「藤城総合病院で、あなたを産んだのよ。院長先生のこともよく知ってるわ」
「何にも聞いてないんだけど……」
「話してなかったし。あなたが藤城青さんと付き合っているのを
 聞いて驚いたのはこっちなのよ。びっくりしたわ」
「小さい頃の青を知っているの!? 」
くんづけ呼びといい、極めつけはあの子。
 青にあの子とか、絶対使えないもの!
「病院に行く機会あってもたまにしか会えなかった
 から何度か見たことあるだけ。お姉さまと一緒だったのも見たことあるわ。
 藤城家は、みんな美形揃いね」
「そ、そうなんだ」
 ははは、と空笑いする。何でこんなに知っているのよー。
 洗い物をしながら私とテーブルに食材を並べる母。
 青を一人にして心細い思いをさせちゃったかも。
 早く戻らなければと、お皿を拭いて、手を拭いた。
 これ以上は、母からじゃなく直接会って確かめるのがいい。
 院長先生のことも気になったが、どうにか聞くのを我慢した。
 母と青は、どうやら直接会ったことはなく、今日が初対面らしい。
 とことこと、応接間に戻ったら、青がソファに
 先ほどと寸分たがわぬ姿勢で座っていた。
 服にもしわが寄っていない。
 一ミリも動かなかった?
「青、じっとしてなくてもいいのよ」
「お前のことを考えながら待ってたから退屈はしてないよ」
 さらり、と言い放ち腕を掴んでくる。
「大きい声では言えないんだけど……、絶対何もしないでね」
 最後だけは強めに言えたので満足。
 いくら、青でもそこまで野獣ではない……と思う。
「小さい声でしか言えないが、数日間の飢えが溜まっててやばい」
 囁き声なのが逆に憎たらしい。
 うっ、と怯んだ私の腕をしっかり引き寄せて、抱きしめてくる。
 逆らえない引力。腕から逃げる術もなく吐息をついてしまった。
 背が大きいと色々と便利なのね。
「二人とも、今日は焼肉でいいかしら! いいお肉買えたのよー」
 キッチンから聞こえてきた母の突然の大音声に我に返った。
 離れようとしても、大きな力に阻まれて無駄な抵抗に終わる。
 嫌な予感がして仕方ない。
 話が弾んで、楽しく時間は過ぎた。
 気づけば夕食の準備をする時間になった。
 母とお野菜を一緒に切って、焼肉プレートをテーブルに置いていると
 遠慮がちに青が、キッチンに現れた。
 天井に頭がつきそうだったので、改めて彼は長身なんだわと感じた。
 頭を打つような無様な真似はせず、すっと屈んでいたけれど、
 一度くらい、頭をぶつける場面を見たいだなんて意地悪よね。
「うー、ごめんなさい」
 独り呟くと横から怪訝な視線が降り注いだ。
「変な子」
「別に普通ですよ」
 変なのが普通なの!
ちょっと、泣きたい。
 母に指示を仰ぎ、積極的に動く彼の姿は頼もしい。
 黙って待つよりも自分で何かしたいタイプだもの。
 結婚しても、急に変貌したりしなさそう。
平日は、別として休日に彼がご飯できてから席に着く
 姿を目にしても構わなくて、えらそうにされても苛々(いらいら)しない。
 もっと、偉そうでもいいのよ、青。
 準備が整い、三人が席に着く。
 いただきますと手を合わせて夕食の時間が始まった。
「お母さん、焼肉って意味があるの! 」
「沙矢が、そんなことを言うなんて成長したのねえ。
 あ、青くん、焼けたのからどんどん食べちゃって」
「ありがとうございます」
 青は、すっかり場に溶け込んでいる。
 さっきから、焼肉に対してもやもやしている私がヤらしいの?
変な方向に考えちゃって、箸から野菜が落ちては掴むの繰り返し。
「こら。箸くらいちゃんと使いなさい。教えたでしょう」
「むっ。使えるもの」
 子ども扱いされて、少々かちんときてしまう。
 青は涼しい顔で食事を進めている。
「安心してください。いつもは、ちゃんとしてますよ。
 たまに、思いもよらぬ粗相をしでかすから目が離せなくて」
 フォローしてくれているようで更に塩を塗りたくられている。
「はっきり仰る所素敵よ」
「お褒めに預かりまして」
 しれっとしている青は大物だ。
 そういえば、生まれも大物だったんだけども……。
 咀嚼して飲み込んで会話をするから、テンポはスローペース。
 回しっぱなしの換気扇から外の空気が入ってきて、寒いくらいだ。
 お茶を飲んで彼を横目で見れば、ニンニクを一口で飲み込んでいた。
 母のにこにこ笑顔に突っ込みたい。突っ込みたいができない。
 少し食べただけでお腹いっぱいになった私は
ごちそうさまと手を合わせて席を立った。
 母が、目で咎めてくる。
「久々のお母さんのご飯、美味しかったわ」
「それなら、いいんだけど」
 食べ終わった食器をトレイに載せていると、青が微妙な表情になっている。
「どうかした? 」
「いや別に」
 妙に引っかかる。
 感情が隠すのが上手なので、ようやく少しは読めるようになってきた所だ。
 母はまったく気づいてはいない……よね?
