英雄譚はいらない
※女性友人名変換なし、苗字「結城」と通称「ゆうちゃん」が出てきます。
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あなたは頭がよくて、誰にでも優しくて。
整った顔で、背もたかくて、運動だってできて、
……。
一言で言うなら、叶わない憧れだと思う。
好きになったのは、こんな人が同じ世界に存在していいのかってくらいに完璧な人だから。
年だって同じはずなのに、何を頑張ってもいまいちぱっとしない私とは
文字通り天と地の差がある。
そんな人が世界に存在するって分かっただけでも驚きなのに、
偶然にも同じ学校に入れてしまったことだけでも喜ぶべきことなのに、
叶いもしないくせに勝手に恋して、打ちひしがれるなんて私は馬鹿だ。
届かないなら届かないで、おとなしく憧れだけもって見つめてればいいのに。
英雄が冒険の途中で立ち寄る小さな村の目立たない村人のように、
ありがたがって拝み倒して、忘れられることを納得できればいいのに。
目が合ったらいいのにな、とか、
どこかで偶然会いたいな、とか、
声をかけてしまいたいな、とか、
私だけに振り向いてほしい、だとか、
身分に不釣合いなたいそうな願いを持ってしまったら、
自分の気持ちが、自分自身に牙をつきたてた。
「、聞いてよ!…くん、ついに好きな人できたんだってさ。
ギャラリーの女の子たち取り乱しちゃって、もう大騒ぎ」
「そっかぁ、…もてると大変だね」
「ホントだよ、性格上無碍にもできないし、肝心の好きな子は
僕のことなんて完全スルーで物思いにふけってるしね」
「……え?なんで話題のくんがここに」
一緒に講堂横のラウンジでお茶を飲んでいたゆうちゃんが、ぎょっとした顔をした。
そのまんまるな目が見つめているのは、うわさの英雄、もとい、私の片思いの相手だ。
日当たりがいいとはお世辞にもいえないラウンジはあんまり人が居ないことがほとんどだから、
くんはたぶん取り巻きの女の子をあしらいきれなくなって逃げてきたんだと思う。
急いで逃げてきたみたいで少し息が上がっているくんは、そのままラウンジの隅の
古い自販機で飲み物を買って、私たちのテーブルのところに戻ってきた。
「ほんとにやりきれないよ。」
「…珍しいね、みんなのアイドルくんがそんなこと言うなんて」
ゆうちゃんの一言に、くんが困ったような顔をした。
くんだって人間だもん、いつも人に囲まれてたらきっと疲れるんだよ。
…なんてとりなす勇気すらない私は、あいまいに笑ってごまかした。
「僕だって別にみんなのアイドルになりたくて生きてるわけじゃないよ。
だけど僕のこと気に入ってくれる人たちに失礼なこと言ったりして
好きな子にそれが知れたりしたら、それこそ目も当てられないからね」
なんかくんが人のためじゃない発言してるところ初めてみたなぁ、なんて
暢気な感想をこぼしたゆうちゃんの口元が、なぜかゆるんだ。
…もしかして、くんの好きな人ってゆうちゃんで、本当にもしかしたら、
実はもうとっくの昔に両思いなんじゃないかって思い当たって、気分が重くなる。
もしそうだとしたら、私の片思いのこと、ゆうちゃんに話してなくてよかった。
本当はゆうちゃんとくん、もう付き合ってるのかもしれないし、
私が不用意なこと言ったら、大事な友情まで傷つけてたかもしれない。
ゆうちゃんがうわさ話を持ってきた時点である程度覚悟はしてたけど、
でも、憧れのくんの彼女を間近で見てしまったと思えばやっぱりつらい。
失恋で泣くのは授業が全部終わって家に帰ってからにしようと決心しながら、
私は表情を消してくんとゆうちゃんを交互に見た。
「…あのさ、結城さん」
「ん?」
しばらくして、くんが、苦々しそうな表情でゆうちゃんを呼んだ。
ゆうちゃんは、すっとぼけたような返事を返す。
くんは、おいしくないものを無理やり食べたような、そんな顔をしている。
「…さんが気付いてる可能性は?」
「ゼロ」
「………そんなことだろうと思ったよ」
突然名前を出された私は、当然びっくりする。
ゆうちゃんは、なんだか訳知り顔で笑いをこらえているみたいに見える。
くんは、深くため息をついた。
