096:罪
あいつは馬鹿だ。
「ねーねーくん。罪な女ってよく言うじゃん。あれって何が罪なの?」
朝から、出会い頭に、この調子。
唐突でどこからつっこんだらいいのか分からないような質問を、平気で投げてくる。
返事の代わりにため息を返すと、すぐさま不機嫌そうな顔になる。
「何、また私のこと馬鹿にしたでしょ!」
「じゃあ、馬鹿にされないようなことを言えばいい」
「たとえばどんなことよ?」
皮肉を投げても、そのまま質問で返される。
本当にやりにくい女だと思う。
無愛想で態度もよくないだろう俺に、平気でまとわりついてくるのはこいつだけだ。
「いや、むしろお前は黙ってたほうがいい」
「……そっかぁ……」
軽くあしらわれても、納得したような声が返ってくるだけ。
本気で変な奴だと思う。
「、大丈夫?」
「なんかあったの…?」
「ううん」
昼ごろ、友達に借りた教科書を返しにたまたまあいつのクラスに行った。
いつもなら率先して騒いでいるはずのあいつの声がしなかった。
どこかに出かけてるのかと思って教室をさっと見渡すと、見慣れた頭が目に入る。
(…昼休みに寝てるのか?)
少し伏目がちなあいつは、周りを数人の女子に囲まれていた。
ギャラリーの表情が心配そうなのを見ると、具合でも悪いのかもしれない。
保健室に行けとでも言おうかと思っていると、教科書を貸してくれた奴が寄ってきた。
「お、ありがと。助かった」
「あー、別にいいよ。こないだジャージ借りたし」
「あ、そうだ。あそこに座ってる奴、なんか具合でも悪いのか?周りの奴らが騒いでるけど」
さり気なく探りを入れてみると、奴はなぜか苦笑した。
「ああ、ね。それがさ、なんつーか…
あいつ、良くも悪くも単純な奴でさ、片思いの相手に「お前は黙ってるほうがいい」っていわれて
急にあんなになったらしいよ。おかげでうちのクラス全体調子狂っちゃって。
うちのクラスのムードメーカーなのになぁ」
「は?」
思わず、聞き返してしまった。
何か予想外なことを言われた気がする。
「だからさ、片思いの相手の一言で180度キャラ変わっちゃったらしいよって。
恋は盲目、だよな〜…」
「…」
驚き半分、呆れ半分であいつの苗字をつぶやいた。
気がつくと、あいつの顔はこっちを向いていて。
俺があいつを話題にしてたことを知ってか知らずか…微笑んだ。
いつもと違う、儚いような微笑み方で。
「!」
「ん?」
「あ、悪い俺ちょっと戻るわ!後でまた話聞かせて!」
「え??」
赤面したところなんて、他人に見せられるか。
あいつの笑顔に今さら惚れたとか、言えるか。
「馬鹿やろ、振り回しやがって…」
俺のたいした意味もない一言で、こんなに変わるなんて。
俺のために、変わろうと思うなんて。
あいつは馬鹿だ。馬鹿だ絶対。馬鹿だ。
俺に、片思いするなんて。
罪な女。
今その定義を聞かれたら、俺はたぶん答えるだろう。
笑顔一つで俺の理性を吹っ飛ばすが、罪な女そのものだと。
anonymousな友人たちに名前をつけるべきかどうか迷ってます。