 私だって、表情の変化で何を考えているかまでは掴めないもの。
 和やかに夕食がすんで、片付けが終わった。
 また三人でテレビでも見ながらくつろげるかしら。
 青はおしゃべりな方ではないが、私より会話を運ぶのが上手い。
 つまったり何を話せばいいか分からなくて間が開いてしまっても
 彼は相手のペースにさりげなく合わせ、それを気取らせない。
 全部自然なんだものね。
 母が、青を気に入ってくれただけじゃなく好きになってくれれば
 いいなと思ってたけど、だいじょうぶみたい。
 もう妬けちゃうくらい仲良しになってる。
「沙矢、青くん、今日は来てくれてありがとう」
 改めて向き直られ、きょとんとする。
 て、照れる。まじまじと言われて、母の思いを感じた。
「お母さん、また遊びに来るね。今度はもっと近い内に必ず」
「結婚式に呼んでくれればいいわよ」
 母の言葉に、青の顔を見つめる。
 プロポーズの返事をしたばかりで、具体的な話は出ていない。
 考えないわけじゃなくて夢は見ている。
 盛大なものではなくても二人だけで挙げられるならいいし、
 青の仕事が忙しくて、都合つけるのが難しいなら、
 いっそのこと入籍のみで済ませてもいい。
 大事なのは、二人がこれからをずっと一緒にいるってこと。
「そうですね。何も決まってない段階ではありますが、
 先に入籍をした後で、時期を見て式を挙げたいと考えています」
「入籍だけで十分よ」
「俺にお前のウェディングドレス姿を見せてくれないのか? 」
「そうよ、着なくちゃ駄目。お母さんが縫ってあげるわ」
 二人の勢いに、たじろぐ。
 私が自分の希望を言えるように、してくれてるんだ。
「わ、私も本当はウェディングドレス着たいわ。
 花嫁衣装に憧れていたもの」
 頬が熱くなり手で押さえた。あまりに大人気なかったかもしれない。
 その時、いきなり腕を引き寄せられる。
 抱きしめられて、頬を埋めたのは彼の胸の中。
 お母さんが見ているのに。
「誰よりも綺麗で可愛いんだろうな」
 慈しむように抱かれて、狂おしい気分になる。
 甘いため息を漏らしていたら、向こうからもため息が聞こえてきた。
「当てられちゃうから逃げるわ。お布団は客間に敷いてあるからね」
「ありがとうございます」
 平然とお礼を言い、また強く抱きしめてくる青。
 口をぱくぱく開けて顔を真っ赤にしていた私は
次の瞬間、甘いキスで唇を塞がれた。

「この部屋は、昔お父さんが使っていた部屋だったの。
 本がたくさんあってね、私もよく読んでたなあ。
 難しい内容の本ばかりで理解できなかったけどね」
 敷いてもらった布団を意識しないようにぺらぺらと昔話をする。
 気を利かせすぎで、地の底に埋まりたくなってしまった。
 二つの布団が隙間なくぴっちりと敷かれ、枕もくっつけて二つ並んでいる。
 同棲していることは告げてあったものの結婚していない段階で
 実家で一緒にお泊りをすることになろうとは!
枕をぎゅっと抱え込んで壁にもたれる。
 彼は壁に背をもたれながら、私の肩に腕を回している。
 知らずバランスを崩し、もたれる格好になった。
 黙って私の話に耳を傾けているが、腕は動いているし
 ついでに言えば、片足が、私の身体に乗って固定する格好になっている。
「何するの……狭いでしょ? 」
「お前こそ。抱き合う時の距離感を考えてみろよ」
 わざとか。青はからかうのも楽しいらしく
 戯れの時にもいちいちこちらを動揺させる言動をするの。
「っ……何もしない約束よ」
 耳元に吐息がかかり、彼の唇が触れたのを感じた。
「した覚えはないな。溜まっていると言っただろ」
「が、我慢してよっ。さすがにできないわよ。
 愛しあった証拠をここに残して帰るだなんて……」
「へえ。意識してくれちゃって、嬉しいな」
 首筋を辿る唇が、熱を帯びている。彼の息が肌をかすめ背中がぞくぞくとした。
 悪戯な指先が後ろから忍び込んでくる。
 下着の上から撫で回されてもどかしい気持ちになってしまう。
「したいくせに。下着の上からでも立ってるの分かるぞ」
「……ン……っふ」
 声を抑えるとくぐもった声になる。
 それが逆にヤらしく感じるのは何故だろう。
「逆に仲良くしている俺達を見て安心されるだろう」
「い、意味がわかんない……っ……や……」
「大丈夫。ちゃんと用意してきたからな」
 彼の宣言に用意がよすぎると笑ったら、いきなり
 胸のふくらみを鷲(わし)掴(づか)まれた。
 指先で弾かれて、欲望の火を焚きつけられる。
「飲んでること言ってなくても別にいいんじゃないかな。
どうせ、証拠残すんだし」
「う、うん」
「いつでも飲むのやめていいから」
 濃厚なキスが思考を奪う。
 吐息の混ざった変な声が出た。
「……私、結婚したらすぐにでもあなたの子供が欲しいの」
 ピルを飲むのを止めて、彼も避妊をしなかったら、
 子供が出来る可能性が高くなる。
「ああ。お前との子供なら早く見たい」
 ストレートな言葉に驚く。
「や、やだ。こんな時に泣きそうになること言わないでよ」
「俺は医者の息子なんだよ。一応な」
「藤城総合病院は、産婦人科から大きくなって今の総合病院の形になった。
 俺が生まれるより大分前の話だが」
 




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