些細な駆け引きのお話



なんて言うべきなんだろう。
あえて言葉で説明するなら、怒涛の展開?このあと、信じられない事実が!って感じ?
いやむしろ、衝撃の告白、じゃないか?

…なんて、たっぷり3分は無駄にした。
あまりにも、この展開が予想できなかったせいで。


「落ち着け俺」


あれは俺の妄想の産物か?
でも、の声がはっきり耳に残ってる。
うつむいたまま俺にチョコを押し付けて、試作品じゃないって言って。
顔を赤くして、潤んだ目で上目遣いして、怒鳴るくらいの勢いで…


(ずっと好きだったんだよのこと!)


…夢じゃないはずだ。もちろん妄想でもない。
の声も胸元に包みを押し付けられた感覚も、さっと顔を背けて髪を揺らしながら走り去った姿も。
幻にしては、リアルすぎた。
でも、にわかには信じられない。あまりにも俺に都合が良すぎる。
こんな展開、ありえるのか?

どうしていいか分からなくなって、俺はが押し付けて逃げていったチョコの包みを開いた。
バレンタインなんて興味ないとか豪語してたくせに、可愛いピンク色の包装はやけに凝ってて。
ラッピングまで頑張って練習しているの姿が目に浮かぶ。
ほんの15分くらい前までの俺だったら、そんな姿を思い浮かべたら確実に落ち込んでたはずだ。
誰とも知らない奴のためにが必死になってると思ったら。

でも、それがどうだ。
まだ信じられないような気もするけど、が頑張ってチョコだの包み紙だのと格闘してたのが、
俺の…俺だけのためだったらしいと知った今では。
を愛しく思うことはあっても、ここのところ俺を叩きのめし続けていたあの敗北感はどこにもない。


「あれ…本気だよな?」


があんなに必死になってる姿なんて始めてみたし、からかわれてるとも思えない。
包みを開けば、きっと心を込めて作ってくれたんだろう、一見して手作りだってわかる可愛らしいチョコレート。
どうやら俺の想い人は、俺に振り向いてくれていたらしい。
混乱がようやく確信に変わって、俺は携帯を取り出した。


。」
「…もしもし」
、チョコありがとう。これからおいしくいただくから。」
「あ、うん…」


電話に出たはしおれたような声をしていて、落ち込んでいるみたいだった。
こんなに俺を喜ばせておいて、何がそんなに悲しいんだろう。


「あのさ、。」
「なに…」
「俺…」
「…」


電話越しにが息をのむ音が聞こえた。緊張してるらしい。
散々俺をやきもきさせておいて、可愛い奴だ。


「あ、やっぱりやめた。直接言いたい」
「え?」
「直接された告白の返事は直接するもんでしょ。…っていうわけで、出て来い。
 まだ自転車置き場に隠れてるの、知ってるぞ」
「……。」


ぷつりと電話が切れてから少し、自転車を押しながらが出てきた。
大事なところで話を途切れさせたせいか、恨めしげにこっちを見ている。
…そんなところも可愛いと思うあたり、やっぱり俺はそうとう重症らしい。


「おかえり、
「…。」
「さて、じゃあ返事させてもらおうかな。」
「…。」


今にも泣き出しそうな(もしかしたら、今まで泣いてたのかもしれない)が、俺の目を見たまま固まる。
俺は嬉しくてにやけそうなのを必死で抑えて、なんとか真面目そうな表情をひねり出した。
この期に及んでまだ断られるかもしれないとか考えてるんだろう、が自転車のハンドルをきゅっと握り締めるのが見えた。
緊張してるのか寒いのか、の手は真っ白だった。

…自転車がなければ、抱きしめてたんだけど。

俺はに近づいて、頭にぽんと手をのせた。
泣くかな、
まあいいや、泣いたら俺が泣きやませればいいんだし。
そんなことを考えながら、俺は軽くかがんで、の頬にさっとキスを落とした。


「!」
「俺、もうずいぶん前からのこと好きだったんだけど。知らなかった?」


がしゃん、と音を立てて。
が乱暴に自転車のスタンドを立てた。
そのまま、馬鹿、っていうつぶやき声と一緒に、温かいかたまりが腕の中に飛び込んできた。
チョコレートの甘い香りがする。
…たぶん緊張がとけたせいで泣き始めたの頭を撫でながら、片腕でしっかりを抱きしめた。


の馬鹿…好き、だよ…」
、…俺も好き」



を抱く腕に少しだけ力を込める。
散々翻弄されたけど、もう、放さない。…そんな意味を込めて。


最初から小細工なんかいらなかったんだよ、って話ですね。
バレンタインずいぶん過ぎましたが最後までお読みいただきありがとうございました。

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