束縛



 俺は初めて独占欲という物を感じていた。
 沙矢と出会うまでの日々は、いらなくなったら切り捨てるを繰り返していた。
 特に勿体無いとか惜しいという気持ちは少しも起こらず、
 飽きたら捨てればいい。ただそれだけだったのに。
 心には虚しさ、ぽっかり穴が開いたような寂しさが降り積もり、
 唇を噛み締める日々。寄りついてきた女達と適当に付き合い、名残惜しさも見せずに別れる。
 後悔を感じ始めたのはいつからだっただろう。
 沙矢に出会ってからは執着する自分を掻き消そうと、仕事にのめり込み
 忘れようと、努めれば努める程彼女の影が頭から離れなくなってしまう
 悪循環に苛立ちながら、互いに苦しみ続けた。
 どうしても失えないかけがえのない物を作るのが恐ろしかった。
 記憶に残らぬ母は俺が5つにもならない頃、天国に旅立った。
 人に拘り執着すると、失った後の悲しみに耐えられない。
 それが自分の愚かさ、弱さだと気づいていたのに認められなかったのだが、
 沙矢と共に過ごす中で、覚悟と決意が生まれた。
 側にあった大切なものに目を逸らさず向き合うこと。
 それは前へ進む為の確実な第一歩だ。
 受け身でありながら、自分の意志だけは捨てずにいた辛抱強さと優しさに、
 俺は完敗した。素直になろうとしなかった自分の扉を開いたのは沙矢。
 抱くたびに傷つけ、孤独を与えて、償いきれぬほどの罪を犯した。
 悔やむことなら容易い。自分を責めるだけでは何もならない。
 彼女が自分を必要としているからではなく自分が彼女を必要としているから、
 これからは何が起きようとも手を離さない。
 泣かせようとも互いに苦しもうとも。
 失わないよう側にいたい。
 その為には縛ることも躊躇わない。
 ありのままの自分で向き合おう。
 人一倍以上の独占欲を剥き出しにして。
 これは愛の証だから、沙矢を傷つけるのではない。
 開き直る己のふてぶてしさは見事なほどだ。
 それほどまでに欲しい。心も体も彼女の全てが。
 どうしてこんなにも愛してしまったのか、答えは互いで分かり合っている。
 運命なんて使い古しの陳腐な言葉で片付けるつもりはさらさらないけれど。

 ドクン。
 強い眼差しで射抜くと、震える鼓動の音が聞こえる。
 ゆるやかに、一歩一歩近づき、距離を詰める。
すぐに私の世界は彼で覆いつくされる。
 背をかがめ、その輪郭を指で捉えた。
「青?」
 指先で唇を辿り、耳元に息を吹きかける。
「あ……あ」
 肩を強く捕んで、吐息混じりの声でささやいた。
「狂ったお前が見たい」
 はっ、と目を瞠った沙矢は堕ちていく寸前だ。
「俺を求めるとびっきりのいい女の姿を見せてくれないか?」
 追いつめる。愛しさゆえの素直な感情。俺はお前のおかげで
 信じられないほど変わったんだよ。知らないだろう。
 お前も俺と過ごして変わったんだろう?
 今までの自分を塗り替えられてしまうくらいに。
「青、私が何にも言えなくなるの分かっててやってるでしょ」
 当然だろう、と口の端をゆがませる。
「俺はただ自分から求める沙矢を見たいんだ」
「あの夜のお前は色っぽくて淫らで、たまらなかった」
 見る見る内に沙矢の顔が赤く染まる。
「あなたに嫌われてしまうか内心不安だったけど、
 それでも私の中に縛りつけて離したくなかったの」
「無用な心配だったな。むしろ俺がお前を縛ってやりたかったのに」
「……青ったら……そんなの望むところなんだから」
 言葉はまだ続いている。
「これ以上苦しめないで。どこまでもあなたの物にして」
「覚悟しておけよ」
 彼女が可愛い反応を返すのが分かっているから、言葉も行動も意地悪になってしまうのだ。
「……うん」
 沙矢は予想通り恥ずかしそうにはにかんだ。
いかなる時も初々しい。
 その清らかさで俺の汚れた部分も少しは拭えればいいのだが。
「シャワー浴びに行こう」
 強く腕を引き、浴室に誘導する。
 何か言いたそうな顔をしているが、逃れる隙など与えてやらない。
 浴室の前で自分の衣服を脱ぎ去った後、未だ服を着たままの沙矢を醒めた瞳で見つめた。
「服を着たままシャワーをするつもりか」
 思わず笑いが込み上げた。何を躊躇う?
