微笑みながら目の前を駆けていく愛しい女。
「クライヴ、こっちよ」
 金髪、青い瞳、こちらを映す眼差しの清廉さ。
 全てにおいて、クライヴを支配してやまなかった。
 手に入れたつもりでも、逆に手玉に取られている。
 長い間認めたくなかった事実をあっさりと認めている自分がいた。
「ルシア」
 名を呼んで、追いかける。離さぬよう手を掴んだ
 ……つもりだった。触れたと思ったのに、その姿は掻き消えた。
 まるで、最初からいなかったかのような鮮やかな消失。
 唖然とする。目の前の景色が揺らぐ。
 辺りを探してみても見つからずむなしい叫びだけが庭園にこだまする。
 場内をくまなく探しまわってもどこにもおらず、不安が込み上げてくる。
 瞬間転移を使い、城内や森を探したが、ルシアはいなかった。
 息を切らし、走り抜けた先は、魔界への扉がある場所だった。
 白い壁に触れて、呪文を唱える。
 通り抜けた先に、馴染みの存在を見つけて、息をつく。
(こいつの存在に安心したみたいで気分が悪いな)
「……ちゃんと門を見張ってろよ。ケルベロスだろ」
『どうした、機嫌が悪いな。髪が逆立ってるぞ』
 からかわれて、むっとする。弄ばれている気がしてならない。
 相手は途方もない年月を生きている魔物であり、いちいち腹を立ててもしょうがないのだが。
「ルシアはこっちに来なかったか? 」
『来てないが』
「城内のどこにもいないんだ。
 俺に何も告げずにいなくなるなんて今までなかったのに」
『……探していない場所もあるんじゃないか。
 他に行く場所があるわけじゃなしどこかにいるだろう』
「そうだな」
 ケルベロスは悠然と構えていた。
 地獄の番犬(ケルベロス)のくせして、ふらふら散歩とは優雅なものだと思ったが、
 奴に励まされたのは確かなので、軽く手を振って、光の壁をくぐった。
 後ろから、何やら聞こえた気がするが気のせいだと思うことにした。
 若干、後ろ髪が逆立っていることも。
『……ルシアは一人で魔界に来れないだろうに。
 恋は盲目というやつか。馬鹿になったものだが、前より可愛げが出てきたじゃないか』
 城内に戻り、サンルームへ向かう。気分を落ち着かせようと思ったが、逆効果だった。
 今日は快晴のようで柔らかな日差しが、天窓から室内に降り注いでいる。
 一気に滅入ってきて、寝台に横たわる。一人では広すぎる。
 隣りに彼女がいたら、抱き寄せて離さないのに……。
 どっと押し寄せてきた疲労が、眠りへといざなう。眩しいから余計眠いのだろう。
 俺も焦って、探し損ねているのかもしれないし、その内帰ってくるはずだ。
 上向きになり、瞼の上に腕を当てて瞳を閉じた。
 瞼の奥から熱いものがじわりと込み上げてきてはっとする。
「何かの間違いだ……」


「……クライヴ」
 根暗な彼のことだ。寝室にこもっているに違いないと思ったら
 案の定、真っ暗な部屋にいた。寝台の上で、眠っている。
 時々苦しそうに呻いているので、額に手を当ててみたらひどい汗だった。
 ぎゅっ、と手を握り、起こさないようにそっと覗きこんでみる。
「うわっ」
「ひゃあ……」
 大げさなほど驚かれてこちらの方が驚いた。
 浅い眠りだったのだ。
「悪い夢でも見たんですか? 」
「夢……ああ、夢だったのか」
 一瞬、呆然としたクライヴは、納得したように息をついて、私を抱き寄せた。
 彼の胸の中に倒れこんで、硬い胸を感じて、どきりとする。
 確かな引力に導かれて、こちらからも腕を回した。
「この部屋はちょうどいい暗さでほっとする。
 夢の中ではサンルームで寝たからな」
「……ぷっ」
 吹き出したら、笑いが止まらなくなった。
 体をくねらせて笑い転げる私は体を反転させられ、気づけば組み敷かれていた。
「償えよ」
「ご、ごめんなさい! 笑い過ぎですよね……」
 冗談ぶってみたが彼のシリアスな雰囲気は変わらなかった。
 頬に触れる手が、熱い。唇の上で触れては離れるキス。
 ついばむ音が艶めかしく響く。
「俺がどんなに心配したか分かるか。  目の前で幻みたいに掻き消えたお前を必死で探し回って。
 城内にも森にもいなかったから魔界まで行ったんだぞ」
「……それ夢の中のことですよね。私は悪くないんじゃ」
 両腕を一くくりに掴まれて見下ろされている。
狂おしい瞳は、私を求めているのがわかる。 
「っ……や……っ」
 耳朶に息がかかる。縁をなぞって、唇で挟まれた。
「お前がいないと、駄目になる。何も見えなくなって
 まともな判断もできない。思考も全部ルシアに染まっているから」
 耳を食まれると同時に、胸を揉みしだかれていた。
「……っあ」
