共に暮らし始めて早々、部長とのアクシデントが遭ったため、
 青はあれから、すごく警戒しているようだった。
 神経質すぎるのではと思いつつ単純に嬉しい。
 彼が守ってくれているのを感じるのだ。
 合コン参加を誘われたことを話した時、
彼は怒ったようだったが、  結局私の頼みを聞いてくれた。
 人数あわせに関して、陽香は申し訳なさそうにしていた。
 その顔に何が何でも助けてあげたい! と強く感じた。
 ただ、合コンに出発する夜になった現在まで、  青に言えずにいることがあった。
 言わずとも察してくれると信じているけれど、
 会社の玄関ロビーで彼を待ちつつため息をつく。
(お店に着いたら、付き合ってない振りをしてなんて、言えないわ! )
 私の方も彼と離れることの不安はある。
 とてつもなくかっこよくて多大な色気オーラも出ているのだ。
 陽香は、ともかく他の女性は彼をどんな眼で見るだろう。
 そもそも青は合コンに参加したことがあるのかどうか。
(ないわね……。向こうから寄ってくるから出会いの場なんて必要ないんだもの)
   ちゃんと警備員がいる場所で、待つよう青から言われていたので
 玄関ロビーで待っているのだが、他人の会社を青はよく見ているなと思った。
 下手したら内部構造全部調べ上げてそう。
(うーん、でも警備員とも一定の距離を保てって何。
お父さん世代の年齢なんだけど)
 警備員(ガードマン)さんと目が合ったので、にこっと微笑む。
 丁寧に会釈されて恐縮した。
 扉の向こうに青が見えたので、顔が綻んだ。
 手を上げると長身が近づいてくる。
「待たせたな」
 澄んだ眼差しで見つめられ、腰を抱かれる。
「ううん、全然? 待つ時間も楽しいもの」
「二人でいる方が楽しいだろ? 」
「そうね」
 甘い眼差しに、囚われて頷く。
 会社を出て、車に乗り込む。
4月に新車が納車されるらしいから、もうすぐこの車ともお別れだ。
 何度となく乗った白い車。色々な想い出が胸に蘇る。
 全てが優しいものとも限らないけれど。
「……今のうちに浸っておこっと」
「そうだな、堪能しておけ」
 くくっと笑うと青はハンドルを握る。
「次の車も白? 」
「次は赤」
「青は何でも似合うけど、赤は意外かな」
「赤ってお前のイメージだから」
 私のイメージカラーって赤なんだ。
 それなら、彼のイメージはそのまま青なんだけど。
「あのね……合コン行くの許してくれてありがとう」
 乗り込んだ車の中、ミラー越しにはにかむと低い声が返る。
「お前の願いは何でも叶えてやりたいんだ。どうしても無理な場合以外は」
「無理な場合……? 」
「会社以外で、一人で男のいる場所に行くのは許さない。
 すなわち、外出は俺と共にということだ」
 堂々と言われ、言葉をなくす。
「ふふ……そんなの願ったり叶ったりなんだけど。
 女の子のお友達と会うのも駄目なの? 」
「友人ならいいが、お前は同性からもモテそうで心配だ」
「何言ってるのよ、もう」
青は、長い腕を伸ばし私の髪を撫で、頬に人差し指で触れた。
 ごつごつと骨ばった感触に、ぞくりとする。
 首筋を意味深な動きで触れた後ギアに手を伸ばす。
 疲れもあり、助手席のシートに背中をもたれさせた。
「俺の気持ちわかれよな」
「青、心配性すぎるわ」
「お前が警戒心なさすぎなんだよ」
「……うーん」
「はあ。自覚のない奴はこれだから困る」
「な、何よ」
「とにかくこれからも仕事終ったらすぐ電話入れろよ」
「分かってる」
 満足気に微笑み、青はアクセルを踏み込んだ。
 スムーズに車道に進入した車。
 最初の信号で一時停止した時、憂いをおびた視線を彼に向けた。
 やはり今言うしかない。
「お店の中では初対面の振りでお願いします」
「つまりは、全く知らない者同士を装えと……」
「やっぱり合コンだからその方が自然でしょ」
「……分かった」
 異を唱えることなく了承してくれてほっ、とする。
 と思った途端、彼の口端が上がった。
 すでに車は走り出しているため視線は交わることはない。
 低い声が隣から聞こえてくる。
「譲れない条件がある。
 お前は俺以外の男に話しかけられたら、冷たい態度を貫け」
「……はい」
 心配しなくてもそんなことは起こらないのではないか。
 有無を言わさない青に、こくりと頷くしかなかったのだけれど。

 会場はお洒落な居酒屋っぽい場所だった。
 友達に手を振ると、こっちこっちと手を振り返してきたので  そこへ急ぐ。
約束通り、青はさりげなく離れて
男性陣の囲むテーブルに向かってしまい、ほんの少し寂しさを抱く。
 陽香は、青を目で追った後、私の方に視線を向けた。
「来てくれてありがとう」
「ううん」
「あんな魔王様と至近距離で毎日過ごしてたら身が持たないわね……。
 ああいう人は遠くから見るのが一番よ」
 適当に笑ってごまかす。
 すっかり青に心酔し大ファンになっている陽香は、うっとりと目を細めている。
「こっちに来るわ」
「ふえ……!? 」
 焦りと驚きのあまり、変な声が出てしまった。
 問題の人物が悠々とした足取りで、こちらに向かってくる。
(約束守ってくれたんじゃなかったの!? )
 思わずジト目で彼を見たけれど相手は意に介していないどころか、
 まぶしい位の微笑を浮かべていた。どくん、と心臓が鳴る。
「はじめまして」
 人前でも関係なくフェロモン垂れ流し状態だった。
 青は、私と陽香の両方に握手を求めた。
 震えているが、陽香はしっかりと手を差し出している。
 右手が、私の手、左手が陽香の手に触れていた。
「こ、こんばんは……、初めまして」
青は、私の言う通り初対面をしれっと装っている。
 陽香は、顔を真っ赤に染めていた。
 あの時と違って、完全にとりこにされている。
人前でフェロモン全開なのに、きっと青は気づいていない。
 公衆の面前なのに、私も怖いくらいドキドキしている。
 陽香は、私と青を見比べたあと、硬い唇を開いた。
「ところで、あの、言いにくいんですが
 男性側の席に移動してもらえますか? 」
勇気を振り絞っただろう陽香は肩で息をしている。
 当然の言葉だった。
「何故ですか? 」
 青が陽香をちらと見つめると、彼女は放心状態になった。
 放心状態で陽香は一時停止している。
「よ、陽香、どうしたの!? 」
 いささか乱暴に肩を揺すったら、彼女は、はっと我に返った。
 青はそ知らぬ顔で、店内を眺め回していて、
わざとやったのではないかと疑念が浮かんだ。
 怪訝な眼差しを送るが、相手は気に止めない。
 いつの間にか、ソファの上で私の手だけを握り締めている。
 テーブルに隠れて見えないのを利用しているのが小憎らしい。
「沙矢、来てくれた人達が、自信失くして帰っちゃったらどうしよう」
 陽香は、私の耳元で囁くが、反応に困った。
 合コンの意味を失くす人を連れてきたのが間違い?
