私にスイッチを入れられるのは、陽だけだ。
 この人の子供がほしいと心底願った男。
 もしも他の男と出会っていて……なんて仮定馬鹿らしいじゃない。
 決して完璧ではなく、欠けた部分を補い合えると
 付き合い始めの頃にも感じたものだ。
 今は、理想的な関係になれているだろうか。



ベッドの上寝転がった翠の顔を陽は覗きこむ。
 宙を掻き抱く翠は、陽を意識しているのがありありと見てとれた。
 だが陽はわざと、平静を装う。
 すぐにでも、キスをし、覆い被さって体温を感じたいと思っていても
 自分の欲求を並々ならぬ努力で抑えこんでいた。
「どうしたの? 」
「私で満足してる? 」
 尋ねたのが、逆に尋ね返され、陽は苦笑した。
 鋭い審美眼を持つ翠に陽は下手なごまかしなどできず本音で話す。
陽本人も気休め程度の安い言葉など嫌いだった。
「満足してなければ、結婚してないよ」
「そうね、あなたはそういう人だわ」
「付き合っている間に君のこと知ることができたからね、色々と」
「何か意味深なんだけどそっちに捉えてもいいのかしら」
「君の考えている方向と僕の考えている方向は同じだろう? 」
 陽はくすっと悪戯っぽく笑う。
 若々しい外見を裏切り中身は大人の男なのでギャップに惑わされる。
 出会った日から今日まで変らず。
 彼の方が3つも年上なのに、年の差なんて感じさせない。
 他人から見ても年の差があるように見えないらしく翠は、嬉しいどころか
 少々憎らしかったりした。
 実際は、年齢以上に大人なのだから。
 寧ろ、老成しているレベルだ。
 胸元に顔を埋めた陽の頭を翠は抱きしめて引き寄せる。
 吐息が肌を掠める度にくすぐったさで身を捩った。
 敏感な場所にささいな刺激のみで焦らす。
 早々に、達してしまっては勿体無い。
 時間はたっぷりあるのだから。
 フェザータッチよりも軽く触れて、ゆっくりと煽る。
 衣服の上からだから余計感じにくい。
 翠は、陽の上唇に舌を滑らせて噛んで、小さな仕返しをする。
 お互い、口元を吊り上げて笑っていた。
「こんなので足りるの? 私は感じてもいないわよ」
「枯れてたら、ゲームにも乗らないさ」
 悪ふざけで軽口を叩き合う二人は、ゲームをしているかのようだ。
 音を上げたら、そこで勝敗が決まってしまう極めて分かりやすいルールのゲーム。
 愛し合ってるから言葉でも相手を翻弄したかった。
 負けず嫌いの似た者同士。
緩慢な動作でボタンが外し合い、お揃いのシャツが床にひらりと舞い落ちる。
 小鳥が啄ばむように軽いキスを何度も交し合うと同時にお互いの素肌に触れる。
 指先で辿りながら同じ情熱の色に仄かに染まり始めた肌に満足するのだ。
 どちらか一方でも気持ちが足りなかったら、同じ色にはなれない。
 ”愛してる”
 翠の唇の動きを読み取った陽が、返答を耳元に囁いた。
「愛してるよ」
 ぞくりと体が震える。
 翠はぎゅっとしがみつく。背中に回した腕は広い背中で繋ぎ合わせる。
 キスをしながら、今度は下着が外された。
 素肌同士で触れ合ったら、勝手に胸が高鳴る。
 きゅんと疼く。
 どちらともなく差し出した舌を絡め合い、吐息が鼻から漏れる。
 唇同士で淫らに糸が繋がれていた。
 濡れた音が室内に木霊する。
「……っん」
 手を遊ばせておかず胸への愛撫が加えられる。
 先端には触れず、下から持ち上げて膨らみを円く捏ねるから
 翠は強請るように突き出してしまうのだ。
