ささなかなホームディナー。
外でする贅沢もええけど、家族で過ごせる家が一番ええな。
 サラダを盛りつけながら、スープができるを待つ。
 いい匂いやなあ。
 食卓に飾られた花はポインセチア。
 テーブルクロスは白。ここが菫子のこだわりらしい。
「……涼ちゃん、キャンドル飾ってくれる?」
「ラジャー」
 渡された細長いろうそくをテーブルに置いて、マッチで火を灯す。
 揺らめく明かりは、やさしい。
 シャンパンングラスを並べて、箸を二人分準備して席を立った。
「かーな」
 意味不明だか、時折言葉を発するようになった我が子は最近ますます菫子に似てきた。
 特にまゆげとか、おでこの辺りとかコピーしたみたいにそっくりやねん。
 菫子に言ったら涼ちゃん、見ているところが、変よと首をかしげて言われた。
(ヘビー級の愛や)
 膝に抱っこしてあやす。接している時間が長い分、董子との絆は、
 半端やないけど、俺にも結構なついてる。
 泣き出したりはせんし……。
「ぱ……ま?」
「どっちや、奏」
 ぱぱなんか、ままなんか。
 真剣に聞いていたら、
「どっちでもないから」
 苦笑の響きが、ちょっと悔しい。
 奏の両手を持ってにーっと笑いかけたら、嬉しそうに笑った。
 ぷにぷにほっぺを指でつついて、
「大人しくしといてな」
 膝かけをかけておしゃぶりをくわえさせたら、手を洗いに洗面所に。
 手を洗って戻ったら、食卓が整っていた。
 温かな湯気が立ち上るスープ、パンが盛られた皿、真ん中には取り分ける大皿料理。
「涼ちゃん、座って」
 椅子に腰を下ろした。
「いただきまーす」
 手を合わせて食事を始めた。
 キャンドルの明かりってええなあ。
 ロマンチックちゅうんかな。
「涼ちゃん」
 グラスにシャンパンが注がれる。
 弾ける気泡の音。
 グラスを合わせて笑いあった。
「ケーキは明日だから」
「ん、楽しみにしてる」
「いつも感謝してるの。
 どんなに疲れてても笑顔絶やさないし、奏の面倒みてくれる。
 いいパパでありいい夫な涼ちゃんへの感謝の気持ちを込めて
 お疲れ様会を兼ねているのよ」
 既に涙腺が緩んでますが。つくづく涙もろうなったもんやわ。
「さんくす」
「もう。私が言おうと思ったのに先手打たないでよ」
 菫子がくすっと笑った。
「だからね……涼ちゃん、ありがとう。これからもよろしく」
「こちらこそ、ありがとう。とうこは最高の奥さんで幸せやわ」
「なっ!」
 椅子を立って頬にくちづけたら、かなり大げさに反応した。
「食事中に立つのはお行儀が悪いわよ」
「……じゃあもっと椅子近づけてや。そしたら立たなくても、ちゅうできるやんか」
「今は食事中なの! 」
「大声出したら奏に聞こえるで? 」
 ささやいたら顔を真っ赤にした。
「……うん。夜は長いしね。ちゃんと楽しいこと考えてるから」
「楽しいことってなんやろな」
「た、多分楽しいはずだから」
 怯んだのが気になる。
 何よりも、夜は長いが、頭の中をリピートしていた。
 高速で色々考えたあげく、凄まじい勢いで食事を平らげてしまった。
 菫子は呆気にとられて、
「おかわりあるわよ」
 と引きつった顔で言った。
「あはは……おかわり」
 正直、胸いっぱいであまり食べられそうもなかったけど、
 せっかくの妻の好意を無にしたら最低や。
 その時けたたましい泣き声が聞こえてきた。
「「奏!?」」
 同時反応したが、菫子の行動の方が早かった。
 すかさず奏の所に行ってしまった。
「片づけしとくわ」
「ありがと、お願いね」
 食器を片づけながら菫子を見やる。
 菫子は奏を抱っこして寝室に連れていった。
 後片付けを終えて、テーブルも拭き終わってふうと息をつく。
 菫子と知り合ってから6年になるんやな。
 考えてみれば色々なことがあった。
 赤面せずにはいられないこっぱずかしい出来事も多々あった。
 振り返って笑えるほど今は大人になった……と思う。
「何にやにやしてるの? 思い出し笑い? 」
   窓辺に佇んで夜景を眺めていると菫子が戻ってきた。
 しかも不意打ちですか。
「思い出し笑いのどこが悪いんや」
「あ、開き直った」
 逆に笑われた。
 最近、どうも手のひらで弄ばれている気がする。最初からか。