でも、私一人で行くなんて許可してくれなかっただろうし。
「……大丈夫よ」
「ええ、ここで綺麗な女性二人と相席していますから心配ありません。
 わざわざ、他と競って相手を見つける必要もない」
人前モードを発動したのだろうか。彼は私の側にいる時と喋り方も違う。
 また、失神しそうな陽香にちら、と視線を送ると青はよそ行きの顔で笑った。
「ああ、相手を探されているのなら、どうぞ。
 私はこちらの美女と過ごしていますから」
 本性を現した……。
 陽香が評した魔王は、テーブルの下で、硬く手を握っていて話す気配はない。
「……分かりました……ちょっと来なさい」
 最後は私に聞こえるようにだけ言い、陽香はぐいぐいと腕を引っ張っていく。
 トイレに入ったところで、陽香は私に鋭く詰め寄った。
 両腕で壁に押しつけられている。あれ、このシュチエーションって。
 青のことを思い出し、顔を赤らめている私に、にじり寄る親友。
「何か想像したの? 」
「顔近いから! 」
 迫力が、ありすぎて、怖い。
 同い年のはずなのに、陽香はとっても色っぽいのだ。
 私は自分を振り返り切なくなる。
 マスカラつけなくても十分長い睫とかいちいち目がいってしまう。
「いいなあ、陽香」
「自分のことはまったく気づいてないのね……そりゃあ青さま
 心配で離れられなくなるわよ。無意識の小悪魔め」
「な……何にもしてないもの」
「何を思い出したの? そうか迫られたことか」
 顔、首筋、耳まで熱を持ち心臓が暴れだした。
 クールで抜け目がなくて、人を弄るのが好きな所とか誰かに似ている。
「……陽香って青に似てるわ」
「え、どこが!? あんな美しい人に似てるわけないじゃないの……
彼が女だったとしても、完全に負けてるわよ」
「えと、性格が」
「ふうん……私と青さまが組んだら、沙矢はひとたまりもないってことか」
「悪巧みしちゃ駄目。あ、陽香、そういえば青の前で気を失ってたわよ? 」
 悪友コンビができないように反撃を繰り出すと、
 彼女は、顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせた。
「っ……あの人がいきなり目の前に現れるからよ。
心の準備ってものがあるんだから」
 陽香の言葉に頷いた私に彼女は、
「毎日一緒にいるのに、まだ慣れないの? 」
「慣れる日はきっと一生来ないわ」
 断言して笑い合う。トイレから出て、席まで戻ったら  青はグラスを傾けていた。
「ノンアルコールもあって、ドライバーとしては嬉しい限りですね」
「ええ、車で来ている人多いですから」
 私は、微妙に視線をそらす。
 どちらに対して話したか分からない青に対し、陽香は答えた。
「じゃあ、私もそれ飲もうかな」
 うきうきと席を立ちかけたけれど、今度は青に手を引かれる。
「私が持ってくるから」
 陽香は、笑顔で飲み物を取りに行ってしまい、青と二人きりになった。
 顔を見るが、しれっとした様子でおつまみにまで手を伸ばしている。
「あの、やっぱりここに居るのよくないと思いますよ」
 他人行儀に喋ってみる。
「相手探してがっついているわけじゃないし。
 目的のものが、ここにあるんだから」
 すっかり素に戻った青は私の腰を引き寄せ、膝に乗せてしまう。
「ちょっ……公衆の面前で駄目! 」
「後で覚えておくんだな」
 捨て台詞に凍りつく。青は、グラスを飲み干すと男性陣の群れに紛れた。
 入れ替わりで戻ってきた陽香は、にこにこと全開の笑顔だ。
「楽しそうね」
「青さまと沙矢に酔っちゃった」
 冗談か本気か分からない。陽香は、サーバーからくんできた水を一気に飲み干した。
 唖然と見つめ、から笑いした。
 積極的に相手を見つけようと躍起になっている人もいれば、
 まったりテーブルでくつろいでいる人もいる。
 はにかみながら気の合う異性と会話を楽しむ女の子とか、
 橋渡しに徹している、すごい人もいた。
 


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