「Together」


それは、放課後の静かな渡り廊下。


アタシは、真っ白なスケッチブックと鉛筆を手にして、
渡り廊下に座っていた。



頬をくすぐってく風は少し冷たくて。
空は高くて、青くて…だけど少しだけ、夕焼け色に染まり始めていた。
アタシは黙ってプールの横のテニスコートを眺めて、
一人でため息をついた。



夏は、よく美術室の窓からテニスコートを眺めてた。
炎天下のコートで一生懸命試合をやってるあいつがいた。
サービスがうまくいくたびに、嬉しそうな笑顔見せて。
ミスすると、すごく悔しそうな顔で、次は絶対って決心して。
いつも部活に一生懸命だった、アイツ。

 

人一倍頑張り屋さんだった君は、今、コートにいない。





冷たくなり始めた指で、鉛筆を走らせる。
描くのは、誰もいないテニスコート。
君がいた日の光景を思いだしながら、手を動かす。



美術室の窓を開けると、いつも君の声が聞こえてきてた。
友達とふざけあってたり、笑ってたり。
アタシに気付いて手を振ってくれた事もあった。
あの時は、恥ずかしくて手も振り返せなかったんだっけ。
どんな小さなことも、みんな覚えてる。



美術部を引退してからしばらく触ってなかった画用紙の感触が懐かしい。
受験勉強しなくちゃいけないのは分かってるんだけど、
なんだか、寂しくて。
勉強にも、身が入らないんだ。

君のいない、テニスコートは。
沈みかけた太陽にてらされて、なんだかすごく広く見えた。






「こんなところにいた!何やってんだよ、さん!」


どれくらいたったんだろう、アタシは後ろから呼ばれて手を止めた。
…ううん、ホントはもっと前から手が止まってた。
君に会いたいって思いはじめたら、誰もいないテニスコートを描くのが
だんだんイヤになって来ちゃって。
だから、スケッチブックの上のテニスコートは、まだほとんど出来ていなかった。

ゆっくり振り返ると、そこにいたのはやっぱり、君だった。


「帰ろうと思って下駄箱見たら靴残ってんだもん。
 こんなとこにいたら風邪引くだろ?」
「あ…急に、絵描きたくなっちゃって…その」
「だからって風邪引いたら困るじゃん。受験生なんだし」
「そりゃ、そうだけど…」


まだ帰んないの?っていいながら君がアタシの画用紙をのぞきこんだ。
ほとんど白いままの紙と、テニスコートを見比べて。
君が小さな声でつぶやいた。


「そういや、最近ずっと運動してねーなぁ」
「え?」
「前はさ、毎日部活あったのに引退してから全然動いてないんだ。
 さんの気持ちも分かるな。
 俺もまたテニスやりたいって思うもん」


そう言ってテニスコートを眺める君の目は、なんだか少し寂しそうだった。
何か言おうと思ってアタシが口を開きかけると、
君が急にアタシの方に向きなおって言ったんだ。


「ま、愚痴っててもしょーがねぇよな。
 受験終わるまでの辛抱だし。
 …ほら、さんも風邪引かないうちに帰った方がいいよ。
 こんな時期に風邪引いたら、みんな心配するし」

ほらほら、ってアタシの背中に手を回す君。
心臓が、ドキって音を立てる。
気付かれちゃいそうで、アタシは心臓をそっと右手で押さえた。
君の手が、そっとアタシの背中を押した。


「なんなら一緒に帰る?」


いたずらな笑顔を浮かべてアタシを見る君の顔が、
夕日に照らされて赤く見えた。
アタシの顔は…真っ赤。
もちろん、夕日のせいなんかじゃない。


「かえろ…っか…」


アタシはスケッチブックをたたんで、君の隣を歩きはじめた。
長さの違う影が足元から伸びてた。


「あのさ、。…その」
「え?」


アタシが顔をあげると、君は急に顔をそらした。


「やっぱ、なんでもない。」
「何?なんか、言おうとしてたじゃん…」


背中に回された手に、急に力がこもった。
あんまり急だったから、ビックリして。
言葉が見つからなくなって、アタシは黙って君と歩いていた。
長く伸びた影が、隣で少しうつむき加減になってるのが見えた。





「…卒業しても、こうやって一緒に歩いてたいよなって…言おうとしただけ」





君の言葉が、ためらいがちにアタシの耳にささやきかけてきた。
アタシは、言葉の意味を理解するまで、
たっぷり10秒考えて。
それから、やっぱりうつむいて答えたんだ。





「…そう、だね」






夕日に照らされて真っ赤になったアタシと君の影が、
手をつないでゆっくり歩いていった。

 


ゆうみ様からいただいたリクエストを消化しきれなかったため、自己満足で
リベンジしてみました。
実は黒川が最近気になってる男の子がテニス部だったりして、ほんのちょっと参考にしちゃったり(苦笑

受験ってやっぱりすごく精神的にも負担の大きい事だと思います。
それにまわりの人が「頑張って」って言ったところで気休めにしかならないと思うし。
それでも、やっぱり「頑張って」しか言えない自分が悔しいですが。

受験生の皆様、かげながら応援させていただきますので、
一人ぼっちじゃないんだって思っていただけたら幸いです。

↑…わぁ、なんかえらそうな事言ってる自分。
来年は我が身だってのに(苦笑

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