王子、再び

※前回王子、現るの続きです。



ずいぶん、悩んだはずなのに。
頭の混乱はいつまでも取れなくて。
明らかに間違ってるのに、どこかでまだ言い訳を探して教室に残ろうとしている私がいる。
奴隷なんてありえない。
一言で笑い飛ばせれば、どんなに楽だっただろう?

少なくとも事態は、私の常識が処理できる範囲を軽く超えていた。



放課後の教室。
私は友達とのメールで気を紛らわしつつ、無意味に黒板を掃除していた。
何かしていないと、落ち着かなくて。


(…そうだ、これが終わったらすぐ帰ろう。あいつが来る前に)


チョークの粉を丁寧に片付けながら、私はそう決心したんだけど。
掃除を中断してすぐ帰る事を思いつかなかったのが、問題だった。


「へぇ、本気で残ってたんだ?」


ゴミ箱を元の位置に戻した瞬間、後ろから聞き覚えのある声がした。
――ああ、間に合わなかった。
どうしてかそんなことを思いながら、私はゆっくり声のした方に振り向いた。
案の定、見栄えのする立ち方でこっちを見ているくんがいた。
私を見定めるようにしばらく眺めて、それから、私の前の席の椅子を引いて座った。


「…なーにさん、そんな怯えないでよ。とって食うわけじゃないんだからさ」
「え…?」
「ほら、座んなよ。」
「あ、……うん」


言われるままに、自分の席に戻って座った。
思っていたよりも普通に接してくれたせいか、少し緊張が緩む。
正直、助かった。
でも、その安心に気を取られていたせいなのか…今まで避けて通ったツケを払わされたのか、
私はくんのデフォルトの表情の裏側に何があるのか、まったく気付かなかった。


さん数学とってたよね?」
「塾の?うん、とってるよ」
「誰とクラス同じ?」
「ええと、うちの学校だったら綾瀬くんとか川崎くんとか、あとは津久井さんとか」
「あ、神奈川先生のクラス?あの人うけるよねーしょっちゅうホワイトボード叩くしペン落とすし」
「うん、この間ホワイトボード強く叩きすぎて地味に痛がってたよ」
「うわ、馬鹿だあの先生」


しばらく、どうでもいい話が続いた。
クラスの子とか塾の男子と話すみたいな、普通の時間。
当たり前の雑談が続いていくうちに、私の頭は都合よく昨日の出来事を忘れる方向に働いていたんだけど。
いかんせん、相手が悪すぎた。
昨日のことをただの冗談として流してくれるほど、くんは優しさに満ち溢れてはいなかったんだ。
くんは急に窓の外に視線を移して、どこかぼんやりした表情になった。


「…あの、くん?」
「俺さあ、おととい彼女と別れたんだ」
「え…?」
「俺のわがまま嫌な顔もしないで聞いてくれるすごいいい子だったんだけど、ね」
「……。」


どういう反応していいのか、わからない。
塾が同じで学校も同じ。私とくんの関係なんてそれだけのはずで。
そんな話題を振られても慰めの言葉がすぐ出てくるほど私は器用じゃないし。
…ああでももしかして、昨日私に声をかけたのは寂しかったからなのかな、なんて考えが頭をよぎる。
くんの視線が黙り込んだ私の顔にゆっくり戻ってきた。
ちらりとその視線をうかがうと、くんは……いつの間にか、昨日のあの悪魔みたいな表情をうかべていた。


「今ちょっと同情したでしょ?」
「え?」
「いい子だねーさんは。…やっぱり俺の奴隷にぴったりだ。
 素直で可愛くて優しくて、騙されやすい」
「ちょっと、私別に奴隷になんか」
「なりたいでしょ?」


急に、至近距離に入られる。
目もそらせないほどの距離で、くんが笑う。
何もされてないのに、きのうつかまれた手首が熱くなるような気がした。


「いくらでも逃げるチャンスはあったのに、いつまでも俺のところから離れようとしないしさ。
 …嫌だ嫌だって言いながらホントは期待してたんだろ。
 俺にもっと遊ばれたいんだろ?」
「ちがう…」
「ほら、早く言えよ。」
「いや…」
「嫌じゃねえよ。」
「でも…」
「でもじゃない。言わないなら俺もうさんに用ないから帰るよ?」
「…」
「じゃ、また今度塾でね。そん時はもうただの顔見知りだけど」


さっと立ち上がったくんが、一度私を見下ろして教室のドアに向かってしまう。
予想以上に「ただの顔見知り」って言葉が堪えて、私は気がついたら目元が熱くなっていた。


「待って!」
「……何?」
「…行かないで、まだ」
「なんで?」
「お願い…今から、言うから」
「何を?」


真剣な表情で、くんが私を見ていた。
目も手もかっと熱くなって震えてる気がしたけど、もうそんなのどうでもよかった。
せっかく仲良くなれたのに、ただの顔見知りに戻るなんて絶対嫌で。
私が「奴隷になる」ってたった一言言うだけでくんの寂しさがまぎれるんだったら、それでいいんだって気がしてた。


くん、私を、あなたの奴隷にしてください」


「いいよ?」


ゆっくり私のところに戻ってきたくんが、そっと頭をなでてくれた。
ちゃんと言えたね、偉いよって優しい言葉をかけてくれる。
ああ、こんなに優しい笑顔を見せてもらえるんだったら、奴隷でいてもいい。
そんな気持ちに支配されてたから、私は気がつかなかった。




(…馬鹿な子。せいぜい楽しませてよ?)




立ち去ろうとしたくんのカバンが、前の席にずっと置きっぱなしにされてたことに。

そして、これが不幸の入り口だったってことに。


うっかり書いてしまいました。王子のつづき。
いや、奴隷になるとかホントすいません。ごめんなさい無茶なネタ引っ張って。
これで終わりにするはずがまだ続きそうな気配をかもし出してるこの話…さてどうしよう。

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