「受難」
「断る!」
「往生際が悪いですよ、レイン。」
極寒の地、ロマシア。
西部に広がる大規模な森林地帯、通称「氷魔の森」では、なんとも奇妙な光景が広がっていた。
「そうだぜレイン、そろそろあきらめてもいいんじゃねぇ?
…っていうかあきらめてもらわないと俺たちいつまでも宿屋に戻れなくて寒いんだけど〜」
水色の髪のエルフの青年が煙草を吸いながら呑気に声をかけた先には、
本気の形相で槍を構えた賞金首、ブラック・レインの姿があった。
その槍が示す先には、目を閉じたまま微笑を浮かべている一人の温和そうな神父、ニール。
まるでレインがニールに襲い掛かろうとしているかのようだが、それにしては周囲の仲間たちは和んでいる。
「レイン、このままじゃ私もエストスも風邪を引くわ。早くあきらめてくれないかしら」
「…黙れ」
「やれやれ…」
金髪の美女や青毛の狼に呆れた視線を投げかけられても、彼は表情を緩めない。
神父との間に流れる空気は氷魔の森よりもさらに冷たく、絶対零度かと思わせるようだ。
もはや口論のレベルではなく真剣勝負にも近い。
それでも周りが止めに入らないのは、二人ともまだ本気ではないことが分かっているからだろう。
「どうしても、私の要求はのめないと言うのですか?」
「ああ、断る。」
「では、そろそろ私も本気を…」
「待てってば神父さん!」
ニールに本気を出されてはまずい。
そう思ったのか、ギャラリーがにわかに焦りはじめる。
エルフの青年アレクと金髪美女シャイア、それに狼型知的生命体ウルグの必死の制止をよそに、
ニールは耳を覆う帽子に手をのばした。
「おいおいマジかよっ!?…クリス、神父さんを止めてやって………」
「…………(ぽけーっ)」
「おい、クリス?」
「………………可愛い…」
「え?」
緊迫状態だったメンバーの注目が、一気に金髪のクリスと言う少年に集まった。
クリスは、顔を赤くして目の前の少女に見惚れている。
少女、エストスは…いつものワンピースの上に、クリスから借りた赤いマントを羽織っていた。
やや大きすぎるマントをやっと着ているエストスの姿はクリスになにやら絶大な効果があったようだ。
「え?クリス、急にどうしたのっ…?」
エストスは同じように顔を赤らめたかとおもうと、急に目つきを変えた。
もうひとりの住人がひょっこりと顔を出したらしかった。
「…自分のマントを着せたら愛着がわいたか?」
「げっ、ファウスト!!」
「ちょっとファウスト、何言ってるの…!」
「あまりいちゃつくな、氷魔の森が溶けるぞ」
「ファウストっ!俺はいちゃついてなんかッ…」
クリスの弁明に答える事なく、ファウストは黙ってしまった。
もしかしたらファウストにとって二人をからかうのは趣味の一つなのかもしれない。
顔を真っ赤にしたエストスとクリスは気恥ずかしいのか目をあわせられずに黙りこくっている。
そのやりとりを見守っていたニールがにこりと微笑んだ。しかもレインに向かって。
「微笑ましいと思いませんか、レイン?」
答えようのない質問を投げかけられたレインがついに逆切れした。
「微笑ましいと思うならカーティスにもう一枚くれてやればいいだろう!!」
「何を言っているんですか。エストスの分はスノー・リルの宿屋にちゃんと置いてありますよ。
あれを着ていないのは私と貴方だけですよ?」
「ならば貴様が着ろ!」
「いいえ…私はこちらの方が、好きですから」
微笑みを絶やさないまま穏やかにニールが宣言すると、レインは急に口をつぐんだ。
そして、あたりを見渡す。
…赤マントをエストスに貸して見惚れているクリス。
少し長めの赤マントが地面につかないように気をつけながら二人を見守るウルグ。
青い髪に妙によく映えるアレクの赤マント。
サイズを合わせた赤マントを防寒具代わりにするシャイアと、
その余り布で作った赤マントを小さな身体に巻きつけているチェグナス。
そして、この赤マント集団の頂点に君臨する、「氷魔の毛皮」を着込んだニール神父…。
「(そういえば…奴等に赤マントを着せたのもこの不良神父だったな…)」
「どうしました、レイン?」
「(…下手に逆らっても…俺の運命は同じか)」
「着られないのでしたら、手伝ってあげますよ?」
「(…この男…本気だ)」
「コートの下だ、これだけは譲らないからな」
「構いませんよ、ちゃんと戦闘中に装備してくれるのでしたらね」
「……。」
数分の後、ついにブラック・レインの美意識は赤マント集団(の影のボス、ニール)の前に破れ、
赤マント着用を余儀なくされるのであった。
黒を好み、血以外の派手な赤には縁がなかったレインにとっては、屈辱的な装備だ。
「よくお似合いですよ、レイン」
「黙れ、不良神父」
「でも、僕も似合うと思うよ……多分」
「ちょろQ…それ以上何も言うな」
それから数日後。
「兄さん、最近各地の上空で赤いマントをつけたドラゴンが赤マントの集団を輸送してるって
目撃情報が頻繁に寄せられてるんだけど…何か知らない?
ヴァンだけじゃなくて他の国にも似たような報告があるみたいだけど」
「さあな。今度ニールが戻ってきたら調査させたらどうだ?」
「そうだね。ニールたちなら、何か知ってるかも…」
あの有名なブラック・レインが赤マントをすっかり気に入ってしまったらしいという噂が
ダウンタウン近辺でまことしやかにささやかれるようになるのも、もはや時間の問題である。
公式サイト様の投稿板で書かせていただいたお話です。
普段滅多にギャグ書かない人間なのですが、初投稿させていただいたのはこの話…。
設定や口調が微妙に(いや、かなり)揺らいでいると思いますが…すいません大目に見てください;
ギャグ書くとどうも誰かしら被害者が(笑)出ますね。そして大抵ニールさんは強い…(汗
読んでくださってありがとうございました。
↓黒川の妄想です。この作品のその後。
ギムレット:ああ、君か……今日は赤マントはつけていないのかな?
レイン:………。
ギムレット:不快そうだね。ダウンタウンじゃ君が赤マントを気に入ったって噂だったけど?
レイン:…誰が気に入るか。
ギムレット:それじゃあ彼女にでも頼まれて、仕方なく着ているといったところかな。
君にお友達が増えたって話もダウンタウンじゃ有名だよ。
レイン:彼女だと?(ニールが自分の隣にいる図を思わず想像してしまう)
ギムレット:………レイン?(声をかけてみるが反応無し)
参ったな、賞金首がこんなところで気絶してちゃ、僕の店の商売あがったりだよ…。