100:すき
好き。
単純なようで、意外とこの言葉にはいろんな意味がこもっていたりする。
恋愛感情だの友情だの、尊敬だの親しみだの。
それに、時には好きじゃないものと比較してまだマシって意味だったり、果ては社交辞令のための嘘って事もある。
これだけいろんな事に使える言葉だから、当然私も毎日のようにその言葉を使う。
「、こないだ言ってたマンガの第3巻持ってきたよ〜」
「あー、ありがとう!大好きだよユッキー!」
「どーいたしまして、アタシものこと好きだよー。
あ、でもはアタシよりジェイドの方が好きかな?3巻でもまた活躍してるし」
「いや、さすがにマンガの中のキャラと親友じゃ親友選ぶよ」
親友にほとんど挨拶代わりに使う「好き」、
マンガのキャラクターの好みをあらわす「好き」。
「聞いた?佐藤先生風邪引いて休みだから4限は自習だって」
「え、大丈夫かなー先生。」
「せっかくの大好きな佐藤先生の授業なのにねー」
「…だから、何度もいってるけど佐藤先生じゃなくて英語が好きなんだって。
確かに、佐藤先生ってすごく教え方丁寧だししっかりしてるし尊敬してるけどさぁ。」
教え方が上手で尊敬する先生に対しての、好き。
一番興味がもてる授業の科目に対しての、好き。
こんなに簡単な言葉、なのに。
いつだって使えて、そこらじゅうにあふれた珍しくもなんともない台詞なのに。
「あ、さん」
「くん?」
帰り道、自転車に乗ったあいつに追い抜かれたついでに声をかけられる。
「今日歩きなんだ?」
「うん…朝雨降ってたから置いてきちゃったんだ」
「さんって家どこだっけ?途中まで後ろ乗せてってあげようか?」
「………いいの?」
「いいよ。はい、乗って」
あいつの何気ない親切心に、こんなに胸を弾ませて。
柄にも無く緊張しながら自転車の荷台に座った。
危ないからちゃんとつかまってねって言われたとおり、あいつの両肩をしっかりつかむ。
「重くない?」
「全然。じゃ、行くよ」
滑らかに自転車が走り出して、耳元を抜ける風が涼しく感じた。
きっと、私の顔が赤くなってるせいだろう。あいつには見えるわけないけど。
(ああもう、私の意気地なし)
こんなときにこそ勇気を出して言うべきたった二文字が、のどに引っかかって出てこない。
いつもは簡単に口をついて出るありふれた単語のはずなのに。
(好き。…好きだよ、。)
どうしても上手に言葉にならない単語が頭の中をせわしくめぐるせいで、だんだん胸が苦しくなってきた。
好きなのに。
いちばん大事なこの瞬間だけ、その単語は鉛みたいに重くなって、のどの奥に転げ落ちていく。
ちゃんと伝えられない二文字が、私を苛むように支配していく。
「…好きだよ、」
だから私は、自分が大事なことを聞き落としたことさえ、気付いていなかったんだ。
大好きなあの人の口からさらりとこぼれ落ちた、何よりも欲しかった言葉に。
あれ思ってたより進展しなかった!
でも、片想いの時期の微妙な距離感ってものも素敵だと思う。