他に人のいない日陰のラウンジに、微妙な空気が流れる。
なんだか黙っているのも気まずくて目だけでゆうちゃんに助けをもとめると、
ゆうちゃんが必死で笑いをかみ殺しながら(でも、もう全然隠せてはいない)
くんの肩に手を置いた。
「完全に裏目に出たね、くん。
いい子になることにこだわっていつまでもアプローチしないからだよ」
「…えっと、何の話?」
「さん」
なんだか一気に疲れたような表情になって、くんが私に向き直った。
まさかみんなのアイドルに名前を覚えてもらっていたなんて。
失恋したけど、この完璧な英雄の記憶にちょっとでも残っていられるなら
それはそれで光栄だって喜ぶべきところなんだろう。
「あのさ、さん、…僕のことどう思う?」
「え?…何をやっても完璧で、誰からでも愛される…英雄…とか…」
「はぁ」
くんは私の答えがお気に召さなかったらしくて、ため息を深くついた。
なんだか申し訳ないような気もするけれど、正直今の回答のどこがいけなかったのか
私にはあまりよく分からない。
「英雄か!大きく出たね、もはや憧れを通り越して畏怖の対象みたいな」
吹き出すようにそう口を挟んだゆうちゃんには状況が読めているのか、
さっきまで噂話をしていたときとくらべてさらにテンションがあがっている。
くんが困ってるんだからそんなに笑わなくてもいいのに。
「あの、さん」
「はい」
なにかをあきらめたような表情で、くんが私を見た。
失恋記念日だけど、こんなに近くでこんなに長い時間くんとお話できたんだから、
総じて今日はいい日だったのかもしれない。
「僕は英雄譚なんていらないよ。
君に振り向いて欲しくて、でも、君がどんな相手が好きだか分からないから
とりあえず出来ることは全部頑張ってみただけなんだ。
英雄なんかじゃない。」
「?」
くんが私をみつめている。
それだけで胸がいっぱいになりそうで、くんが何を言ってるのかよく分からない。
「君に気に入られたいだけなんだよ。
だからそんなに構えないで…すぐ恋人になってなんて言わないから、
せめて、英雄扱いは…なしにしてもらえないかな」
あのくんをすっかり参ったような様子にさせてしまったことが
恐れ多くも申し訳なさ過ぎて、おもわずうなずいてしまった。
怒涛の展開すぎて、ぜんぜん、話についていけない。
私とくんのやりとりをにやにやしながら見守っていたゆうちゃんが、
くんに「頑張れ」なんて言うもんだから、私はますます混乱してしまう。
「ゆうちゃん、何言ってるの?
…くんの好きな人って、ゆうちゃんなんでしょ?」
「え?」
ゆうちゃんとくんが、ぽかんとした。
図星だったから、だろうか。
でもそれにしては、恥ずかしがるとか、口止めするとか、そんな雰囲気にならない。
こういうときどういう反応をしたらいいのか分からないから、とりあえず
困った顔のままゆうちゃんに確認をとってみた。
「…そう、だよね?」
「、あんたって絶望的に馬鹿」
「え、なんで」
「どこをどう間違えたらそんな解釈になるのよ」
「え、だってゆうちゃん、くんのことみて笑ってたし…」
ぎゅっと、肩をつかまれた。
「え?」
強い力で椅子ごと向きを変えられた私の身体の正面には、くんがいた。
「いい加減気付いてほしいもんだ」
怒ったような目が、印象的だった。
するどくて、私なんて簡単に刺し殺されちゃいそうな雰囲気。
…だから。
くんの目ばっかり見ていたから。
よけることも、止めることも、目をつぶることもできなかった。
「。僕の彼女になって」
乱暴にそれだけ言い捨てると、くんはいなくなってしまった。
「わお、人前でキスしやがったあのアイドルもどき」
「うそ、そんなはず」
「いや、目撃した。ばっちりこれでもかってほど目撃した」
確かに、ゆうちゃんの言うとおり、あの目が近づいてきたあと、
あったかくて柔らかかったような、そんな気はしたけど!
ずっと遠い憧れだった人が、触れるほど近くにいたような気はしたけど!
「なんで……?
これ、ほんとに……」
喜んでいいの?
現実をちゃんと認識できずにいた私をながめて、ゆうちゃんがもう一度ため息をついた。
* * *
そこまで鈍い奴がいるか、とおもいつつ。
お題は「変わっているお題配布所
」さまからお借りしました。