「奏、寝たんやろ」
「寝たわよ。涼ちゃんに似て寝つきがいいから」
「ええことやないか」
「そうね」
 窓辺立つ俺を見上げて菫子は目を細めた。
 アニマル柄のスリッパにチェック柄の黒いタイツ。
 ミスマッチながら可愛らしさに女っぽい雰囲気が加わっていていい感じた。
頬を緩めて顎をしゃくる。
「かわいいな」
「目つきがヤらしい。
 最近ますます親父くさいわよ」
「そんな目にさせとるの誰やねん。
 それに親父って響き、好きやし……何てったって奏の親父やし」
 菫子は、むぅ。と唸った。
言い負かしたいのだろう。
 もちろん突っ張った愛情表現は理解しているから何ともない。
 実は親父くさいにグサッときたが、平気な顔をして笑った。
 後で俺のすごさをわからせてやると誓いながら。
その後で親父なんて言えるかどうか。
「クリスマスやし、そろそろサンタからプレゼント欲しいな」
 菫子が黙った。
 なかなか反応がないから不安になってみれば、
「わかったわ。大人しくそこで待ってなさい!」
 びしっと指を突きつけて、リビングから寝室へいってしまった。
(何やったんや、さっきの溜めは……。
 怒ったか思うたわ)
 改めて妻の底知れなさに感心した。
 心なしか顔が赤かったような……。
 しばらくして、目の前に現れたのは、
赤白帽子に赤白ワンピース、赤いブーツを履いた菫子だった。
 服には白いもこもこボタンが4つついていて、袖と襟の縁も同じ作りだ。
 駄目元でおねだりしてみたのが功を奏した。
 ああ、準備してたんやな。
今すぐ食べたい……。
 喉が鳴った。恥じらいながら菫子がぼそっと。
「今日は特別よ。一度きりだから!」
 わざわざ言うあたりがかわいい。まだ何も言ってないのに。
 にやける顔をどうにか引き締めて、
「コスプレなんて初めてやし……新鮮や」
「コスプレなのかしら。サンタの格好しただけよ」
「うん、コスプレ。めっちゃ似合ってるで。ほんまサプライズやな」
 じっと見つめるとサンタ姿の菫子はもじもじと恥ずかしがった。
 本人的に決死の覚悟だったんだろう。
 気持ちが嬉しかった。
 抱きしめたい衝動は、理性を総動員して堪える。
押し倒してしまうのは目に見えていた。
 この忍耐、自分自身を誉めちぎりたい。
「はい、プレゼントね……涼ちゃんも私を楽しませてくれなきゃ駄目よ!」
 得意満面の笑顔で突き出されたのは、衣装が入っていると思われる箱。
 ははーん、そうきたか。さすが我が妻。
 すっかり気分も高揚し、菫子は、ノリノリのハイテンションになっていた。
「きっと驚くわよ。ミラクル6点セットなんだもの」
「6点……」
 にこにこ。董子の愛くるしい笑顔に見送られ寝室に入った。
 どっかの紳士服店の売り出し文句みたいやな……。
 箱を開けると、妙なものが視界に飛び込んできた。
「素質は疑いようがないな」
 一人頷いて、ミラクルな残り4点を取り出す。
 手早く着替えて最初に取り出したそれを頭にかぶった。
 重っ……。
 俺は楽しいけど、菫子は一体何を求めてるんやろう……ますます謎だ。
 まあええか、楽しいし。
 気楽に笑って、部屋を出た。
 手には白い袋を下げている。
 リビングを通って、廊下を渡りもう一つの部屋へ。
 子供部屋として使う予定の部屋で、現在は使っていない。
 時折、荷物を置いたりするくらいで。
 リビングにいる菫子はソファに座ってテレビを見ていた。
 こちらに気づいたのか、ちらりと視線を感じたが、すぐにテレビ画面に視線を戻した。
 マイペースな女でよかった。
 部屋は12畳ある。
 子供がもう一人生まれたら、6畳ずつスペースを区切る予定だ。
 まだ先の話やけど。
 部屋の真ん中に置いていた箱を袋に入れて肩に担ぐ。
 これで完璧……。
 (っ!  思いきりごーんっていったわ。お約束すぎて落ちこむやんか)
 決して天井が低いわけではなく。
 頭をさすり、痛みよ飛んでけと寒いことを心中唱えてしまう。
 がちゃり。
 ドアを開けた瞬間、期待に目を輝かせる妻の姿が。
 感激のあまり口元を押さえているではないか。
 テレビの電源はオフ。
 かなり待ちどおしかったんやろな。
「メリークリスマス、マイワイフ!
