺のより指の方が楽だろう」
 彼の言葉に、ふるふると首を振る。
 私が、咥えているというより咥えさせられていた。
 歯をなぞるから、ふいに噛んでしまう。
 すぐエロテイックな方向に持って行くから良からぬ想像がやまない。
 私の中で、熱を与えてくれる彼自身は、初めて受け入れた時は衝撃で声をあげたものだ。
(改めて意識すれば、よく受け入れているなあと思う。
 怖いなんてことはない。彼の、だから嫌いではない)
 彼じゃなければ、何もかもが無理だった。 
 吸う音は私が立てている。
 それでも、この音を奏でさせているのは彼だ。
 どうして、口の中に指を含まされて、感じるのかしら。
「それとも、指じゃなくて俺のを銜えたいのか」
 彼の声は、初めて聞いた時から麻薬だった。
 一度聞いたら逃れられない。





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