 陽は、待ち侘びていたかのように頂を指先で
擦っては捏ねて、愛欲に歪んでいく表情に、  酔いしれていった。
 一旦キスを止め、首筋を吸い上げながら柔肌を伝い降りていく。
 真っ白な肌の上に赤い花びらが、散る。
 音が間近でクリアに聞こえるから、余計に感じる。
 翠は陽に膨らみの頂点を啄ばまれた時、ぴくんと弓反りになった。
 ねっとりと舐めては、舌先で転がす。
 手の平で捏ね、敏感な場所を吸い上げる。
 左の手は、ゆっくりと体の線を辿る。
 内股の間に触れられた時、翠は先ほどよりも過剰な反応を示した。
 体が、震えている。足りない物を求めて貪欲に腕を伸ばす。
 陽の背中に指を折りこむと爪の痕が走ったのが分かった。
「翠、どうして君はそんなに艶めかしく誘うんだ」
その声は呆れたようでいて、楽しそうでもあり。
 偽りない彼の本音だ。
 答えようにもじわりじわりと広がっていく快楽の波に
 飲まれかけている翠には、言葉を返せない。
 快楽の階段を一歩ずつ着実に突き進む。
 お互いの望み通りに愛の宴は盛り上がっていった。
 ああ、抱かれている。
 ああ、抱いている。
 愛しい物と触れ合う喜びで心と体は満たされ、笑みさえこぼれる。
 ベッドサイドの明かりも掻き消され、真顔に戻って見つめ合う。
 陽の指が翠の唇の上に差し出されると、薄く唇を開きそれを銜えた。
 吸い上げる度に陽は吐息を吐き出す。
 翠の耳朶に噛みつけば、翠が甘い声で啼いた。
 粘膜に熱い物が触れる音が互いから聞こえ、燃え上がる。
「あ……っん」
 翠は、陽の唇から指を離す。
 耳の中に舌を差し入れられれば、体の奥が疼いてきた。
 陽は翠の唾液で、濡れた指を自らの舌で舐めるとその指を、内部につき立てた。
「はぁん……」
 奥の壁を押しては指を引いて、出し入れを繰り返す。
 浅い場所をしつこく愛撫し、新たな段階へのスイッチを押す。
 すすり啼く声を上げ、翠は一度目の頂点に舞い上がった。
 弛緩した体が、脱力し、小刻みに震えている。
 ひくひくと口を開き陽を待ち侘びている翠。
 彼女の表情、自分を求めている場所を意識してしまえば、
 自身がどくんと脈打つのを感じた。
 すべてを脱ぎ捨て、素早く準備を施す。
 ぎしとべットの軋む音がした。
 覆い被さった陽が、舌で唇をなぞって、キスをした。
 素肌同士で抱きしめ合えば、
 心許なくもなり、すごく強くなれる。
 二人分の引力で。
 指を繋ぐ。
 ゆっくりと、内部へとそれが侵入していく。
 繋がった瞬間、翠も陽も大きく息を吐き出した。
 胸が激しく上下している。
 翠が落ち着くのを待って、陽は
「動くよ」
「どうぞ」
 囁き、翠は冗談めかして返した。
 余裕なんてこれっぽっちもないのに、強がって。
 陽に言わせればそんな所が可愛いのだが。
 陽が奥を突き上げ、腰を引く。
 足を自ら絡めた翠は、腰を揺らして応えた。
 鼻から抜ける息。
 鼓動の音と、粘膜同士がぶつかり合う水音。
 胸が揺れては、誘われるように陽は口に含み、一方は
 荒々しく揉みしだいた。
 揺れる視界の中、しがみついていれば陽の興奮もしっかりと感じ取れ、
 翠はたまらなく嬉しかった。
「……っ、陽、もっと抱いて、もっと欲しいのあなたが!」
 本能からの台詞はどうしようもなく自分で求められない。
 狂ってしまうくらい溺れて見せてよ。
 どうせ私しかいないんだから。
 繋がったまま翠は陽の腕を引いて対面で抱き合う。