 今日は素敵なプレゼントを用意したでー」
 わざとらしいか。いやいや。
「う、うん」
 おや。目が潤んどる。
「あかん。涙はまだ早いで!」
 さっき鼻がつーんときたのは棚にあげることにした。
 肩に担いだ袋を床に下ろして箱を取り出す。
 ささっと手渡して抱きしめようとしたら避けられた。
 がーん、何でや。
「箱が潰れちゃう」
 正論をぶつけられた。
「そ、そうやな。 堪忍」
 正面では箱の包装を開ける音。
 飾ってあったリボンは丁寧に折り畳んでテーブルの上に置いていた。
「かわいい……涼ちゃん、ありがとう」
 結婚二年目の今年はティアドロップ形のネックレスを贈った。
「喜んでもらえたら、何よりやから」
 目をこすりながら俺を見上げてくる。
 涙の後に咲き誇った笑顔だ。
 妻のこんな顔を見られて嬉しくない夫がいるだろうか。
「落ちないメイクでよかった」
「貸してみ」
 箱から出したネックレスを後ろから回って、首にかける。
 菫子がヒールのあるブーツを履いているから、普段より背をかがめなくてすんだ。
 髪の毛をよけて金具を留める。
 一年ちょい前、奏を妊娠した頃、切った髪も大分伸びた。
 くるりとカールしているのが女っぽい。
 こらえきれず、背中から腕を回した。
 腕の中にすっぽりと収まった体は温かくて言葉にできない愛しさが、そこにあった。
「涼ちゃ……苦しっ」
 訴えられて腕を緩める。
「すみれ……」
「どうしたの」
「ずっとこうしてたいなあって」
「いつもしてるじゃない」
「腕から逃がしたらどっかにいってしまいそうに不安になる。おかしいか?」
 弱音をさらけ出しても受け止めてもらえる。
押し付けじゃなく、信じているから。
「ううん、……そんなことないよ」
 ふう、と息を吐き出す。
「涼ちゃんはそれでいいの。私もついていくっていったじゃない」
「すみれ!」
 ぎゅっと抱きしめて、離した。
 きょとんと見上げてくる菫子に唇を重ねた。
「ん……」
 瞳を閉じて、キスを待つ彼女に、激しく口づける。
 次第に腕の力が脱けて、体が震えるのがわかった。
 だが。
「涼ちゃん、それさっさと外して」
「あ」
 トナカイの頭をかぶったまんまやった。
 慌てて外すとやけに身が軽く感じる。
 なんちゅう、絵にならんことを。
 髪をかきあげて整えていると菫子が見つめていた。
「どした?」
「涼ちゃんが、ありえないくらいかっこよく見えたから。クリスマスマジックって偉大ね」
 きたで。
 天然毒舌爆弾。
 きついこと言ってるようで顔が照れてるから本心丸わかり。
 かっこいいにかかってるんやな。
「ありがとなー、うわ舞い上がりそう」
「きゃあ」
 抱き上げて、バスルームに向かう。
 抵抗されるのを防ぐため、服を着たままバスルームの中まで連れこんだ。


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