Forever Mine

 
                  

 今日から未来永劫、俺だけのもの。
 彼女は、菫子はただ一つの宝物だ。


 海辺の白い教会で一組のカップルが挙式しようとしていた。
新郎は長身で、新婦は身長差を補う為に高めのヒールを履いている。
 それでも二十センチ程の身長差が生じているのは否めないが。
 互いの両親と、親しい友人を招いてのシンプルな挙式。
 誓いの言葉を言い終えて、新郎が、新婦のベールをめくる。
「今日は一段と綺麗やな」
 新郎である草壁涼はぼそっと新婦の柚月菫子に囁く。
「緊張感なさすぎなんですけど」
「かちこち固まりすぎもどうかと思うで」
 こほん。
 前方に立つ神父が、咳払いをする。
 途端に赤面した新婦ー菫子ーが、無言で涼に訴えた。
 歪めていた口元を瞬時で戻し真顔に戻った涼が、
(腰を屈めるのと、背伸びするのどっちがええ? )
 唇だけを動かして問いかける。
 目をぱちぱちと瞬きさせて、菫子は返事を行動に代えた。
 すっと背筋を伸ばし、見上げると、涼は少しだけ首を屈めて菫子に応える。
 瞳を閉じた菫子の唇に涼の唇が重なる。
 二人の未来を永遠にする魔法。

 涼の腕に菫子が腕を絡ませ歩く。
 二人は階段を下りてゆく。
 ライスシャワーと一緒にどこからか風に乗って桜の花弁が二人の髪に舞い落ちた。
 さながら二人を祝福しているかのように。
 二人の通る道を開けて側道に立つ友人達がおめでとうの声をかける。
「菫子、涼さんとお幸せにね」
「ありがとう、伊織」
 菫子は微かな胸の痛みを覚えた。
 中学の時からの十年来の友人である彼女は、愛した人を数年前に病で失くしている。
 それを思うと複雑な思いでいっぱいになる。
 暗くなりかけた表情を慌てて元に戻し、ブーケを天高く掲げた。
 パサリと音を立ててブーケが落ちてゆく。
「何でよりにもよって男が拾うんや」
「いいじゃないの」
 苦笑する涼と対照的に楽しくて仕方がないといった風の菫子。
 ブーケは涼の友人(独身)が拾った。
「ふん、次は俺が結婚するんだ。涼よりもいい女を捕まえてやる」
「お前には無理やな」
「なんだと」
「女は捕まえるもんやないで」
 余裕に満ちた涼の言葉に言葉を返せない男。
「菫子ちゃんが涼を好きになった理由が分かった気がする」
 友人の言葉に涼は笑った。
 招待客に見送られ、二人は車に乗り込む。
 新婚生活を送るのだからと、貯めたお金で買った涼の赤いオープンカーだ。
 楽しそうな涼とは対照的に菫子は顔を赤らめている。
 どうやら車体にくくりつけられた空き缶が気になるらしい。
「お願い、涼ちゃん、そっと走って」
 スピードを出したりなどしたら空き缶が派手な音を立てる。
「菫子は可愛いなほんま。皆、やってることやん。
 安心せえ、あっちゅー間にこんな所から消え去ってみせるわ」
「っ……キャー!! 」
 そっとどころか猛スピードで車体は揺れた。
 一度バウンドして、激しく唸る車。
 案の定、カラカラカラと甲高い音を立てて空き缶が引きずられてしまった。
 性格と見た目のギャップが、相当激しいのよね。
 真面目な時はとっても真面目なんだけど。
 菫子は遠い目をした。
 そういえば董子は、涼と付き合いだして切なくなったことはあるが、
 苦しんだりしたことは一度もない。
 楽しくて時が経つのも早かった。
 菫子が感慨に耽っている間に車は、ホテルへと到着していた。
 夕方頃終ったはずの結婚式だが、辺りはもう暗くなっていた。
「菫子」
 外側からドアを開けて涼が呼びかける。
「ありがと」
 手を引かれて降りる。もう一方の手でウェディングドレスの裾を持ちながら。
「疲れた? 」
「よく言うわよ、あんな運転しといて」
「今日だけやから許したってや」
 ニッと笑う涼に菫子は表情でもうっ! と言っていた。
 ホテルの中に入り、受付を済ませると、涼はキーを掌で弄びながら、
 菫子の腕を引いた。エレベーターで最上階のボタンを押す。
 最上階に部屋は一つしかない。
 広い空間の中央にある扉をキーで開いて、中へと入ってゆく。
 広いスウィートルームの窓は全面ガラス張りで、きらきらとした夜景が映し出されている。
 涼がこの日のために用意した特別仕様の部屋。
 董子は侮れない人だなと驚くばかりだった。
 待ちに待ったプロポーズは、大きな決意が込められたもので、
 その後はとんとん拍子に話が進んだ。

