赤いテーブルクロス、赤ワイン、etc……。
赤い月に魅入られていたシンとアリーシャの二人は、未だに赤い色に惹かれている。
吸血鬼になり果て、互いを貪り血を啜っていた日々は、
変えられない過去であり、自我とも呼ぶべきものを取り戻せてからも、
暫くは、二人の間には微妙な空気が流れていた。
今となっては、穏やかな日々を取り戻しているけれど。
一度、染みついた癖はなかなか拭えない。
赤を好むこと……他にも色々ある。
「おかえりなさい」
ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら、アリーシャは夫を出迎えた。
腰まで伸ばした髪を軽やかに揺らして。
清純な中にどこか妖艶な雰囲気がある美しい女性である。
「ただいま、アリーシャ」
背伸びをした妻に、腰をかがめて頬に口づけを落とす彼の名はシン。
仕事から帰ってくると玄関先でスキンシップを交わすのが日常だ。
怖い程仲が良いと評判の二人なのである。
「今日はあっさりめなの。デザートもあるから食べてね」
にっこり微笑むアリーシャにシンは目を細めた。
「そう」
妻からの言葉に頷くシンは、今日がその日だと理解していた。
今宵は、思うがままに互いを求めあうことが許される。
チーズ、バゲット、スープ、サラダに赤ワイン。
ワインがなければ朝食にも並びそうな組み合わせである。
ガラスの器に盛られたデザートは、ぶどう。紫色が鮮やかで、目にも美しい。
適当にお腹も満たせるが満腹になりすぎないのが利点である。
「お疲れ様」
グラスを触れ合わせる高い音が響く。舌で転がすようにしてから、飲み込む。
度数の低い甘いワインは、夕食時にふさわしい。
バケットを千切り、スープに少し浸してから、口に放り込む。
時々手を止めては、他愛もない話をし、笑い合う。
サラダを取り分け、皿を渡した時に指が、触れ、頬を赤らめる。
心身ともに結ばれている二人なのに時々妙に初々しい。
メインの食事を終えて、暫くしてデザートに手が伸びた。
葡萄をくちびるに互い違いに放り込んだ。
指まで食べられたアリーシャが小さく息を漏らす。
「おいしい……」
汁でべたべたになった指をなめあげられ、息を飲む。付け根から指先まで味わうように。
アリーシャは官能に頬を火照らせ、瞳をとじた。
性急すぎるのは雰囲気がないと思う。
求めてくれるのは単純にうれしいけれど、やはり、こんなところで抱き合うのは抵抗感がある。
ところ構わずだなんて、理性を持ち合わせていない動物みたいだ。
寝室で、高め合いながら、愛し合いたいのだ。
深く口づけられ、ぼんやりと脳内が霞む。手のひらが不自然な動きをする。
掴んだのは、テーブルクロスだった。
「ここじゃいや……」
弱々しく首をふるアリーシャにシンは、
「……つらいんだけど無理強いは嫌いだから」
挑発的に唇を舐めながら、アリーシャを見下ろす。
ぶるりと身を震わせたアリーシャは夫に差し伸べられた腕をつかんだ。
ぎゅっとしがみつく。
夫は妻を抱き上げ、寝室に運んだ。
赤から解放された白い部屋に大きなベッドが鎮座している。
アリーシャは優しく横たえられ、すぐにたくましい体が覆いかぶさってきた。
熱く燃えたぎるシンの体に、アリーシャの熱もあがる。
欲望という熱がうねり、夜の妖しさに飲み込まれてゆく。
「ワインに酔ったの、シン?」
「君に酔ってるんだよ」
「口がうまいのね」
気障ったらしいセリフにアリーシャはくすくすと笑う。
「これでも信じられない?」
シンが耳たぶを噛んだ途端、痺れる刺激が全身をかけぬけた。
微妙な強弱で繰り返される甘噛みは、目覚めるには十分で、
自然と自分から首に腕を回しだきつく。
「キスができないだろ?」
耳元で囁かれ、体の力が抜けたアリーシャは完全にシンに身を委ねた。
啄んでは離し、深く舌を侵入させる。
舌で突き合っていたら唾液がこぼれ落ちた。
首筋にかかる息に意識が集中する。
耳への愛撫と同じ力の甘噛み。
強い刺激に慣れてしまっているから、こんな刺激じゃもどかしい。
くうんと唸ってしまう。
そんなアリーシャを見て苦しげに眉をしかめたシンは、ほんの僅かに力をこめて首筋に噛みついた。
思考を飛ばしかけたアリーシャがシンの背中に細い指を立てる。
かつて愛しいものに食らいつき血を啜っていた二人は、
優しいばかりの触れ合いでは、満足できない。
「君がくれる傷ならいくらだってほしい」
最上級の殺し文句に聞こえた。
「私もよ……」
胸が疼いた。
首元の紐を解かれ、肌がさらけ出された。
シンも着ていたシャツを脱ぎ放つ。
ぴったりと密着して、抱きしめ合う。
シンもアリーシャもこのぬくもりを欲していた。
きつく肌を吸うと、体中に、欝血痕が増えてゆく。
お互いの肌に交互に印を刻んだ。
縺れあって体の位置を入れ替える。
隙間なく両足を絡ませた格好で、キスをする。すべて奪いたい。
体を起こしたアリーシャの胸元にシンは口づける。
ちゅ、と音を立てて口に含み啜ると、
背を仰け反らせ突き出す格好になった。
「あ……っ」
かり。頂きを噛まれる。
赤くかたく色づいた実を指ではじく。
ふくらみを執拗なほど揉まれ、悶え、何度も背筋を反らせた。
