Pleasure第一話を先にご覧下さいね。








 子猫



 目の前で眠りこけてしまった最愛の彼女に、苦笑いしか浮かばない。
「菫子」
 名前を呼ぶ声も自然と恨めしいものになる。
 久々に同じ夜を過ごせると思っていたのに、菫子は何も期待してはいなかった
 のだろうか。そう考えるほど気分が落ち込んでくる。
 そもそも菫子は酒が弱い。
 受け付けないというまではいかないが
 グラス一杯飲んで吐かなかったのが不思議なくらいである。
 その代わり睡魔が彼女を襲った。
 どうやって菫子を起こそうか考えた。
 無防備に体を丸めて眠る可愛い子猫を。
「涼ちゃ……むにゃむにゃ……好き」
 口を開けば憎まれ口ばかりが飛び出す唇から漏れた素直な言葉。
 酒の勢いも手伝ってか本音を引き出しているのだろう。
 抑えられなくなってきている衝動を堪えようと首を振る。
「寝込み襲う趣味は……」
 弱い調子では説得力に欠ける。
 酔い(あらゆる意味で)を醒まそうとバスルームに向かった。
 真正面からシャワーを浴びながら両手で顔を洗う仕草をする。
 親父くさっ。まだ俺23やんけ。
 自分でツッコんで、自嘲の笑みを浮べる。
 シャワーを浴びていたら頭がすっきりしてくる。
 董子がいる場所に戻るとなると憂鬱だ。
 酔いは醒めても、同じことだった。
 菫子への想いが冷めるはずないのだから。
 ……いや堪える必要ないのか。
 自己完結して結局シャワーを浴び終え部屋に戻った。
(今日まで我慢したんやで。
 褒美をくれや、菫子)
 喉を鳴らして笑う。男の匂いを滲ませて。



