29.100円


それは、すごく暑い日の事だった。



「900円のお返しになります、ありがとうございましたまたお越しくださいませ」


気の抜けたようなコンビニの店員さんに軽くお辞儀をして外に出ると、
太陽はやっぱり異常なくらいまぶしくて、空気は暑いまま溜まってた。
車道が渋滞していてたくさんの車がだらだら列になっているのも、ますます暑苦しい。
そんないつもどおりの学校帰りの唯一の楽しみが…、これ。
冷たい袋をあけて、中に入ってるアイスを出して。
車の中の人にうらやましがられながら甘くて冷たいアイスを食べる瞬間が、
最近の私の一番お気に入りの瞬間なんだ。

今日はレモンシャーベット。
だけど、私がスプーンを袋から出した瞬間に…、「それ」が起こったんだ。


「うわ、すいません!」
「わっ!」


コンビニに入っていこうとした背の高い高校生とぶつかって、私はよろけた。
せっかく買ったアイスを台無しにしたくなかったから、一生懸命キャッチする。
おかげで無事だったアイスのかわりに、さっきのおつりが歩道に散らばった。


「あ〜…」
「すいません、大丈夫っすか?」


男子に声をかけられて、私は肩をすくめて見せた。


「あ、大丈夫です。…ほら、アイス無事だったし」
「よかった…、すいませんでした」
「いえいえ」


食べかけのアイスを持ったまま散らかったおつりを拾おうとすると、その男子に手で止められた。


「あ、いいですよ俺拾いますから」
「え…でも。」
「お金落としちゃったの、俺のせいだし。
 それに…、」
「それに?」


私が聞き返すと、男子が少し恥ずかしそうに視線をそらして答えた。


「そんな短いスカートでしゃがんだら、中見えちゃうから」
「……」


気を使ってもらったんだかからかわれたんだか分からなくて私が返事をしないでいると、
男子はしゃがんで私が落としたおつりを拾いはじめた。
どうしよう、と思ってるうちに男子がまた立ち上がって、私の左手に落としたお金をのせてくれた。


「…はい、800円で全部?」
「あ…、100円足りない」
「マジで?…じゃあちょっと待ってて、今探すから」


有無を言わせない勢いでそう言って100円玉を探し始める男子の
ほとんど金髪に近い茶色の髪を見ているうちに、
私はその男子に見覚えがある事に気付いたんだ。
…ううん、見覚えがあるどころじゃない。
髪の色も眉の形も違ったから分からなかったけど…、そこにしゃがみこんでるのは、
間違いなく、中学校で同じクラスだったくん…、
 くんだったんだ。

途端に、どうしていいのか分からなくなる。
ずっと好きだったくん。
卒業の時に告白したけど…、私の事は友達だとしか思ってない、って言われて
もうあきらめたつもりでいたのに。
…だって、こんなにカッコよくなってるんだもん、くんったら。
反則だよ、くん。
ふった女の子に、そんなカッコいい姿見せちゃだめだって。
金髪もどきも似合ってるし、前に比べて体格よくなってるし。
それに…、こんなふうに優しいところ見せるなんて。
…反則だよ、くん…。

ぼうっとしてた私は、くんが立ち上がったのに気付かなかった。
肩を叩かれて、やっと気がつく。


「あのさ…、ごめん、見つからなかったんだけど…」


申し訳なさそうに肩をすくめるくんは、私が元同じクラスの だって気付いてないみたい。
もう、忘れちゃったんだろうな…って心のどこかで寂しく思いながら、私はにっこりした。


「あ、ううん…いいよ、再会料だと思えば高くないし」
「…再会料…?」


首をかしげるくんは、やっぱり私がだれだか分かってなくて。
確かにあのころと比べたら髪の毛だって茶色いしスカートも短いしお化粧したりしてるから…、
仕方ないのかも、しれないけど。


くんにまた会えただけで十分嬉しいから、100円はもういいの」
「え…………もしかして…、さん?」


笑顔を見せた私をまじまじと見つめるくんの口から、つぶやきがこぼれた。
私は笑顔のまま、うなずいた。
…ホントは少しだけ気まずかったけど、あの時の事、何も覚えてないフリで。


「なつかしいなぁ、くんってばこんな金髪になっちゃって」
「…そっちこそ…、化粧なんかしてたから気付かなかったよ…」


その次の言葉のせいで、くんがしていたものすごく驚いた表情は、
私に伝染するはめになったんだ。


「…あー、悔しい。俺なんでこんな綺麗な子ふっちゃったんだろう…」
「え…?」


とっさに言葉が出てこなかった。
もうずっと前にふられたんだし、あきらめてるんだから何言われても平気な顔してようって、
心の中で決めてたのに。
あんまりいきなり、くんがとんでもないこと言うから。
どうしていいかわからなくなって、私はうつむいた。
…反則だよ、くん。
私、すっごく頑張ってくんのこと忘れようとしたのに、そんな不意打ちくらわせるなんてさ。
なぜか泣きそうになる自分を無理矢理おさえて、私は顔をあげてぎこちなく笑った。


「何言ってるの、くんったら。」


顔をあげたら、じっと私をみつめてるくんと目が合った。
髪の色が変わっても、あのまっすぐな視線だけは変わってない。
くんは真剣な表情で、でも少しだけ微笑んで言ったんだ。


「ホントだよ。…さん、綺麗になったもん。
 …そうだ、あのさ。
 俺も頑張ってカッコよくなるから、いつかさんにふさわしい男になるからさ、
 そしたら…、付き合ってよ。
 俺の方からふっといたくせにこんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、
 …俺、今さらさんに一目ぼれしちゃったから…」


真剣な言葉が、胸に響いた。
まっすぐな視線。太陽の光できらきらしてる金色の髪。
前より高くなった身長。…変わらない、優しい笑顔。


くん。…これ以上カッコよくならなくていいから…、だから、いつかじゃなくて今、側にいて。」


私がつぶやくと、くんは嬉しそうに笑って私の頬にキスをした。
買ったばっかりのアイスが一瞬で溶けるほど、心の中が熱かった。





言い訳コーナー

ゆうき様からリクエストをいただいて久々に相手自由を書きました(汗
…ちゃんと書けよって話ですよね、すみません…。。
久々なのでできばえにはかなり不安が…。なにしろ、季節違いますし(苦笑
実はこの話、ちょっと実話です。っていっても黒川は決してヒロインではなく、
アイスを買って出ていったお客さんが店の外で硬貨をバラまくのを目撃した
やる気のないコンビニの店員でしたが…(笑

ゆうき様リクありがとうございました。
またリクエストお待ちしてますので、お気軽にお声をかけてください♪

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