些細な駆け引きのお話



それは、珍しくも無いありふれたスーパーで買い物をしてたときの話。


「あれ、
「え?」


どうでもいいBGMだとか、夕食やらなにやらの買出しに来たオバサンたちの会話だとか、レジの機械音とか、
そういうものをすり抜けるようにして耳に届く、聴きなれた声。
心臓がちょっと跳ねたんじゃないかなんてメルヘンな事を考えながら、おそるおそる振り向いた。
視界に飛び込む黒い服。
振り向いた先にいたのは、想像通りににやついたあいつだった。


「こんなとこで会うと思ってなかったわー。奇遇だねえ」
「ほんとだね、いきなり声かけられて、しかもだし…びっくりしたよ…」


今日の午前中同じ授業で顔をあわせたばっかりとはいえ、やっぱりこうして学外で出くわすとちょっと緊張する。
たぶんサークル帰りで荷物の多いが、ずり落ちそうになった鞄を持ち替えながらにやけ顔で話しかけてくる。


「そういえばさあ、今日の授業始まる前に言ってたよね?
 私にはバレンタインなんて関係ないから、本命も義理もあげないし友チョコもしないって。」
「え…うん、そうだけど?それがどうかした?」
「手作りなんてめんどくさい事、する人の気がしれないんだっけ」
「あ、うん…そんなこと、言ったねぇ…」


思ってたより記憶力がいいんだなぁ、なんて感心しながら、私はさりげなく買い物カゴを身体の後ろのほうへ追いやった。
それを目ざとく見つけたが、すっと手を伸ばしてくる。


「重そうだから持ってあげる」
「いいよ、別にこれくらい、普段の量と変わらないし!」
「遠慮しない遠慮しない。ほら、持ってやるって。
 …それとも、俺に見せられないわけでもあるとか?」
「ち、違う…!」


焦っての手からカゴをひったくって、私はレジのほうに逃げようとした。
後ろから、笑いの混じったの声が飛んでくる。


「…見えてるよ、製菓用のチョコ」
「………!」


ため息ひとつこぼしながら観念して立ち止まった私の肩にぽんと手を置いて、勝ち誇ったようにが笑う。
教室で手作りなんかしないって豪語した矢先のことだけに、どうにも分が悪い。


「あんな事言いながらホントは手作りなんて、案外可愛いことするなぁも。
 …今回は意外なの一面に免じて、周りの奴には黙っててあげるよ。」
「…ほんと?」
「条件付でね。」
「え?」


意外な一面に免じて、とか言いつつ、条件まで持ち出してくるの抜け目の無さに困惑する。
困る私をからかうのが楽しいのか、いつになくが生き生きして見える。


「俺にもの手作りのチョコちょうだい。試作品でいいからさ。」
「え、なんで…」
「口止め料。どうせ本命にあげる前に練習する気でしょ?だったら1つくらい俺に分けてくれてもいいと思うんだよね。
 チョコ一つ作るのに、そんな大量の材料いらないもんねぇ…」
「……人の弱みに付け込んで」
「どうする?」
「…分かったよ」


練習もかねて多めに材料を買おうとしていたことまで見抜かれたら、さすがに立場が無い。
渋い顔で了解を伝えると、は満足そうにうなずいた。


「じゃあ、完成するの待ってるから。
 楽しみだなー、が頑張って作るチョコもらうの」
「!」


にやにやしたままあっさり店内に消えていくを見送って、私はこっそりつられ笑いをした。
こうなったら絶対、驚かせてやるんだから。


「楽しみに待ってなよ、




私の本命が誰なのか、当日思い知らせてやる。


バレンタインネタ。続きますたぶん。

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