「んんっ……?」
 生温かい感触を感じてぼんやり目蓋を押し上げる。
 シャンプーの香りがした。
 覆い被さりキスをしているのは、涼。
 ぺろりと唇を舐められて背筋が震えた。
 ベッドの上だ。無防備に彼のベットで寝ていて  無事で済むはずもなかったが。
「寝込みを襲うなんて、強姦と同じじゃない! 涼ちゃってやっぱりやらしいんだから! 」
 痛烈な言葉を投げつける。
「今頃気づいたんか」
「開き直ってるの!?」
一昨年が二人の最初のイヴで、去年は二度目。
 もうすぐ三年目を迎えようとしているんだ。
「いや、もう少し気づかれないままでもよかったかな。
 その方が楽しめたと思ったら惜しいことしたわ」
 口の端を上げた涼ちゃんがキスをしてくる。
 舌を絡め取られ吸われれば、一気に彼のペースに持っていかれる。
 毎度のパターンだ。
「……っん」
深い口づけに段々と本能を呼び覚まされていく。
 気づけば、涼ちゃんに応えている自分がいて、乗せられたことが
 すごく悔しくてならなかった。
 プロポーズされて現実から浮遊した気分でいる今、
 自然の流れで、そうなろうとしている。
 でもこれではいつもと同じだ。
「涼ちゃん……、こんなの流されたみたいで嫌なの」
「俺が嫌いなんか? 」
 アルコールのせいで幾分かすれている声が耳元で聞こえる。
 ぞくっとして体が震えた。反則にも程があるわ。
 首を横に振りながら、
「……プロポーズ、忘れちゃっていいの。
 忘れちゃうかもしれないわよ。だって……」
 言葉よりも雄弁な行いに、記憶が塗り潰されてしまう。
「もう一回したらええだけのことや」
「何回もしたら特別じゃなくなるわよ」
「じゃあどうすればええんや。俺は今日まで菫子を抱きたくて、
 耐えてきたんやで。特別な夜をもっと特別にしたかったから」
 涼ちゃんは止まることを知らない。
 彼の饒舌さにはさすがに勝てないのだ。
「素直じゃない菫子も可愛いけど素直になれや。
 俺の腕の中では日常を忘れさせたるから」
 止めを刺す殺し文句。
 一体どうやって身につけたのか分からない。
 半ばくらくらしつつ残っている気力で、声を荒げた。
「……お酒の勢いってのも嫌だったの! 」
 彼の過去がどうしても思い出されてしまう。
 4年前、大学一年の春の合コン。あの時、自分が相手だったら
 そんな展開にはなってなかっただろう。
「酔いなんてとっくに醒めとるわ。それにな菫子、酔っ払うと
 役に立たんようなるん知っとった? 」
「知らないわよ! まったくオープンエロなんだから」
 首まで真っ赤になってしまったのはアルコールのせいじゃない。 
「えー、堂々としててええやんか」
 涼ちゃんは真顔になり、
「酒の力借りたことないで、俺」
「へ……そうなんだ。ちょっと安心した」
 あの時、少しばかり幻滅したのは内緒だ。
「誠実な俺を分からせてやるから」
 頷くとゆっくりと目蓋を下ろした。
 着ていたブラウスの襟がくつろげられ、首筋に熱い粘膜を感じた。
「どうやって日常を忘れさせてくれるの? 」
 体重をかけないように覆い被さっている涼ちゃんがふと体を起こした。
 うわー何言ってるの。私ってばまだ酔ってるの!?
 恥ずかしくなって背けようとした顔を指先で捕らえられまじまじと見つめられる。
 涼ちゃんの眼差しには滾る情熱の炎が見えた。
 くすっと笑みの形を象った唇。
 涼ちゃんは私の唇に指を押し当てて吐息で囁く。
「菫子も俺を癒して忘れさせてくれるんやろ。な」
「忘れさせてあげる」
 するりと出てくる台詞に自分でどきどきする。
「期待しとるで」
 真摯そのものの表情で言った涼ちゃんは信じられないくらい艶っぽくて、
 見惚れてしまった。酔ってるのはお酒にじゃないね。
「……っん」
 繰り返される激しいキスに声まで濡れた音がする。
 粘膜が絡み合う水音は生々しい。それこそ耳を塞ぎたくなる位。
 やがて唇が離れ、指が忍び込んでくる。
 指を出し入れされる度、意識する。
 音だって同じ。
 卑猥だ。
 結局、同じ穴のムジナってこと?
 体の力なんてほぼ抜けている。
 まぶしい明かりにくらっとした。
 ただこれだけは言っておかなければ。
「電気消して」  
「あ、ばれてもうた?」
 確信犯か!?
 魚のように口をパクパクとさせる私の頬に
ちゅっと唇を掠めると  涼ちゃんはベッドを降りた。
「菫子の乱れる姿を明るい場所で見たかったなあ」
 微かに舌打ちまでしてる。
「絶対嫌! もう涼ちゃんとしないわよ!」
「それは困るわ」
 おかしそうな涼ちゃんが戻ってくる。
「じゃあ続きしよか」
「雰囲気大事にしようって思わないの」
 憎まれ口を言う唇が塞がれる。
 何度か啄ばんで離れる唇に、鳥たちが嘴で愛を確かめ合うイメージが浮かんだ。
 濃厚なキスじゃないけど、逆に胸が高揚する。
 キスを交わしながら、脱がされていく。
