020:遠隔操作
それは、何も知らなかった私にとってほんの些細な冒険のはずだったんだけど。
「…これ本当に大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、俺のルームメイトなんかほとんど毎日彼女連れ込んでイチャついてるし。
別に女の子が一人入ってきたくらいでわーわー言うような繊細な奴住んでないよ。」
「そうなんだ」
「…あ、今哀れんだでしょ」
「や、ルームメイトが見えるところでイチャついてるのが日常ってキツいんじゃないかなーって…」
「ま、男子寮だし。慣れたよさすがに」
…と、言うわけで。
私、は現在男子寮に潜入しようとしてる状態です。
手引きをしてくれたのは頼れる「協力者」のクラスメイト。
この寮のある男の子に私が片思いしてるって打ち明けたら、じゃあ俺の友達ってことで寮に遊びにくればいいじゃんなんて素敵なお誘いをくれて。
部屋近いからアイツに会えるかもよ、とか言われたらまあ、誘惑には勝てないわけで。
いかにも男子寮って感じの散らかった玄関を通り抜けて、私はついにあの人の(正確には目的地そこじゃないけど)部屋へ向かうのでした。
「ごめんね散らかってて。…初めて来る人は大概ビックリするんだよね」
「片付けないの?」
「俺のじゃないし」
ちょっと手狭な廊下を通って、階段を上がって。
途中すれ違った先輩らしき人に「お、彼女?」って聞かれた友人がおどけて変顔しながら首を横に振って。
それでまあ、雑談してるうちにどうやら目的の部屋にたどり着いたらしく。
友人がちょいちょい、とドアを指でつついて小声で教えてくれた。
「ここだよ、のお目当ての人の部屋」
「…うん」
「は、何緊張してんの。なんなら本人呼んであげようか?」
「や、やめて勘弁して」
「冗談だって。いるかどうかも確認してないし。…あ、でもスリッパあるな。いるかも。
やっぱり呼んでやろうか?おーい、…むぐっ」
「黙んなさいボケ」
「うわー、実力行使できたか…」
からかわれたのを無理やり黙らせたりするちょっとしたイベントがあったものの、何とかその部屋の前を(ほぼ)静かに通過。
なんだかスパイにでもなった気分。
本人呼ばれたら困るって言っておきながら、ほんのちょっとだけ偶然に期待してた甘っちょろい自分もいたようで。
友人にはそんな態度がバレていたらしく、部屋に通してもらうなり茶化された。不覚。
古い木造の寮は、昼間だからかもしれないけれど案外いろんな音が聞こえてくる。
誰かが大音量で音楽をかけてたり、笑い声がしたり、ゲームの効果音みたいなものが時折響いたり。
休みの日だけに、全体的にのんびりした感じ。
…なんていうか、まあ、主な目的は達成しちゃった感じの私としては、このまま友人の部屋でぐだぐだしてても良いのか悩みどころなんだけど。
それこそアイツに偶然会っちゃったとして、さっきすれ違った人みたいに勘違いされたら困るし。いやほんとに困ります。
まあ、友人の部屋の中まで入っちゃったらさすがに会う可能性もないとは思うんだけどね。
「ほい、お茶。」
「あ、ありがとう。のど渇いてたから助かるよ」
「どういたしまして。どうせのことだし、の部屋の前通ったくらいで緊張してたんでしょ?」
「…」
「図星か」
「うるさいなぁ」
馬鹿みたいな会話をしながらもらったお茶を飲む。
…正直友人の指摘はまったくその通りで、もしかしたら会えるかも、会いに来たってバレたらどうしよう、なんて思ってたもんだから
緊張して喉が渇いたっていうのは間違いない事実なわけで。
ついでに言うと緊張して固まってた指先がこっそり冷えてたりもしたから、温かい紅茶っていう友人のチョイスには内心で感謝してたりする。
くつろいだ感じで携帯をいじる友人が、ふっと顔をあげてにやつく。
「いやーまさかにこんな一面があったとはねぇ。まさに恋する乙女!」
「うるさいなぁ」
「良いじゃん良いじゃん。こりゃも幸せ者だね」
「…うるさい」
は言い返せないとすぐうるさいって言うから分かりやすいよねー、とか言いながらからから笑う友人。
だってとりあえず黙らせないともっとからかわれるじゃん、なんて内心で言い訳してると、廊下に女の子の声が響く。
誰かの彼女かなんかだろう。ほんとに女の子が違和感なく存在してるらしい…男子寮なのに。
「そいじゃ、うち帰りますねー。頑張ってくださいよー」
「余計なお世話だ。じゃ、またおいでー」
あれ、でも敬語だ。彼女じゃないのかな、なんてぼんやり考えた次の瞬間。
聞こえた声に思わず動きが止まった。
…だ。
今の、女の子、連れてきてたってこと?
彼女?
違うよね?
違わなかったらどうしよう。
たぶん知らないうちに顔が曇ってたらしく、友人が肩をすくめた。
「、心配しすぎ。
たぶん今いたのあいつのサークルの後輩だよ。最近後輩の恋愛相談に乗ってるってこないだ言ってたからそれだと思う」
「…そうなの?」
「少なくとも彼女と彼女候補じゃないことは俺が保障する」
「…そうなんだ…」
露骨に息をついた私を見て、奴は苦笑を浮かべる。
「そんなに好き?のこと」
「…うるさい」
「また言った。…そこまでアイツのこと気になるんだったら会いにいけばいいじゃん。部屋近いんだし」
あわてて首を横に振る。
協力してくれるのはありがたいんだけど、こいつはどうも人をからかって楽しむくせがあるらしい。
今のは絶対、私にそんな勇気がないって知ってて言った。間違いない。
「そっかー。じゃあ、むしろ来てもらったほうが…」
「ま、待って!」
携帯に手を伸ばしかけた奴を音速で制する。
顔が赤くなったような気がするけど、本当に呼ばれたりしたらどうしていいか分からないし。
本気で焦る私に冗談だよ、って奴が笑いかけた瞬間、背後のドアがノックされた。
とんとん。
あ、ちょっとごめんって言いながら、奴はマグカップを置いて立ち上がった。
「ほい?」
「あー、」
奴がドアを開けるのとほぼ同時に聞こえてきた声に弾かれて、私は振り返った。
まさか。
幻覚と幻聴?冗談?
そうじゃない。
「よっ、」
「……」
開いたドアの向こうに立ってるのは、まぎれもなく…その人だった。
とんだサプライズだ。
びっくりしたなんてもんじゃない。
ただコイツの住んでる寮がどんな場所か、見るだけでよかったのに。
偶然会うなんて、期待してたけど、望み薄だったのに。
固まった私を見て、友人がおどけた笑顔を見せながら、机に置きっぱなしの自分の携帯をちょいちょい、と指差してみせた。
その視線に促されて奴の携帯の画面を覗き込んだ瞬間、頭が白くなった。
その画面には、奴が送信したメールが表示されていた。
宛先: | |
件名: | 着いた |
本文: | 来たぞ、お姫様。 しばらく引き止めといて やるから 会いたきゃすぐ来い。 |
友人出すぎ。寮っていう生活スタイルをなまじ知ってしまうとつい寮ネタに走ってしまう。
寮とは縁ないなー、って方は学生アパート的なものとかに脳内変換してくださるとうれしいです。
ちなみにお題の「遠隔操作」は友人からのメール部分の話ですね。スイッチ一つでお相手召喚、みたいな。
友人を饒舌にしすぎたせいかあとがきまで饒舌です。
※番外編の友人の独白は不幸恋愛祭にて公開中。