014：マンガ




「さあて、覚悟はできましたか？囚われの姫君」
「うわあああああっ」


それはもう、まさかの超展開。
たった今目にした文字が、そのまま音声になって頭の後ろから降ってくるという、とんでもないサプライズ。


「ほー、ちゃんがマンガ読んでるとこなんてはじめて見るかも」
「ああもう酷いよいきなり背後で声出すとかさ」
「あ、ごめんごめん。ちゃんが何読んでるか興味あったから」


意外と乙女なもん読んでるんだねー、俺の妹もそれ読んでるよ、なんて雑談を繰り出すに気付かれないように
そっと深呼吸をしてみた。
さっきの驚きといったらない。
よりによって、クラスでも人気のが、私のお気に入りのキャラの気に入ってる台詞を不意打ちで読んでくるなんて。


「なんかさー、うちの妹が言ってたんだけど、ファンが真っ二つに分かれるらしいね。主人公派と悪役派に。
　妹は主人公派らしいけど、ちなみにちゃんは？」
「あー…、私は悪役かな。まあ一応女のコなわけですし。Ｓっ気のある美青年には多少ぐらつくよ」
「ほー。ま、俺も絵はこっちの奴のほうがカッコいいと思うわ」


あ、でもこーいうのってアニメ化したとたんに声がはずれだったりするんだよねー、なんて無責任なことを言いながら。
はカバンからごそごそスナック菓子を取り出す。
とくに私に遠慮するでもなく、ぱりぱり音を立てて部活前の栄養補給をしていたは、不意に手を止めて
スポーツタオルで指についた油と塩気をぬぐった。


「そういやさ」
「なに？」
「女の子ってわりとＳっぽい物言いにぐらっとくるってホント？」


さばさばと女の子に聞くべきじゃなさそうな質問を投げかけてくるって事は、多分は私のことなんて
特別女として意識したことはないんだろう。
別に私も今彼氏が欲しいとかはあんまり思っていないほうだから、それでいいんだけど。


「んー、人によると思うよ。やっぱり主人公的っていうか、王子様っぽい人にあこがれる人だっているだろうし。
　まあ、私なんかは割とぐらつくほうかもしれないけど」


だから一度読んだマンガをまた最初から読み直すなんて事してるのかもね、とつけくわえると
へー、というよく分からない返事が返ってきた。
なにその返事、って茶化そうとして振り向いたら、思いのほか真剣な顔をした奴と目が合ってしまった。


「なに？」
「じゃさ、ちょっと試してみてもいい？そのマンガの台詞でぐらっとくるかどうか」
「え…」
「いっぺんぐらい試してみたいんだよね、どんぐらい効くのか」


特に断る理由も見つからなかったので、承諾してみた。


「よしっ。じゃ、やってみる。ちょっとこっち向いて座って」
「こう？」
「うん。」


私が椅子ごと向きを変えて座りなおすと、はお菓子をカバンに戻して立ち上がった。


「え？」
「じゃ、言うよ。」


机の上に座ったの表情が、一気に変わった。
まるであのマンガの中の悪役みたいな、獲物をいたぶる獣みたいな表情。
そして、無造作に伸ばしたの手が、私のあごをとらえた。


「さあて。覚悟はできましたか？囚われのお姫様。
　…忠実な私の奴隷に生まれ変わる覚悟は」
「きゃああああ！」


さすがに耐えられる限界を超えていたらしかった。
台詞の内容だけじゃなくて、いつもより低く抑えた声も、あごに添えられた手も、見下すような視線も。
全部が全部、綺麗に私の中のなにかを撃ち抜いていった気がした。
悲鳴を上げて顔を隠しながら恥ずかしがる私の頭上から、の笑い声が飛んでくる。


「ちゃん面白い！いい反応するねー」
「なに今の！なんなのあの破壊力！」
「どう？ぐらついた？」


ぐらついたなんてレベルじゃない。惚れる。虜になる。
…なんて恥ずかしすぎて死んでもいえなかった。
こんなこと、こんなことがあっていいわけがない！
クラスのアイドルに、ふざけ半分とはいえあんなことを言われるなんて！
のた打ち回る私を見てひとしきり面白がった後、はいつもの好青年な笑顔に戻って言った。


「やばいわー。これ、癖になりそう」
「え？」
「決めた。今日帰ったらちゃんの好きそうな台詞マンガから見つけてくる！
　んで、また今日みたいにちゃんに言ってみる」
「いや、そんなんしなくて良いから！」
「やだ。決めたからにはやる。これ俺ルール。」
「そんなの知らないって！」


その後なんだかんだで部活に遅刻して、はあわてて教室を飛び出していった。
だから、あいつは知らない。


私がこっそり、の背中に「いつかは、オリジナルの言葉で私を口説いてくれますように」なんて柄にもない願いを投げつけたのを。