「心配の種」
「そうですか…、微笑ましい事ですね」
「微笑ましいですむ問題じゃないだろうが!
ニール、お前だって分かってるはずだろう?よりによってセレエが…」
噛み付くような勢いで黒服の神父に詰め寄る、耳のとがった銀髪の青年。
それはそれでなかなかの迫力なのだが、黒服の神父の方は一向に動じる気配を見せない。
ここしばらくの「世界一の賞金首」との旅でその神経が慣れてしまったのか、はたまた
ずっと昔からそうだったのかは定かではないが、とにかく神父は穏やかに微笑んでみせる。
「ご心配なく、ヴァーシス様。
彼女に関しては全く問題ありません」
事のおこりは、ほんの数時間前。
秘密裏にロマシア王を倒したハンターたちがこの神父と共にヴァン城をおとずれたのだ。
それだけならば…何も取り立てて騒ぐほどの事ではないが。
問題は、訪れたメンバーのうちの一人と「個人的に話がしたい」と、ヴァンの現王であるセレエが
彼女を部屋へ招き入れてしまったことだった。
それはもちろん彼女の仲間であるハンターたちにとっても寝耳に水といった出来事ではあったが、
誰よりもひどく狼狽したのは現王の実兄であるヴァーシスに他ならなかった。
取り乱してセレエと彼女両方を詳しく知る神父のニールに詰め寄ってみたのはいいのだが、
当の神父は落ち着き払ったものだった。
「何が問題ないんだっ!あの女はエルフ族じゃないだろうが」
「ですから、大丈夫ですよ。
セレエ様もお分かりのはずです。」
「だが…!」
ヴァンの王家の掟の一つに、同族であるエルフ族以外との婚姻を禁止するというものがある。
少年王セレエも、当然その掟から逃れられるはずはない。
エルフの血を絶やさず伝えていくためのその掟に反した相手を部屋へ連れ込んだという状況に
兄であるヴァーシスはいてもたってもいられないのだろう。
落ち着かない様子でイライラと辺りを見回し、ニールと話してさえいなければ今すぐにでも
弟の部屋へ殴りこみをかけてしまいそうに見える。
「ご安心ください、ヴァーシス様。彼女には意中の男性がいますからそういった類の問題には発展しませんよ」
「そうじゃない!
……だからこそ、余計に問題なんだよっ。セレエとあの女が一緒になる可能性が全くないから」
「と、仰いますと?」
ニール神父がいつものように目を閉じたまま穏やかに聞き返すと、しばらく言いよどんだ後に
ヴァーシスが渋々口を開いた。
「【失恋】なんて余計な物…セレエが経験する必要はないだろう」
ああ、やはりそちらの心配でしたか…と神父は微笑んでみせた。
何が可笑しいんだ、とにらんでくるヴァーシスに向ける神父の微笑は、とても温かく
あれほど取り乱していたはずのヴァーシスさえ、不意に毒気を抜かれるようなものだった。
「セレエ様は、他の誰でもない、貴方様の弟でしょう。
失恋一つでどうにかなってしまうほど弱い方だとは思いませんよ。
…それに、今回の件が恋愛沙汰だと決まったわけではないのですから」
「…………出かけてくる」
複雑な表情で部屋を出ていったヴァーシスを見守るニールの表情は、
まるで全てを理解しているかのように穏やかなものだった。
(相変わらずですね、ヴァーシス様。本当にセレエ様を大切にしていらっしゃる…)
それから数日の後。
「兄様、これ………」
「ん?……………!」
国務大臣の誕生会の席で弟である現王から手渡された贈り物に、
ヴァーシスはようやく全てを理解した。
見れば、ニールは誕生会に参加した例のハンター達と共に少し離れたところからヴァーシスを祝っている。
「どうしたの?気に入らなかった?」
「いや………こういうことだったのか。」
「え?」
「こっちの話だ。………ありがとう、セレエ」
【天界でしか採れない石】をあしらったアクセサリを身につけながら、
ヴァーシスの顔には公の場では珍しい、優しい笑みが浮かんでいた。
あまりにも見ての通りなので何か付け足すでもないのですが、
ただ単に弟が気になって気になってしょうがない心配性兄が書きたかっただけです(笑