049:tomorrow





明日は、しあわせ。


学校の帰り道にそんな歌を口ずさんでいたら、後ろから「のんきな奴」っていう苦笑めいたものを頂戴した。
案の定振り向いた先にいたのはクラスメイトの
お前さぁ、受験生が明日は幸せとかのんきなこと言ってていいのかよ。なんて軽口をたたくそいつに、
私は違うとだけ返事をした。
だって努力しなきゃ幸せな明日なんて来ないだろ?なんて、能天気そうな外見からは程遠い台詞を吐く
実は毎日ほとんど予備校に通い詰めで受験勉強を頑張っていることを、私は知っている。


「鈍いなぁ。明日はしあわせ、なんであって明日もしあわせなんじゃないんだよ」
「ん?今日は不幸せってこと?」
「そ。この歌ね、恐慌真っ只中のアメリカで孤児が歌う歌なんだよ。
 孤児院の先生は虐待レベルで厳しいし引き取り手なんか見つかるわけもないし、そういう状況で
 しあわせな明日を夢見て歌ってる歌なの。」
「へえ…それじゃ確かに能天気じゃすまないね。」
「もう絶望的な状況なのにそれでもまだ明日をあきらめないんだよ?
 私もそんなふうになりたいなーって」


さらっと流して言ったつもりだったのに、はその言葉の奥にうっかりこもってしまった本音に気がついたらしかった。
すこし眉をひそめて私を見下ろす。


も今絶望中なの?」
「ん、多少はね」


できるだけたいしたことない風に聞こえるように、軽い口調を装った。
だけど案外勘の鋭いの前では、もしかしたら無駄なあがきだったかもしれない。


「受験のこと?」
「そうでもないよ。ほんと、個人的なこと」
「…友達とか?」


ちがうよ、あんたのことだよ。
…なんてさらっと言える度胸もなくて、つい曖昧に微笑んでごまかしてしまった。
何気ない会話から私のことを気遣ってくれるが好きで好きでどうしようもなくて苦しいなんてさすがに言えないし
受験のために必死で頑張ってるの集中をそぐようなことを言うのが申し訳ないとも思う。
だけどせっかくこうして一緒に話していられる状況を手放すのは惜しすぎて、つい続ける言葉を捜してしまった。


「ねえだったらこの時期に好きな人できちゃったらどうする?」
「…あ、もしかして悩んでるのってそれ?」
「まあ、…そうなんだけどさ。」


我ながらなんてひどい質問をしたんだろうと思う。
焦っていたとはいえ、これじゃどんな答えが返ってきても傷つく気がする。
受験が大事だからそんなこと考えないって言われたらこれ以上好きになっても進展なしだし、
好きな人とか彼女がいるけどなんとか両立してるなんて言われたらもっと決定打すぎて笑えない。
ああもう私が悪かったから何も答えないで、なんて叫びたくなった瞬間、がぼそっとつぶやいた。


「俺はね、今まではとりあえず受験が大事だからそういうのは忘れようと思ってた。」
「今までは?」
「うん。好きな人いるけど様子見してたし、俺わりと単純だから気になったら勉強できなくなるの分かってたから」
「そうなんだ…」


ああやっぱり言われた。
好きな人いたんだ、
迂闊な質問で自分の希望をくしゃっとつぶしてしまったことを呪いたい気持ちでいっぱいになる。
でもせめてこの気持ちが本人にばれるのだけは避けたいって最後のプライドを振り絞って、できるだけ平然とした感じの声を出そうとした。
…たぶん、多少語尾が弱くなったくらいですんだと思う。
気付いてないかな、ってこっそり覗き込んだの表情が案外まじめだったからきっと気付かれてはない。大丈夫。
が真面目な何かを言おうとしていることに気がついて、私は口をつぐむ。


「でもさ、今の話聞いてちょっと気が変わった」
「え?」


もしかして私だって恋してるんだから、みたいな感じで勇気付けられたとか言うんだろうか。
あきらめずにアタックしてみるモチベーションをにあげちゃったんだとしたら完全に自爆すぎてどうしようもない。
何を言われても表情をくずさないように覚悟を決めた私と目を合わせたは、なぜか私と似たような表情をしていた。


「誰だか知らない奴に好きな人の気持ち持ってかれるのをさ、いくら受験だからってスルーはできないじゃん。
 俺やっぱりあきらめないわ。今から告白してくる」
「今から?」


うわあなんて展開。
好きな人の片思いの背中を押しちゃったなんて、笑い話にするには惨め過ぎる。
予想されるの「ありがと、じゃあな」って短い響きに顔を崩さないために、こっそり鞄を持つ手に力をこめる。
だけどの声は、思ったより長く続いた。


「うん。
 …、俺のこと好きだから。
 だからに好きな人いるならアドバイスは一つ。
 誰だか知らないけどそんな奴あきらめて、俺と付き合ったほうがいい」


え。
予想外すぎた発言に対して、それでも事前に固めてあった表情はそんなに簡単には崩れない。
こわばったままを見上げると、奴は冗談とはとても思えない真面目な表情をしていた。
ええと、なんだこの状況は。
頭がうまく起動していないことを自覚しつつ、私はの発言を反芻した。


が私を好きで、私に付き合えって言った?」
「言った」
「なのに私に好きな人いるならあきらめろって言った?」
「言った」
「私の好きな人がで、が私を好きで、私はをあきらめて、と私が付き合う…?」
「え?」


混乱しすぎて思わず助けを求めるようにを見てしまった。
不思議なことにも、なぜか混乱しているらしかった。


「…え、の好きな奴って俺?」
「うん」
「俺、俺に嫉妬した?」
「さあ」
「でもお前の好きな奴俺なんだろ?」
「うん」
「…それって」


どうせ頭の中がカオスでとりつくろえる余裕がないなら、素直に認めてしまえ。
そう思ってあっさり認めると、の表情が混乱というより驚きみたいなものに変わった。


「両思いだそれ。」
「あ、確かに」
「付き合えばいいんじゃない?」
「そうかも」
「よし!」


なんだかすごく嬉しそうにするを見ていたら、とりあえず難しいことはどうでもよくなった。
多分これは私の片思いが実ったとかそういう展開だと思って間違いないんだろう。


わりと勘違いで絶望したりもしたけれど。
どうやら私は幸せになれるらしい。

きっと、明日も。


某有名ミュージカルのテーマナンバーより。
受験生同士のはずなのに頭悪そうな展開で申し訳ないです。

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