「一人で脱げないなら手伝ってやるから」
 にやりと笑い、彼女のブラウスのボタンを一つ一つ外し、スカートのファスナーを下ろした。
 されるがままに流されているのは、了承しているということだ。
「もしかして脱がせて欲しかった?」
「馬鹿」
 口を尖らせた彼女は首まで真っ赤に染めていた。
 ブラジャーのホックを外すと小気味よい音が響き渡る。
 下腹部の下着まで全て脱がせ、籠に放り込んだ。
 大きな鏡の前には一糸纏わぬ自分達の姿。
 沙矢が目をそむけ、床にうずくまる。
「いや……」
「恥ずかしがるのが不思議だ。今日に限ってどうして?」
「だっていつも明るい場所で見たことなんてほとんどなかったじゃない」
 寝室は照明を落としているから暗闇だ。
 たまにこっそり彼女がイっている時
 明かりをつけて貪ってみたりするが、大抵、明かりはつけず抱きあう。
「たまにはいいんじゃないか、お互いのことを知れて」
 耳元で囁くと白い肌が震えた。
「う、うん」
 沙矢を浴室に入れた後、浴室の鍵をきっちり閉めた。
「鍵なんてかける必要ないじゃない。誰に覗かれるわけでもなし」
「気にするな、単なる趣味だ。こうやってると逃げられないだろ」
 逃げる時、鍵が障害となって手間取るから。
「……うわ」
「広くてよかったよな」
 しみじみと呟く。浴室だけでなくマンションの部屋全体が広い。
「そうね」
 くすくすと沙矢が笑い、浴室の椅子に腰掛けた。
 俺は背後にひざまづき沙矢の体を見つめる。
 白い肌は浴室の照明が反射して眩く輝いていた。
 スポンジを泡立て、体を洗い始める姿を観察する。
「どんな気持ちで、人が体洗う場面を見ているのかしら」
 ぽつりと呟かれた言葉を無視し、背筋に指を滑らせた。
 上から下まで指を動かし、往復する。
「きゃ……ん」
「変な声だすなよ」
「そっちこそ邪魔しないでよ」
 笑い合う。じれったくて、沙矢のスポンジを奪った。
「背中洗ってやるよ」
 うなじに指先で触れると沙矢がびくんと反応した。
 丹念にスポンジで背中を擦る。
沙矢はじっと身を任せている。
 悪戯心が首を擡げてしまうのは毎度のことだが、それは沙矢が魅力的なせいだ。
 ふっと笑って、シャワーの蛇口をひねり、石鹸の泡で覆われた背中を洗い流す。
「今度は前だな」
「え……さっき洗ったってば」
 聞き流し、正面に回った。
 一度洗った後なので、体が濡れている。
一気にスポンジの泡を体全体にこすりつけた。
 円を描くように胸の辺りを往復する。
「や、そこは」
「洗っているだけだ」
 嘘は言っていない。強い刺激を与えているつもりはなかった。
 単に沙矢が敏感すぎるだけだ。
 開発されたのかと思えば非常に心が躍る。
「なるほど。お前が望むなら、その通りにしよう」
自己完結し、膨らみを鷲掴む。ゆっくりとマッサージし始めた。
 声を上げる唇を塞ぎ、舌を絡める。
 泡で滑りがよくなった体の感触が心地よくて
 無我夢中で揉みしだく。
「やぁ……やめ…………っ」
「あ、そう」
 あっさりと手を離すと、目を潤ませて沙矢は見つめてくる。
 体についた泡を洗い流す。
 茂みに視線をやれば、石鹸の泡とは別の物が光っているのに気づいた。
 粘り気のあるそれを手で掬い、沙矢に見せつける。
「準備万端か」
 邪笑いすると沙矢は両手で顔を覆った。
「これは洗わないほうがいいかもな。またどうせ勝手に溢れ出すんだろうし」
「……青のせいなんだから」
「お前、感じやすすぎなんだよ」
 言い返せないのか口元をぱくぱくと動かしている。
「とりあえずその中にいろ」
 沙矢をかつぎ上げて浴槽に放り込む。
「まるで荷物扱いね」
 沙矢はぷぅっと頬を膨らませている。