円を描くようにやわらかく、形を変えるほどもみくちゃにされる。
シンが、秘部に手を伸ばすと、アリーシャは身をすくめた。
外側をなぞっただけで、指に粘液がまといつく。
「なんだ、とろけてるじゃないか」
かあっと全身の血が滾る。
煽られて、感じることを知っているからずるいとアリーシャは思う。
(声を上げ続けてはしたないわ。それでも抗うことを知らないのだけれど)
にやりとシンは笑い、指先を膣内に滑らせる。
波がやって来ては、静まる。物足りないのに、焦らして引き延ばしている。
この時間を長く感じていたいから。
「っ……やぁ」
「ね、もっと上に来て」
言われるままにするといきなり強烈な感覚におそわれた。
「っ……あ……はっ……ん」
知らず腰が動く。
舌で捉えられた場所が熱い。びくびくと震えた。入り口から疼いている。
唇はしどけなく開いている。
ぴちゃぴちゃと濡れた音が絶え間なく続く。
(やめて……これ以上はだめ)
喘ぐばかりで、口に出せない。
シンはもう一度体を反転させて一気に貫いた。
かすれた吐息。
背中に走る裂傷。
突かれるたびに、揺れる膨らみが揉みあげられる。
シンの背中に腕を回し、アリーシャは翻弄されて、波に揺られるまま漂うばかりだ。
「シン愛してるわ」
膣内にシンがいることを意識して、アリーシャはつぶやく。
吐き出された吐息と共に彼自身が跳ねた。
「……今言うなよ。達しそうじゃないか」
「もう……っ」
アリーシャの膣内にいるシンは、より大きく存在を主張している。
足を絡めて、閉じこめると入口が脈動した。
「駄目だ、そんなに引き絞らないでくれ。全部吸い取られてしまうよ」
濡れた体が、匂いたつ色香を放つ。
「来て……奥まで」
「ああ」
シンはより早く腰を前後させ始める。
アリーシャも腰を揺らして応えた。
同じリズムを刻むのは心地よく、
一途に求め合うことはとても素晴らしいのだと、知った時のときめきは未だ色あせない。
駆け上がり、意識を飛ばした瞬間、2人の手は堅く繋がれていた。
「愛してるよ……当たり前だろう」
アリーシャは意識を手放す寸前、シンの声を耳元で聞いた気がした。
「綺麗だよ、アリーシャ」
「ふふ、シンこそ素敵よ」
肘をついて、横向きになったシンが、アリーシャの髪をかきあげる。
アリーシャは、抱かれた後のこの時間が何より好きだった。
ゆったりと癒されて、愛し合った悦びを実感する。
見つめ合って、お互いの体に触れあったりして暫く時を過ごす。
シンがキッチンから持ってきたぶどうを口移しすると、アリーシャからくぐもった息が漏れた。
「甘いね」
そうした瞬間にも飽き足らない二人は、続きを始めるのだ。
キスをして、シンが胸元を吸う。
両腕をベッドの上部で固定し、アリーシャは肌に触れるシンを感じていた。
体を起こすと九の字の格好で膝を立てる。
「アリーシャが、してみて?」
かけられた言葉に、興奮した。
恥ずかしいのに、指がその場所を目指してしまう。
「あっ……ん」
悪戯に固くなった芽を押しつぶす。
指を上下に動かして擦った。
痴態を観察されていることで、いけないことをしている気分になり、どんどん内側から溢れてくる。
アリーシャは、理性より本能を優先して、没頭する。
シンが見ていることを構うことなく自分の行為に耽っていく。
登りつめたくて、夢中で指を動かす。
空いている方の手で膨らみを揉みしだく。
頂きを同時に擦れば、どうにかなりそうに気持ちがいい。
達しそうで、届かない不思議な感覚が絶妙だ。
甘い痺れが襲い、腰が浮く。
やがて高い声をあげて、うずくまったアリーシャにシンがキスをした。
「最高に可愛かったから、俺も君と一緒に昇りつめることができたよ」
おどける調子で言うシンにアリーシャは、顔を赤らめ、シーツに顔をうずめた。
うう、と唸るアリーシャにシンは、
「こういうのもたまにはいいんじゃない」
とのたまった。
シンはすっきりとした表情ながら、瞳には欲情の炎を灯したままだ。
「シンに抱かれるのが一番好き」
アリーシャは上目遣いで彼を見上げる。
「でも、とっても上手だったじゃない? 俺がいない時やってるんでしょ」
とんでもないことを言われ、アリーシャがじたばたと足を動かす。
「……するわけないじゃない」
態度とは裏腹に強気に言い返すけれど、シンは許してくれなかった。
「正直に言えばいいんだよ」
アリーシャを惑わす魔力を秘めた声。シンは、時折悪魔になる。
彼女は彼に嘘なんてつけない。シンとて同じなのだ。
「っあ……っ……時々」
微妙な動きで芽を弄られ、逆らえるはずもなく。
「うん、それでいい。じゃあご褒美あげる」
「っ……シン!」
後ろから侵入したシンに、アリーシャはシーツを掻き抱いた。
容赦なく律動が開始され、ベッドがぎしぎしと音を立てる。
「シン愛してるわ……っ」
「愛してる……アリーシャ!」
互いの名前を呼び愛を叫ぶ。
その瞬間、熱いものが弾けた。
背中で交差した腕を離さぬまま、二人は深い眠りに堕ちた。
赤は情熱を掻き立てる魅惑の色彩。
瞳の奥にある赤は、いつの日も消えないだろう。
人とは違う愛情表現で結ばれた彼らの愛はこの先も続いていく。