 頂ごと押しつぶして、愛撫する。
 もう一方の手が衣服の裾をまくりあげているのが油断ならない。
 とっくに、腕は解放されて自由になっていたのに、甘い悦楽を与えられて
 身動きが取れなくなっていた。逃げたいとも思わないのだけれど。
「馬鹿だと思うだろ」
 指が、太腿を撫で上げる。ゆっくりと上下する動きに呻いてしまう。
 乱された衣服、呼吸、すべてが彼の意のままだ。
「っ……私も同じだから」
「あの牢獄に捕らわれていた時よりも
 恐ろしかったよ。ルシアが消えるだなんて夢でなかったらと思うとぞっとする」
 クライヴは変わった。弱音も見せるようになって、とても人間らしくなった。
 私はそんな彼が、前よりずっと好きだ。
 囁きは耳に直接流し込まれていて、肌へもたらされる刺激とで自然と体がしなった。
 舌を絡められて、差し出した。縺れ合わせて、顎に伝う滴を気にも止めずに、
 求めあう。背中で留め具が外されて、一気に取り払われる。
 晒された肌が震えたのは寒さじゃなくて、愛されている悦びから。
 彼が全部を脱ぎ捨てて覆いかぶさってくる。
 頭部を抱きしめたら、ふくらみが餌食になった。小刻みな舌の動き。
 そっと噛まれると、奥の方から、溢れてくる。
「んん……クライヴ」
 下から包み込むように揉まれる。
 音を立てて吸われ、頂きが濡れたのを感じた。
「……っ駄目……」
「あんまり大きい声出すなよ、子供たちが起きる」
「誰のせい……っああ」
 貫かれる。奥までたどり着いたクライヴは、小さく息を吐き出して
 それから動き出した。内部で擦れて、痺れが起きる。
 幾度となく抱かれても、こんな風に近づく瞬間が、うれしくて、  そして離れる時が、切ない。
 刹那を分け合うから余計愛しくて何度も繋がりたいと願ってしまう。
「あなたを愛しています。ずっと一緒にいて」
「ああ」
「いつまでも、抱いて。私を欲しがって。
 私もあなたを求めて離さないから」
 声が掠れて、届いたかどうかわからない。
 抱き起こされて彼の膝の上で、突き上げられる。目の前の景色がぼやけていく。
「愛してるよ……」
 彼の動きが一層激しくなって、大きく脈打つ。
 どく、と弾けて放たれる飛沫に意識を奪われた。
 髪をなでる。汗で張りついた髪はしっとり湿っていて男らしい香りがする。
「あなたの前からいなくなったりしません。頼まれても離れてなんてあげないわ」
 抱きしめて、頬に口づけた。眠る横顔が綺麗で目が離せなくなる。
「クライヴじゃなくて、私が見ればよかったのに」
 私が消えたことが、夢か現実か分からなくなるほど苦しんだ彼。
「笑ったりしてごめんなさい」
 傷つけたに違いない。彼は、思ったよりも繊細なのだ。
 私は、図太くて、繊細とは程遠い。違うから側にいられる。
「好きよ」
 急に手を握りしめられて、はっ、と横を見れば彼が微笑んでいた。
「じゃあ、今度はお前が俺を抱いてくれ」
 じゃあって何。どこから繋がっているのと問えばキリがない。
 腰を高く上げて四つんばいになる。
指先で彼自身に触れた。ふくらみがシーツに擦れる。
 屹立しているソレにちゅ、と軽く音を立てて、キスをする。
 びくびく、と震えている。そのまま、膝の上に乗って腰を下ろしていく。
「ああっ……はあっ……」
 深い場所での繋がりに、すぐに波にさらわれそうになる。
 腰を揺らして、彼を感じる。
 両のふくらみを揉みしだかれて、きゅんと疼いた。
「素直で、いいな。奥に響くから締めつけて」
 目尻に涙がたまる。好きを体中で伝えているから。
「……悪夢を見たことなんて掻き消されたよ。お前が優しくしてくれたから」
 最後に奥深くを突かれて、再び昇りつめた。
 もたれかかった体を抱きしめる腕は、温かい。
 うっすら目を開けたら、彼に背中を抱かれた。
「本当は、いつまでだって繋がっていたい。お前が離れるのは不愉快だ
 ……また抱ける楽しみを想像するから耐えられるんだ」
 今のは独り言だろうか。私聞いてるんですけど。
 とん、とんと胸をこぶしで叩いてみたら、
「何してる」
 憮然と問い返されたので、ふふっと笑った。
「胸の扉を叩いてみたの。クライヴが、可愛くて素敵でたまらないから」
「……大人なのか子供なのかどっちだ」
「好きなように取って」
 だって、私は私だから。
 あなたを愛する心を取ったら何も残らないのだもの。
「四六時中側にいろ……悪夢なんて二度と見なくてすむように」
「……ん、分かったわ」 
 抱きついて、しがみついたら、頭をなでてくれた。









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