060 怖い

お昼時の、騒がしい購買。

「おばさんこれいくら?」
「ストローちょうだい!」
「えーチョコマフィンないの?」
「今の子、おつり、おつり!」

私はパンの予約の紙を出して、おばさんが私の分のパンを出してくるのを
ぼんやり眺めてた。
…なんか、私あんまりうるさいの好きじゃないから。
出来るだけ早く教室に戻りたかったんだけど。

「あ、さん」

頭の後ろから、聴きなれた声がしてきて。
私は振り返った。
振り返らなくても、そこにいるのが同じクラスの君だって事は
分かってたんだけど。

君は、クラスのリーダー格の男子で、
すっごく明るくて、ちょっとうるさい。
でもみんなの人気者で、誰からも信頼されてる。
…私は、あんまり人とうち解けるのが得意じゃないから、
君みたいな人は少し苦手だった。

「…何?」

苦手な君に、はなしかけられて、
私、身構えちゃってる。
いきなり呼び出しなんて、たぶん、ないと思うんだけど。
思ったことを何でもすぐ言える人は、私は得意じゃないから、仕方ない。

「あのさー、教室で返すから今だけ50円貸してくんない?」

頼むよ、って両手を合わせて愛想笑いをする君。
そりゃ、貸すのはかまわないんだけど。

「ダメ?」
「ううん、ダメじゃ、ないけど」

お財布から、50円出しながら。
それでもちょっと、ためらった。

「どうしたの?」
「え…あ、何でもない。ごめんね。はい、50円」

何がごめんねなのか、自分でも分からなかったけど。
とりあえず謝って、君に50円差し出した。
…だって、相手は君だし。
きっと私、怖くて「返して」って言えないんだろうな。
50円くらいだから、別にいいけど。
これからもいいカモにされちゃったらどうしようって、ふと不安になる。
茶色く染めた髪とか、細い眉とか。
着くずした制服とか、かかとのつぶれた上履きとか。
怖いものナシって感じの雰囲気も。
なんだか、怖いんだもん。

「ありがと。…そういや、さんってさー」

もう、私に用なんかないはずなのに。
君は、まだ言葉を続ける。

「…何?」

さっきまでの、愛想笑いを引っ込めて。
急にまじめな顔になって、君が私の目をじっとのぞきこんだ。

さん、俺のこと嫌い?」
「えっ…?」
「なんかさ、俺のこと避けてるよね?授業中とか、目ぇあうと絶対そらしちゃうし。」
「べ、別に避けてなんて…」
「ホント?」

嫌いなわけじゃ、ないんだけど。
私は、君が怖い。
私にない自信を持ってる、君が怖い。

「う、うん。ホントだよ?」
「なんでそこで疑問文になるかなぁ?嘘ついてない?」
「つ、ついてない!」

焦って断言した私を、なんだか面白そうに眺めて。
君は急に、さっきとは違ういたずらっ子みたいな笑顔になった。

「じゃあさ、」

何を言われるのか、ビクビクしてる私の肩に、ぽんと手をおいて。

「これからはもっとそばにいてもいい?」

唐突に、君はそういったんだ。

「…え?」

怖いのも忘れて、ぽかんとしてる私に。

「だからさ、もっとさんと仲良くなりたいんだよね、俺。
 そのうち告白しようかなーって思ってたんだけど、まずは友達から、じゃん?
 ね、さん。仲良くしよーよ」
「こ…告白…!?」
「あ、言っちゃった。
 さん勘違いしてるとやだから言うけど、俺全然軽くないからね?
 本気でさんのこと好きなんだから。」

あんまり突然、君が信じられないようなことばっかり言うから。
私の頭、麻痺しちゃいそうで。
…だって、クラスでも人気者で、ギャル系の子たちともすごく仲いい君が、
どうして私みたいに目立たない子にそんなこと言うのか、わかんないんだもん。

「うそでしょ…私のこと、からかって…」
「嘘じゃないよ。」
「だって、そんなこと急に言われても」
「本気だよ、俺。」

どうしよう。
嘘かも知れないのに。
からかわれてるだけかもしれないのに。
心臓が、ばくばく、音を立てる。

「じゃあ、どうやったら信じてくれる?」

男の子にしては、少し高めの声。
そんな真剣な目で、私を見ないで。
私なんか、カッコよくて人気者の君にはつりあわないもん。
もっと可愛い子じゃなきゃ、きっと君にはふさわしくないもん。
…なのに、どうして。
どうして君はそんなに真剣な目で、私を見るの?

「あ、分かった」

なにも答えなかった私に、にっこり笑いかけて。
君は、急に私の左手をとって、
外国のドラマでやるみたいに、ひざまずいて…
キスを、したんだ。

「やだっ…こんな、人がたくさんいるのに…」
「だってこうでもしないと、さん信じてくれないじゃん?」

一人で焦ってる私と、余裕の表情の君。
いつのまにかまわりの注目を集めていた私は、急いでパンを受け取って、
教室に逃げ帰ろうとして…
腕を、つかまれた。

「一緒に教室帰ろ、






いつでも余裕な、あの人が。
私の中で「怖い人」から、「大好きな人」に変わるまでには、


あんまり、時間がなさそうです。



…こんなことされたら多分零は引きます(笑

既成事実さえつくっちゃえば、ってやつですかね…?
モデルは実在の人物だけど…彼の名誉にかけて言うなら彼は間違っても変態じみた事はしません。

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