「英雄の霊」



「そう…、分かったわ。じゃあその冒険者たちがもう二度と
 嫌がらせなんてしないようにすれば良いのね。」
「頼んだからな」


ノルダの城下にある道具屋。
銃を下げた金髪女性が店主と話していたのは、つい最近出された
【店への嫌がらせ】に関する依頼の件だったようだ。
店を出た彼女は仲間たちが待つコリーズに向かった。



「よっ、シャイア。…どんな感じだった?」
「…犯人は【飛び屋】をつかってる冒険者たちらしいわ。店主とは面識がないみたい」
「そうですか…目的は分かりませんが悪質ですね、放っておくわけにはいきません」
「そうですよね…。放っておいたら道具屋さんがかわいそう」
「エストスの言うとおりだよ。」


青い髪のエルフをはじめとした彼女の仲間達が口々に意見を述べる。
状況を報告すると、シャイアと呼ばれた彼女はウェイトレスにコーヒーを注文した。


「…で、どう解決するんだよ?
 まさかその銃でひたすら脅しつけるとか…
 あ、それともシャイアの事だ、普段の迫力で脅せばそれだけで…」
「何か言ったかしら、アレク」
「俺は何も言ってないって!」

慌てて食べかけのカレーライスに視線を戻した青い髪のエルフ「アレク」に、
シャイアは自信に満ちた笑みを返した。


「力ずくで退治するだけがハンターの仕事じゃないわ」







「そこの綺麗なおねーさん♪」
「は、はい!?」
「あのさ、俺ハンターやっててちょっと調べてる事があるんだけどさ、
 お茶おごるからすこし付き合ってくんないかな?」


シャイアの頼みでノルダ城下町の住民たちに声をかけていくアレク。
シャイアが知ったら呆れるか怒るかだろうが、先程からアレクが声をかけているのは若い女性ばかりだ。
ハンターライセンスを示してもう一度頼み込むと、女性は渋々うなずいた。


「…ハンターの亡霊?」
「そ。ノルダには街の平穏を乱す奴に徹底的に仕返しする珍しい亡霊がいるって聞いたんだけど」
「そうなんですか…?知らないです…」
「…あー、そっか。俺、しばらく調査でここにいるつもりだから
 もしなんか分かったら知らせてくれないかな?」


もちろん単純にデートしに来てくれてもいいけどね、という発言は見事に流された。




「…断る」
「どうしても必要なのよ…役者さんがね」
「他の奴を当たれ」
「駄目よ。…貴方が一番適役だもの。それに大した時間を取るような仕事を頼んだわけじゃないでしょう。
 貴方が昔いた場所を平和にするためだもの。…協力して、くれるわよね?」
「………貴様、似てきたな」
「え…、誰に?」
「不良神父だ」




瞬く間に、ハンターの亡霊の噂はノルダじゅうに広まっていた。
ここ数日はもうアレクのふれこみがなくても町中で亡霊の噂が飛びかっている。
そして驚くべき事にその亡霊の仕業らしき出来事もちらほらと起こっているようだった。


「近所の子どもをいじめた子の頭の上にとつぜん生きたネズミが落ちてきた」
「酔っ払ってケンカをはじめた酒飲みが突然魔法にでもかかったように眠ってしまった」
「動物を苛めていたら巨大な青いかたまりのようなものに後ろからつき飛ばされた」
「金持ちの家から盗んだ宝石が全て偽物に変わっていた」
「夜中に教会に落書きしようとした少年がローブを着た真っ赤な目の男に睨まれた」
「のぞきをしていた男が銀色の鎖のようなものに突然引きずり下ろされていた」


ハンターの亡霊は実在すると誰もが思いはじめたある日の夜。
ノルダの街に空から訪問者がやってきた。
招かれざる冒険者の二人組…どうやら例の犯人たちのようである。
彼らは「ある筋」からハンターの亡霊の話は聞いていたが、恐怖心に勝るだけの「見返り」が与えられているのか
全くハンターの亡霊を警戒する様子はなかった。


「へっ…楽なモンだぜ。こんな子供騙しで金がたんまり入るんだからな」
「全くだ。あの亡霊の話にしたって今まで俺達は邪魔されたことなんかないんだし、
 怖いモノなんて何もないなぁ?」


にやにやと品のない笑みを浮かべながら、彼らが塗料を持って道具屋の壁に近付いた…その時。


「!?」


すっ、と二人の間に何かが差し出された。
赤い何か…とがったもの。
驚いた彼らは振り返り…ますます驚いて言葉を失った。
黒いロングコートに銀色の長い髪、そして向けられた先端が赤く染まった槍…。
その名は余りにも知られていた。


「ひっ……お、俺はまだ何もしてねぇっ!」


恐怖に駆られた一人の冒険者が命乞いをするようにそうまくし立てた。
もう片方は完全に固まってしまって微動だにできないようだった。
銀髪の「名の知られた男」は無言でじっと立っている。


「違う…っ、お、俺がやりたくてやってるんじゃねぇんだよ!
 この店の隣の奴が、土地欲しさに俺らに嫌がらせを依頼してっ…」


必死なあまり問い詰められてもいない事を暴露する男と、それを裏付けるように必死で肯定の視線を送る男。
その度胸のなさに呆れたのか、「名の知られた男」はすっと槍を降ろした。


「………おい」


背後にむかってたった一言声をかけると、男はそのまま道具屋の隣の店に入っていく。
恐怖で動けないままだった冒険者たち二人はその後すぐ、物陰で待機していたハンターの集団に取り押さえられた。
だが彼ら二人にとって捕まったことなどどうでも良かったようで、ひたすら
「あいつが」「賞金首の生霊…」などとうわごとのようにつぶやき続けていた。
程なくして道具屋の隣の店から土地の所有者と思しき人物が走り出てきた。
黒幕も実行犯同様ハンターたちに取り押さえられたが、全く同じようにうわごとばかりだったという。






道具屋への嫌がらせがぴたりと止んでしばらくした後。
ノルダの【オフィス】には新しい依頼が一つ増えていた。


「賞金首ブラック・レインの生霊に関する調査」


そして今回の依頼を成功させた「英雄の霊」本人はと言えば、
ダウンタウンのバー「ブラック・リスト」で非常に面白くなさそうな表情をして酒を煽っていたとか。

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