 そういうのも誘ってるってのいい加減分かれよな。
 可愛らしすぎてめちゃくちゃに壊したくなる。
 続きに移るのを我慢して自分の体を洗い始める。
 沙矢はこちらに背を向けて壁に顔を押し付けている。
「何やってるんだ?」
 こちらを見られないのが分かっていて意地悪に問いかける。
「見たら待ちきれなくなりそうだから」
「へえ」
 沙矢は俺との関係の中でいつの間にか大人になっていた。
 無意識か意識的か大胆な台詞も普通に出てくるようになった。
 急いで体を洗い、シャワーで流す。
 待たせるつもりもないし、俺がこれ以上耐えられない。
「沙矢」
 名を呼ぶと振り返る。
 俺を捕らえて離さないあの眼差し。
「青」
 浴槽に入り、彼女の向かい側で足を伸ばす。
 お互いに足を絡めると、自然と熱い場所に触れてしまう。
「あ……」
「お前の中に閉じ込められたい」
 思い切り強く抱き寄せた。肌と肌が触れ合う。
 少しだけ体を離し、膨らみを掌で包み込んだ。
 丁寧に捏ねると、次第に先端の部分が硬くなる。
「ああ……はぁ」
 しどけない喘ぎ声。
 片方は指で先端を擦り上げ、もう一方は口に含む。
 音を立てて吸い上げると、びくんと体が反った。
「ふあ……っ」
 次第に指を下に滑らせて行く。
 耳に息を吹きかけ、耳たぶを軽く噛んだ。
 体中至る所にキスをして痕を残す。
 痛みと共に、沙矢の体を色づける。
「あなたのことを忘れられないようにいっぱい痕を残して」
 無邪気な言葉は何よりの媚薬。
「忘れさせてなんかやるものか」
 吸い上げた場所に舌を這わせると体が跳ねる。
「青、愛してる」
「俺も愛してるよ、沙矢」
舌で唇をこじ開けて熱を送り込む。
互いのそれを絡めると、快感が高まってゆく。
何度も口内を侵し合い、唾液を吸って。
 秘所に手を伸ばすと新たな蜜が指に絡みつくのを感じた。
 それを全体に撫でつけて、一番感じる場所には触れず、
 外側だけを指で往復した。
「あぁ……ん」
 じれったい行為。最後まで感じることができない。
 イク寸前で現実に引き戻される状態。
 これ以上我慢させるのは可哀相か。
 薄く笑い、沙矢の胸を下から押し上げるように揉みしだいた。
 とろけた顔になり、瞳が半分閉じかけている沙矢を視界の端に捉えながら、
 俺は準備を整えた。バスルームに常備してある、ソレ。
 待ち望んだ場所に一気に押し入ると狂おしい啼き声が耳に響いた。
 鋭く突き上げて、律動を開始する。
 襲われる波に沙矢は俺の背中に腕を回し、爪を立てた。
「く……」
 きつく締めつけられ、反撃とばかりに容赦なく突き上げる。
「やぁ……もうイきそう」
 閉じかけた瞳は快楽の世界を彷徨っている。
「俺も」
 一気に最奥を突いて、熱を解き放った。
 そのまま中から出て行き、沙矢を抱きしめた。
 ふわりとした温もりに包まれ、恍惚とした気分になる。
「青、どうせ縛るのなら緩いことはしないでね」
 はぁはぁと肩で息をしながら沙矢が呟く。
 こんなのじゃまだ足りないというのならば、
 もっと際限なく、満たしてやろう。
 いっそ乾いてしまいたいと思うほど。
「当たり前だろ」
「それよりお前は俺を縛っていると思っているんだろうが、
 より縛られてるのは俺の方なんだぞ。お前は半端じゃない力で
 俺を支配しているんだから」
 しっかりと抱きしめて囁く。
「そっか……ふふ」
 沙矢が腕の中で微笑んだ。あどけない笑い声。
「俺をこれからも縛りつけてくれ」
「頑張るわ」
 抱きしめる腕に力を込めた。
 柔らかな優しさに、酔いしれてこのままずっといられたら……。



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