「菫子」
 すたすたと歩いていった涼ちゃんは、化粧台の前の椅子を指差す。
 自分は鏡の前に立ち、私に座るように促したのだ。
 不可思議に思いながらも、こくんと頷いて椅子に座ると
 彼はかくんと足を折り曲げて中腰になる。
 一瞬、瞳を細めて私を見てから、彼はすっとドレスの裾を捲った。
 太腿に嵌めているガーターベルトをするりと唇に咥えて外してゆく。
 履いていたヒールまで唇で脱がして悪戯っぽく笑う顔は、妙な色気がある。
 私の足は部屋の照明と鏡により曝け出されている。
 素足を見られるって妙に恥ずかしい。
「むっちゃそそられる」
 とくんと心臓が音を立てる。
 見上げてくる涼ちゃんの眼差しが、情熱的で、私を求めているのが感じられた。
 涼ちゃんの指先が、太腿から下に滑り降りる。
 指の冷たさにびくんと震えた。
「……んっ」
 ドキドキが止まらないのは、特別な日で特別な場所だから?
 外されたガーターベルトはといえば化粧台の上に置かれていた。
 涼ちゃんはまだ膝を立てた体勢でいる。
 タキシードにつけていたネクタイもいつの間にやら外しているようだ。
 至近距離で真顔で見つめられたら恥ずかしい。
 どうすればいいのか分からなくなって、視線を背けかけた時、ふわりと体が浮いた。
 なんて自然な動作なのだろう。
「涼ちゃん」
 情欲の灯った瞳。
 下ろされた場所の柔らかさが、更に心臓を追い立てる。
 ぱちんと音がして照明が消え、ベッドサイドのほのかな明かりが灯された時、
 見上げればその先には天井ではなく涼ちゃんがいる。
 視界を覆い尽くすのは愛しい人。
 その頬を掌で包み込んでささやく。
「愛してる、涼ちゃん」
 触れた肌の温かさが、紛い物じゃない彼だと教えてくれる。
「菫子は永遠に俺だけのものや」
 語尾が聞き取れるかどうかの所で唇が重なった。
 首に腕を絡めて唇を交わし続ける。
 甘い熱が交差して、体中の力が抜けていく。
 乱されたドレスが淫靡な香りを醸し出す。
 涼ちゃんの髪が、首筋に落ちてくすぐったい。
 吐息が鎖骨にかかって体が火照りだす。
 涼ちゃんの唇と指先に強いアルコールよりも痺れを感じ、瞳を静かに閉じていった。

「永遠に俺だけのものや」
 涼ちゃんは何度も同じ言葉を繰り返す。
 掠れた声を耳元に降らせるから、まるで中毒にかかったみたいに体が麻痺する。
 普段の彼とのギャップがあるからこそ余計ときめくのだろうか。
「私はずっと、あなた一人の物よ」
 離さないで。
 涼ちゃんの背中に腕を回して、濃度の高いキスを交わす。
「ああ……菫子、好きや」
「涼ちゃ……ん」
 濡れた声が、またお互いを駆り立ててゆく。
 痛みなんて吹き飛ばすほどの快楽。
 互いの温度を感じあって、揺れる度に愛しさで涙がこぼれた。
 やがて意識が真っ白に濁った時、脱力した彼を受け止めると、
 切ないほどに強く抱きしめられる。
 頭を引き寄せられて、見つめ合い、頷いて瞳を閉じる。
 同じ夢の中で会えることを二人願いながら。

 いつもとは違う眩しい朝。
 抱きすくめられた腕の中でまどろみから目覚める。
 驚かせたらいけないから、腕から抜け出さずそのまま瞳だけを開いた。
「おはよう、涼ちゃん」
「ん……」
 寝ぼけているのかしら。
 細く開かれた瞳が、私を映す。
「今日も明日も一緒の朝、迎えられるのね」
 言葉にして確かな実感をする。
「当たり前やろ」
 ぐっと肩を引き寄せられて額に口づけられる。
「涼ちゃん」
「温かいな、菫子は」
「涼ちゃんの側にいるから温かいの」
 涼ちゃんはきょとんとした後、爆笑した。
「な、何!? 」
「ほんま菫子でよかったわ」
「……うん」
「これからよろしくな奥さん」
「ええ、あなた」
 自分の言葉に吹き出してしまった。
 気恥ずかしさが…………。
「あなたなんて言わんでええ、今までも  これからも涼ちゃんって呼ばれたいんや」
「分かったわ」
 うん、私も呼びたいわ。
「俺も時々、すみれって呼んでもええ? 」
「……いいわよ」
 クスクスと笑って思いっきり抱きついた。
 陽気だったり男っぽかったり可愛かったり、とっても魅力的な人ね。
「今の顔、可愛い」
 髪をくしゃくしゃっと掻き混ざられたから、私もお返しをする。
「お互い子供じゃないんだから」
 咎めてない。笑いが止まらないのだ。
 時にはふざけて羽目を外すのもいい。
 笑い合って暮らしていければいいね。
「チェックアウト、ぎりぎりまでこうしていようか」
「それいい」
 何をするでもなくただ、寄り添って。
 この愛しさは、永遠に二人だけのものだ。
 側にある温もりに安心しながら、再び瞳を閉じた。
 次は、どっちが先に目を覚ますのだろう。


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