 気づけば一糸纏わぬ姿で、涼ちゃんも上半身裸。
 指が素肌を確かめていき、やがて蕾に触れた。
 冷たい指との温度差はより体を敏感にさせてしまう。
 弾かれただけで仰け反ってしまった。
 顎から首筋、鎖骨へと伝い降りた唇。
 さっき残した跡の色が濃くなる。
 真面目な表情で愛されると照れが襲う。
 それは何度夜を重ねても変わることはない。  
 指と唇の両方で蕾を愛撫される。
 口腔内に含まれて弄ばれる。
「ふぁ……」
 唾液で濡れて感じた。
 私の体内からも湧き上っただろう。
 手の平に包み込まれて蕾ごと優しく揉まれてる。
 時折歯を立てられると電流が走った。
指が滑り降りる。くすぐったくて身を捩る。
 この大きな手の平が、知らない場所はない。
 私の内も外も暴かれてる。
 内股に触れられると、甘い予感が脳裏を擡げる。
 大胆不敵な指が、少しだけ憎らしい。
「あっ……ん」
 ゆっくりと外から内へとなぞっている。
 体の線に沿って辿ってる。
 じらすのは何で。今まで我慢してたんじゃないの。
 私の方が焦ってるなんて、やだ。
 気が急いて、腰を揺らす。
 笑う気配に羞恥が背筋を迸る。
「可愛すぎてどうしょうもない」
 かあっと体が熱くなった。
 言葉だけでも、私に火をつけられる男の人。
 悔しいけど事実だから認めるしかない。
 好きな人に言われるから、幸せを感じる。
 涼ちゃん以外の誰に言われても、胸は満たされない。
 内部に入り込んだ指が、悪戯に蠢く。
 敏感な場所ばかりを往復するから、すぐに息を切らした。
 一度目に達してしまうのもあっという間だった。
 乱れる息、自然と瞳も潤んでる。
 すっと指が抜かれていく瞬間にも離さないというように締めつけてるみたいだった。
「俺もそろそろ限界や」 
 声からも切羽詰っているのが伝わってくる。
 視界に靄がかかっていてよかったと思った。
 何かを開ける音は聞こえてもその行為自体は見なくてすむから。
 涼ちゃんがより強くのしかかってくる。
 さっきよりも彼の重みを感じる。
 膝を割られ、隙間なく密着する。
 どちらも熱い。ぎゅっと握られた手を掴む。
 息をつく間に彼が全部入ってきていた。
 私の表情を確かめ、耳朶を舐める。
 耳たぶを口内に含まれると、眩暈がする心地だ。
 唇を噛んで声を抑えようとしたら察した涼ちゃんに激しくキスをされる。
 涼ちゃんは同時に動き出していた。
 ベッドのぎしぎしと鳴る音が、鮮明に聞こえる。
「……っふ」
 途切れることない喘ぎは、キスで封じ込まれる。
 無我夢中で背中にしがみつく。
 汗ばんだ肌がぶつかる。
 なんて生々しく淫ら。
 涼ちゃんが動けば私も体を揺らして応えていた。
 二の腕の辺りに指で触れれば、抱き上げられた。
 体勢が変ったことで与えられ刺激に、また仰け反りそうになる。
 愛し合う行為はヒートアップし加速するばかり。
 脳裏が淡い微熱で溶かされていく。
「りょ、うちゃん、愛してるわ 」
「好きや、菫子。愛してる」
 膝に抱かれた格好でキスを交わした。
 濃密な空気が部屋を支配していて、むせ返るよう。
 広くて腕を回しきれない背中で、両手を繋ぎ合わせる。
 本能のままに啼いていた。
 声が枯れちゃうよ。
「……ああんっ」
「菫子」
 ぽろぽろと涙がこぼれる。
 包んでいるようで、包まれている不思議な感覚。
 涼ちゃんの吐息も熱い。
 乱れた息が耳元に聞こえれば愛し合ってるんだって実感して嬉しい。
 ー同じなんだね。ー
 ひとつに溶け合った瞬間、背を反らせていた。
 不安定な体勢からベッドに横たえてくれたのはたくましい腕だった。
 髪を撫でられる。
 愛しそうに見つめられているはず。
 それを見たいけど意識が途切れかけていて敵わない。
 しっかりと抱きしめられていることに安堵して目蓋を下ろす。
 あったかい。
「おやすみ、菫子」
 微かに聞こえてきた声は酷く甘かった。
 愛し合った直後の熱を帯びた声。



 「菫子っ」
「きゃあ」
 ばさっとシーツごと涼ちゃんが覆い被さってくる。
 ぎゅって抱きすくめられて腕の中に閉じ込められた。
「重ーい」
「気持ちの重さってことでええやん」
 むちゃくちゃなことを平気な顔で言うの。
 真面目かと思いきや性分は結構ふざけてる。
「ああ言えばこう言うんだから」
 朝の光が白い。
 外には雪が降っていた。私たちの幸せを祝福するかのように。
「眩しいね」
 目を細める。陽の光じゃなくて視界にあるのは涼ちゃん。
「ああ」
 彼も私を見ていた。眩しそうに目を細めて。
「「愛してる」」
 言葉は二人同時に重なり、唇同士も重ねた。
 私たちは雪解けの日を待つ。
 静かなる夜を越えて、真っ白な朝を過ごし  永遠を刻む日を迎える。
 



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