076:シュークリーム
「あぁ!それっ!」
なんだようるさいな、っていうつれない言葉とは裏腹に、君はもう私の考えていることがなんなのか理解していたらしい。
若干嫌そうな顔をして見せながら、食べかけのシュークリームを片手に手招きする。
学校の売店にはいろんなデザートが置いてあるのに、君はなぜか頻繁に私の好物のシュークリームを昼食と一緒に買ってくる。
「気付くの遅い。」
「だってー手洗ってたんだもん…」
なんで手洗ってるだけで俺が昼飯食べ終わるまでかかるんだよ。
どうせまた誰かと水道んとこでぎゃーぎゃー騒いでたんだろ。聞こえてたぞ。っていうかもっと静かにできないのかよ。騒音公害だ。
…と、まあ容赦も愛想もない言葉をぽいぽい投げつけられるのはわりといつものことだ。
だけど、口が悪い割にこの男は、私のことを案外よく把握していたりする。
「ほら、食べかけだから気をつけろよ。こぼしたら全部舐めとらせるぞ」
「うわー言ってることが変態!…あ、うそうそごめん食べるから!感謝してるから引っ込めないで!」
私の言葉に一瞬意地悪そうな表情を見せてシュークリームを遠ざける君。
あわてて私が謝ると一瞬肩をすくめてからもう一度シュークリームを差し出してくれた。
多分からかわれているんだと思う。
だけど不思議なことに今まで一度だって嫌な気分になったことはない。
すでに中身の見えているシュークリームの端のほうをちょっとだけかじる。
この甘いクリームが好きなんだ。
君にじっと見つめられながら(たぶんこぼさないかどうか監視してるんだろう)だろうと、味はもちろん変わらない。
「そういやさ、ってあんまり気にしないよな。間接キスとか」
「ん?君はそういうの気にする人だっけ?」
「……いや、基本的には気にしないな」
「なにその基本って」
どうせ別にたいした意味はないんだろうと思って軽くツッコミを入れる気分で返事をすると、なぜかいきなりため息をつかれた。
「え?」
なにその反応、って問いかけようとした私の手から、君はすばやくシュークリームを取り戻していた。
あ、もう一口食べたかったのになー、ってつぶやく私を椅子に座ったまま器用に見下して、君が口を開く。
「…ほんと、なんでお前こんなに鈍感なんだよ。」
「え?」
「餌付けでだめなら、やっぱり直接か」
「え?餌付けって?」
ため息交じりの独り言の意味が分からなくて、私は君に問いかけた。
返ってきたのは3度目のため息と呆れたようなつぶやきだった。
「お前さ、ちょっとは考えてみろって。
俺が好きでもないシュークリームやたらと買ってきて会話のチャンス増やそうとしてることぐらい気付かないの?」
「え?」
「気付けよ!……ったく…。
俺に直接お前が好きだって言わせるまですっとぼける気か」
「え、…くん?」
「あー、もう…仕方ねえな。ちゃんと言ってやる。
俺、のこと好きだから。
返事はしなくていいからせめて自覚ぐらいはしとけ」
「え!?…え、えっと、その…?」
あまりに急な発言に、自分でも信じられないくらいうろたえた。
好き、って。
私がシュークリームを好きだって言うのとは違う、本気の「好き」…ってこと?
思わず泳がせてしまった視線を君に向けると、彼は意外なほど落ち着いた表情で私を見守っていた。
「あの…、君」
「断るなら返事いらない。今までどおり普通に友達でいてくれればいいから。
…でももし、断る気がなければ…放課後教室残ってて」
まるでいつもの雑談のように放たれた言葉だったのに、なんだか心臓がうるさくなった気がした。
べたべたしないやつを書こうと思っていた。はず。
結果的に成分未調整の小カオスになった。ぬーん。