054:パンダ
パンダ。
泣きすぎた女の子のマスカラが取れてすごい状態になる事。
…だけどあたしは、お化粧なんかしないから。
どんなに頑張ったって、パンダにはなれません。残念でした。
「…さーん、おーい、さーん」
放課後の人のいない教室で恥ずかしげもなく大声をあげてるのは、きっと君だ。
少しは遠慮とか、知らないんだろうか。
机に突っ伏したままのあたしの近くまで来て、軽く肩をつかんできた君は
きっとデリカシーとかそういう言葉は知らないんじゃないかと思う。
「起きてー、さーん」
君は無神経だ。
あたしが泣いてるのを知ってて、起きろなんていうんだから。
さっきだって誰かに呼び出されて告白されてたのに、何事もなかったように振舞うんだから。
「やだー」
あたしはできるだけ、泣いてるのがばれないように短い返事をした。
そりゃ、君はついさっきあの女の子を断って泣かせたばっかりなんだろうから、
別にあたしなんかが泣いてたくらいじゃなんとも思わないかもしれない。
学校でも有数の女泣かせな君だもん。
あたしみたいにお化粧もしないような地味な子がめずらしいからからかいに来ただけなんだと思う。
「なんで泣いてるの?男に泣かされた?」
無神経な質問をしながら、君はあたしの隣の席に勝手に座った。
でもあたしも、意地でも顔をあげなかった。
君のことで泣いてるなんてしゃくだったから。
告白する勇気があったさっきの女の子に嫉妬して泣いたなんて、バカバカしすぎるから。
無神経で軽薄で次から次に彼女を変えてる君なんかに本気になっちゃったなんて、
認めたくなかったから。
「さん、もしかして泣き顔見られたくないの?
大丈夫だよ、さんは他の奴みたいにみっともないパンダになんかならないからさ」
なんだか頭に来た。
あたしは他の子と違ってお化粧もしないような地味な子だから別に泣いてても変わんないって言われた気がして。
ホントはあたしだってちゃんとお化粧したりおしゃれしたいのに、
君はそういうあたしを認めてくれないんだって気がして。
頭に来たから、あたしはカバンの中にずっと隠してたマスカラを乱暴に取り出して、君に向き直った。
「女泣かせの君には、パンダになる女の子の気持ちなんかわかんないでしょ!」
それから、マスカラのふたを取って、びっくりしてる君の目の下に、思いっきり塗りつけてやった。
「……」
マスカラがたくさんついたまま、突然君が笑い出した。
その顔があんまりおかしかったから、あたしも気がついたら笑ってた。
「やっぱさ、お前最高だよ!媚びない女の子って前からいいと思ってたけどさ、は特別!
…俺、が俺の彼女になってくれるように今日から努力する!」
きっぱり、君が宣言する。
そりゃ、あの女泣かせの君の言葉だから、そんなに簡単には信用しない。
でも。
「…そう?じゃあ頑張って」
「あ、お前本気にしてないだろー?…信用してくれない奴には、お仕置き」
「え?」
気がついたら、君は至近距離にいて。
気がついたら、あたしは…いきなりキスされてたんだ。
「君っ!!」
「…それ、俺の本気の証拠だから。」
真剣な目で言われたら、なんだかあたしには何も言い返せなかった。
結局、あたしは君の事が好きだから…こんなふうにされたら、言い返せるわけ、ない。
…ホントにいいんだよね、君?
あたし、君が言った事、信じちゃうよ?
…君があたしの事少しは好きなんだって…信じちゃうからね?
「信じろよ、」
あたしの気持ちを読み取ったみたいに、君がつぶやいた。
あとがき
黒川史上初の(?)軽い男の子を書いてみました。難しかったー(汗
モデルになった人物がなきにしもあらず、一生懸命観察(観賞?)してしまいました。
…実在じゃ、ないですけど(爆
こういう男の子もちゃんとかけるようになりたい、です。