012:痕跡
いつになったら気づくんだよ。
俺はずっと前から本気だって言うのに。
「………」
時間はちょうど4時をすぎたところ。
ぼそりと目の前で眠る人物の名前をつぶやいた唇が笑みの形にゆがむ。
図書室の一番奥、日当たりのいい机は入り口からは見えないちょっとした隠れ家になっている。
窓の向こうは校庭で、この高さまで見上げるような物好きはそういない。
幸せそうに眠るの全身を眺める。
日の光を浴びたつやのある柔らかそうな髪。
ノートやら本やらが置いてあるということは勉強する気だけはあったらしい。
「ちゃーん」
ふざけていつも呼ばないような呼び方で呼びかけても効果がない。
「ーー」
無論いつもの呼び方でも同じ。
「…起きないと悪戯するよ?」
にやりと笑ってそう口走ってみたものの、よほど気持ちいいのかが目を覚ますことはない。
はそっと手を伸ばして暖かくなっているの髪をなでた。
小さな身体のこのクラスメイトが、今までどれだけ自分を悩ませたことか。
恋人だっていなかったわけではないのに、今さら初恋みたいな気分にさせられて焦る事だって何度もあった。
(ああ、たしか先週ふざけての頭なでたっけ…ま、こんなにゆっくり触れてられなかったけど。こいつ暴れたし)
長身のと小柄なはクラスメイトにもかかわらずよく兄妹扱いされていた。
他の女子とくらべて幾分単純で、その分純粋にはしゃぐ瞳を見ているうちに、いつのまにか好きになっていた。
気持ちを隠すのは苦手じゃないから、本人に気付かれていることはないと思うが。
髪を優しくなでられたのが気持ちいいのか、の寝顔が一段と幸せそうに緩む。
それをまた可愛いなと思いつつ、はもう一度声をかけた。
「……。」
「んー…」
到底起きる気のなさそうな返事が返ってくる。
きっとは誰に呼ばれたかも相手が何をしようとしているのかも分かっていないのだろう。
それが、ちっとも恋愛対象として自分を見てくれない普段のの姿と重なる。
無性に苛ついたはとの距離を一歩縮めて、耳元で低い声でささやく。
「お前が俺のほうちゃんと見ないのが悪いんだよ?…お仕置きしてあげる」
そして机に伏していたの身体を両手で無理やり起こして、制服を少しずらして胸元にキスマークをつけてやった。
当然そこまでされればだって目が覚める。
「……、ちゃん…?」
「」
状況がつかめずに混乱しているに、低い声で呼びかける。
びくりと震えたをこれ以上怖がらせるのも気がとがめて、は予定を変更した。
(ホントはこのまま迫る気でいたんだけどね)
ぽん、と頭にのせられるの手は、いつもどおり大きくて優しい。
気がつけばを見つめる視線も、普段と同じ優しいものになっていた。
「……ちゃん?」
「ばーか。お前がこんなところで寝てるから起こしてやったんだよ感謝しろっ」
「え…あの、でも今さっき何し…」
「ばーか」
二度、軽い調子で罵って。
はの肩に手を乗せて笑顔で言った。
「俺、に惚れてるから。
お前もそれ見てちょっとは俺のこと意識しろよ」
「なっ……!」
少し肌蹴た制服の胸元に、赤いあざが一つ。
何をされたのかようやく理解したの顔が瞬間で真っ赤になる。
焦ってはいる。でも怒鳴ったり泣いたりしないところを見ると…もしかしたら期待していいのかもしれない。
興奮しているのか冷静なのか分からない頭の中でがそんなことを考えていると、に恨みがましい視線をぶつけられた。
「何よこんなの…反則だし!
こんなことされてドキドキしないほど私だって子どもじゃないんだよ!?」
「へぇ…つまり、感じちゃったってこと?」
「ちゃんの馬鹿!」
文句を言いながらも否定はしないの姿に、は苦笑のようなものをこぼした。
そういえば呼び方を苗字から名前に変えても文句は言われていない。
「」
「ひゃっ…何?」
耳元で低く名前を呼ぶと、は小さく跳ねてを見上げた。
抱きしめてしまいたいのをおさえて、は挑むような表情でを見下ろした。
「これから俺お前のこと落とすから。覚悟しとけよ?」
「…っ」
これ以上ないほど真っ赤に頬を染めて、は胸元のあざを隠しながらうなずいた。
昼寝にちょうどいい暖かな日差しが、今は熱いくらいだった。
リハビリ中。最後の台詞が恥ずかしい。
31番とネタがどんかぶりです。気にしない方向でお願いします。