王子、現る
※15禁ぐらいの雰囲気でわりと卑猥なことを言われます。鬼畜寄り。ご注意。
「……なんで、だろうね」
こんなにも心が乱れるのは。
誰もいない教室で、私はひとりで机に突っ伏した。
バイトもないし今日は塾に行く予定もない。悩む時間はたくさんあった。
ため息をついて飲みかけのジュースを机の端のほうに追いやって、もう一度ため息をつく。
もちろん、原因は…あいつだ。
。同じ塾で学校も同じの…要注意人物。
演劇だかミュージカルだかに関わっているとかで、サービス精神は抜群。
自分をよく見せる事にかけてはかなりの才能だと、私でさえも思う。
ルックスも良くて勉強もスポーツもそこそこ以上にはこなす。
…ただ、問題はその性格だった。
気まぐれで我侭な典型的王子様。敵だと思ったら容赦なく敵対するって噂だ。
この間も、キツく当たられた女の子が一人他の塾に移ったって話しだし。
影ではこっそり「触らぬにたたりなし」なんて言われるような人なんだけど。
外見やらリップサービスやらにのせられて寄ってくる女の子が後を絶たないのは、塾でも学校でも同じだった。
それで、問題は20分前にさかのぼる。
放課後の教室でたまたま休んだ友達のためのノートを作ってたら、あいつが現れたんだ。
クラスが違うのに、よりによって、ノートと格闘中の私一人しかいない教室に入ってきたんだ。
「あ、さんじゃん。元気?」
「あ、くん…」
ヒマ、だったらしい。
私のできればスルーして他のところに行って欲しいっていう願いを土足で踏みにじりつつ、くんが教卓に寄りかかる。
何気ない仕草のはずが、くんの手にかかれば計算されて洗練された見せるための動きになるんだからおそろしい。
「あのさーさん。俺さ、今ヒマなんだけど」
「そうなの?」
「うん。さんとちょっと遊びたい感じ」
「…私と?」
後が厄介だから、変なところで嫌われないように言葉と口調を選ぶ。
くんはいつもの少し微笑んだ表情を崩さない。
「うん。そうだね…ご主人様とメイドごっこと兄妹ごっこだったらどっちがいい?」
「え…なに、それ…」
くんは私をからかって遊ぶことに決めたらしかった。
色々問題がありそうな発言をしながら、私のほうへ歩いてくる。
「そのまんまだけど?さんは俺のメイドになって「ご主人様、もう許してください、何でも言うこと聞きますから」って言うのと
俺の妹になって「お兄ちゃん、そんなことしちゃだめだよ…お願い、やめて」って言うのとどっちがいい?ってこと」
「…あ、あの…今私ノート作ってる途中なんだけど…」
だんだんきわどさを増していく発言を止めようとして言葉を挟むと、くんは歩くのをやめて私を見下ろした。
その目に浮かぶ悪戯っぽい笑みに、嫌な予感がした。
「ノートか、分かった。家庭教師ごっこがよかったんだ?なら最初からそういえばいいのに」
「あの、くん…私べつにそういうつもりじゃ…」
「先生、でしょう?さん」
「……」
突然くんの口調が変わった。すっかり先生になりきったらしい。
私が黙ってると、くんはどこかから取り出した伊達メガネをかけながら、私の机の斜め後ろに立った。
「先生、と呼びなさい。さん」
「………はい、先生」
不本意にも程があるけど、こんなつまらないことでくんの機嫌を損ねるのが嫌で。
私はしぶしぶ言われたとおりに彼を先生と呼んだ。
機嫌のいいまま穏便に退出してもらわないと、困る。
私のそんな気持ちを知ってか知らずか、楽しげにくんは私の下の名前を呼び続けた。
「どこが分からないんですか?さん」
「あ、別に分からないところは…」
「へぇ…それならもっと別なことを教えてあげないといけませんねぇ」
「え、別なことって?」
あまり、聞きたくはなかったけど。
我侭王子の気まぐれに付き合うぐらいの軽い気持ちで聞き返したのが、災いした。
とたんにくんの声が低くて色っぽい声に変わる。
私の両肩に手を置いて、かがみこんだくんが耳元でささやく。
「先生が、教えてあげますよ…もっと楽しくて気持ちいいことをね」
「わっ!!」
焦って席を立とうとしたら、くんに腕をつかまれた。
そのまま教室の隅まで連れて行かれて、両手首を窓に押し付けられる。
痛くないように加減してくれてるみたいなのに、手を外そうとしてもびくとも動かない。
焦る私の耳元に、くんの顔が近付く。
「…」
低くて熱っぽい声に思わず息をするのを忘れてしまった。
鳥肌が立つような感覚。
「せん、せい」
緊張でまわらなくなった舌でぼそっとつぶやくと、くんが満足そうな、とても意地悪い笑みを浮かべた。
そして、急に「先生」役をかなぐり捨てた。
私の手首をつかんで押し付けたまま、容赦ない言葉を浴びせる。
「何生意気に感じちゃってるんだよ、俺の玩具のくせに」
「え…?」
「このマゾ女。迫られて、いじめられて感じてたんだろ?え?
俺に玩具にされるのが気持ちいいんだろ?」
「くん…」
急に罵られて、どうしていいか分からなくなった私はそれでも目の前の人に助けを求めるしかなかった。
あざ笑うように私を見下しながら、くんが手を離す。
「バーカ。そんなすぐに俺の女になんかしてやんねえよ。
そんなに俺に愛されたいならまずは俺の奴隷から始めろよ。」
「そんな、私奴隷になんか!」
「なりたいんだろ?また今みたいに俺に苛められたり誘惑されたりしたいんだろ?」
確信したような、妙な自信を持った目が私を見下していた。
「じゃあさ、さん。1日だけ待ってやるよ。俺の奴隷になりたかったら、明日もこの時間まで教室に残ってて。
それで、「淫乱なマゾ女の私を様の奴隷にしてください」って言ったら奴隷にしてやるから」
よく考えときなよ、と言い残して満足そうに君が去っていったのが5分前のこと。
たった15分の間に、私をこんなにめちゃくちゃ動揺させて。
「…ああぁ、どうしよう」
もう、どうしたらいいのか分からなくて。
泣きそうな声でつぶやく。
触らぬにたたりなし。
それは、本当のことだったみたいだ。
筆者乱心。
さすがにこれはねーだろと思われた方々申し訳ありません。
しかし筆者はこれを数倍に薄めたような人間に危うく引っかかりそうになった記憶があります。うわーなんでもない。
皆様くれぐれも危険人物にはご注意を。