<今年はカカオから作る>
…まさか。
俺は目を疑った。
冗談にしては手が込みすぎている。
「くんへ
この間、くんが中野くんたちと話しているのを偶然聞いてしまいました。
バレンタインのチョコレートは、カカオから作るくらい本気の手作りじゃなければ受け取らないって。
普段からお菓子は作るほうだけど、カカオの実を取り寄せるところから作ったのは初めてなので、
もしかしたらあんまり上手じゃないかもしれません。
だけど、気持ちを込めて作りました。
よかったら、受け取ってください。 」
ピンク色の綺麗な袋の中には、センスの良いリボンがついた白くて丸っこい箱と、封筒に入った手紙。
手紙の内容はともかく、封筒の中にはご丁寧にカカオの実を解体して、チョコレートにしていく途中の写真が同封されている。
「嘘だろ」
あいた口がふさがらない。
クラスのアイドル的存在の、が。
モテない俺がひがみ半分で口走った冗談を真に受けて、半端ない手作りチョコレートをよこしただなんて。
何かが根本的に間違ってる。
「お、どうした青少年。バレンタインデーに下駄箱の前で可愛い袋を片手に固まってるなんて、まるで青春ドラマだな」
「…なあ、中野。これ、どう思うよ」
下駄箱の前で立ち尽くしていた俺を目ざとく見つけて、クラスの友人がにやつきながら声をかけてきた。
からかわれるのは正直痛いが、あまりにも目の前の状況が信じがたくてつい助けを求めてしまう。
「ほう」
手紙と同封されていた写真を俺から受け取って眺めたあと、中野がもったいぶって口を開いた。
「まさかあの高嶺の花のが君に本命チョコレートをよこすとはな。
ありがたく頂戴すればいいじゃないか」
「いや、チョコレート自体はありがたくもらうつもりなんだけどさ。…それより、カカオから作ったって…正気の沙汰とは思えないんだけど」
「恋は盲目と、昔から言うじゃないか。結構結構」
「いや、何かが根本的に間違ってるだろ…!」
いつになくもったいぶって変な口調になっている中野に文句を言うと、中野がにやりと笑った。
その反応の意味がわからなくて、俺はおもわず眉根を寄せた。
中野は、ちょいちょいと昇降口の向こう側を指差しながら、小声で助言のようなものをよこす。
「も必死だったんだろうよ。…向こうからじゃ声は聞こえないだろうけど、さっきから校舎の影でずっとお前の事見てるぞ」
「え?」
中野が指差した先を見ても、人の姿はなかった。
隠れたのだろうか。
ただ、中野の言葉が嘘でないのを証明するように、不自然な位置にピンク色のボディの自転車が止められている。
「ほれ、行って来い。…あんな美少女泣かしたら、校内新聞でさらし者にしてやるぞ」
「…それは勘弁だよ」
そういえば新聞部だった中野にからかい混じりに送り出されて、俺は急いで靴を履いた。
予想外に単純で、思ったよりずっと純情なクラスのアイドルに、心のこもったチョコレートの礼を言うために。
元ネタはmixi内のコミュニティ、コミュ一覧に嘘を表示する会(通称:嘘コミュ)での過去のコミュニティ名、「今年はカカオから作る」。
コミュではROM専ですがこっそり二次創作させていただきました。
また、友人の名前としてコミュニティ管理人の中野さまのお名前を拝借しました。