 不敵に口角を上げた陽が、答えを行動に変えた。
 スピードを上げながら、下から突く。
 翠は宙で仰け反った体を少し強引に引き寄せられて、
 肩に腕を伸ばした。
 しっかり捕まっていれば一人だけ堕とされることはないだろう。
 堕ちる時は一緒でないと許せない。
 抱きついた背中に食い込むほど爪を立てた。
「……くっ」
 痛みに顔を顰めた陽が、奥を蹂躙する。
「やぁ……んは……ぁ……っ……も、も……う」
 体中が悲鳴を上げていた。
 ぞわぞわと押し上げられてきた快楽が膨れ上がって爆発寸前。
 ベッドに体が、沈んでいく。
「一緒にイこう」
 陽は翠の腕を持ち上げ背中に回させる。
 耳元に息を吹きかけて掠れ声で伝えると、
 翠は自分から唇を重ね、離れまいと腕力を込めて抱きついた。
 甲高い叫びを上げて、昇りつめた翠を追いかけて
 陽が低く呻く。薄膜越しに吐清し、ぐったりと脱力した。
 翠の胸の間に陽の頭がある。
 二人は不規則な息が、整うまで暫くそのままの体勢で時をやり過ごした。
 ごろんと横に転がった陽が翠の体を腕の中に閉じ込めた。
 抱き寄せられたことに気づいた翠も陽の裸の胸に寄り添い薄い瞼を開ける。
 髪を梳く腕が心地よい。
 巻きつけては戻して、遊ぶ愛しい男がとてもいとおしかった。
 鼓動の音が、安定した音に変っている。
 とくとくと脈打つ音を子守唄に、翠は瞳を閉じた。
 それを確かめた陽も瞳を閉じる。
 細い体を自らの内に抱き込んで。



「うあ……っ」
 体がざわめく。
 自分の中心から全身へと熱くなっていく。
 細い指に添えられ摩られて反応を示す己自身。
 びくんと腕の中で跳ねたのを確認した翠は、それを躊躇いもなく口に含んだ。
 寝込みを襲われた事実が目の前にあった。 
 巧みに動く指先、括れをなぞる舌。
 彼女の繰り出す一挙一投足に、抗えず流されるままに受け入れている。
 こうして彼女が、この行為をするのは、初めてのことではない。
 今度は、自分から感じさせたいと、
 抱き合った後の余韻も覚めやらぬままに、俺を愛し始めるのはよくある事だった。
 頭を掴み腰を揺らすと、うめきが漏れる。
 先ほどの熱も残っていたせいか、体が急速に高まる。
 吐き出したいと衝動が沸き起こってきて、内心焦りが、生まれた。
 頭を押して突き放してしまうが、しょうがない。
 彼女に飲ませるのなんてできるわけがない。
 少しだけ残念そうな光が瞳に宿っていても意志を翻さない。
 シーツの上に、欲望の証を散らす。
 翠は、舐めて汚れを落としてくれた。
 こんなことまでしなくてもいいのに、
 結局俺はされるがままになるしかない。
 女王様のお気の召すままに。
 スイッチを押した手前、文句など言えるはずもなく。
 企みも含まれていることなど、百も承知だろう翠は、
 妖艶に笑み、首を傾げた。
 あまりの綺麗さに惑わされる。
 クスッと笑い、押し倒せば耳元に呟かれた愛の言葉。
「思う存分愛して。好きよ陽」
「俺も好きだよ、翠。お言葉に甘えて君を残さず食べてあげるから」
「じゃあ私も食べていいのね」
 ばさりとシーツを被って足を絡めた。
 いつになったら、この絶え間ない愛のまぐわいはピリオドを打つのか。
 飽きるまではと二人ともが応えるに違いない。
 










     

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