後ろから抱き締める
何事か考えているらしい菫子はさっきから黙ったままだ。
指が動いたり足が揺れたりしているから微動だにしないわけではないが。
我ながら似合わないけども、しばらく放置してみよう。
百面相見るのは楽しすぎてかなわんわ。
「……涼ちゃん」
意を決したような表情が鏡の中に映る。
俺が置いたブラシを手に握って、落ち着こうと努力しているようだ。
「あいよ」
「……もう」
少しむっとしているようだ。
「……悪い悪い」
「お礼、何がいい?」
「ありがとうって言ってもらったからええ」
「それじゃ気持ちがおさまらないじゃない」
もじもじと膝の上でブラシをいじっている様子に、やばいと思った。
「そうやなあ」
すっと目を細めている俺を彼女は鏡の中から見つめる。
戸惑っているような顔で、まっすぐ視線を寄越してきた。
梳いたばかりの髪をくるくると指に巻きつける。
セミロングの髪は淡い栗色で、傷まないように
手入れしているのだろうと感じる。
「手つきやらしい」
「意識してませんでした」
ぺろりと舌を出したら、顔を赤らめて横を向く。
「今お礼リクを熟考中」
「……そ、そうなの」
案外あっさりとした反応やったな。
髪を避けて首筋に触れたら、ひゃっという甲高い声が聞こえたが
気にせず肩に触れ背中を辿る。
「私をからかってるだけじゃないでしょうね」
「滅相もない」
菫子に触れていたらいい考えが浮かぶような気がして
と言おうと思ったが、機嫌を損ねそうなのでやめた。
改まってお礼してもらわずとも、菫子に喜んでもらえたらそれでいいのだが、
このお嬢さんは納得してくれそうにない。
律儀なんやから。
「キスで手を打とう」
「えっ」
驚いて振り向こうとした彼女を後ろから抱き締める。
耳元でもう一度「キス」と言ったら、
「……それでいいの?」
唇から零れた言葉に、了承を得たことを知る。
背中合わせ
好きシーンで創作30題
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