「……。」
「おにーぃちゃん!あーそぼ!」
リズミカルな子供の声。
「おにーぃちゃん?どーしったの?」
「……。」
「だめじゃないミラ、おにーちゃん困ってるよ?」
「だってーぇ、このおにぃちゃんミラたちと遊んでくれるんでしょ?」
「そうだよねえちゃん、このおにーさん【オフィス】に頼まれてきたんだから
僕達と遊んでくれるはずだもん!」
一番年上の少女が怖い顔をして弟と妹をなだめようとするものの、あまり効果はないようだ。
真ん中の少年が背中にまとわりつき、一番幼い少女に正面から抱きつかれ。
困惑とあきらめの混じった表情で「彼」はかすかなため息をついた。
「…そうですか…では、依頼はキャンセルせざるを得ませんね…」
「依頼?何か入っていたのか?」
ことの起こりは数日前にさかのぼる。
ヴァン・アカデミーでまたしても幽霊騒ぎが起きたため、ヴァーシスはニールを呼びつけ解決を命じた。
ニールがそれを承諾するところまでは良かったのだが…一つ問題があった。
もともとニールが受けていた依頼をこなす人物がいなくなってしまったのだ。
「…ええ、まあ。…ですがヴァーシス様直々のお申し付け、優先するのが当然です」
「だが、何もキャンセルする事はないんじゃないか?お前、仲間がいるだろう」
「…本来ならシャイアさんかエストスに代わってもらうべきなのでしょうが、生憎この時期は
依頼が立て込んでいるようでして…。明日の午後にでもキャンセルの報告をしてきます」
「………ニール。その依頼の場所は?」
「え?」
「どこに行けばいいんだと聞いている。…お前がやるって事はバウンティ・ハンターのライセンスは要らないんだろ?
それなら…代わってやらなくも、ない」
ヴァーシスが思わず口走った言葉に、それまで困った表情をうかべていたニールが一瞬呆気に取られた。
もちろん彼の心根が優しいことは承知していたが、日頃はそれを隠したがるヴァーシスだけに意外だったのだろう。
結局それ以外に都合のつく人物もいなかったので、ニールは依頼をヴァーシスに託す事にしたのだが。
子守りをしてくれるひと
(…先にそれを言え!!)
当日になって依頼内容を知らされたヴァーシスは内心で激しく叫んで抗議したとか。
「おにーぃちゃーん♪ミラねぇ、かくれんぼしたーい!」
「ダメだよ!おにーさんは僕とハンターごっこするんだ!」
「……」
「ほら、二人ともだめでしょ!ケンカしないの!」
「スピカねーさん、うるさい〜!」
「スピカねぇちゃん、うるさい〜!」
「………参ったな」
長女の名がスピカ。
その弟の長男が、カシオペア。
末の妹が、ミラ。
実年齢よりも幼い下二人のきょうだいにスピカが手を焼いているのは、ヴァーシスにもすぐ分かった。
親が留守がちだと言うだけあって面倒をみなければならないのだろう。
自然とまるで母親のような振る舞いを身につけてしまったスピカを、何を思ったのかヴァーシスはじっと見ていた。
そして数時間が過ぎる。
主にミラとカシオペアのおしゃべりに付き合わされる形で黙っていたヴァーシスが、不意に口を開いた。
「お前たち…少し、散歩でもするか?」
「わーい、お外だお外!!」
「ミラもいく〜♪」
「スピカ、お前は?」
「あ…う、うん、一緒に行く」
何か考え込んだような表情で立ち上がると、ヴァーシスは3人の子どもたちを誘導して外に出た。
すぐ近くの教会の花畑に連れて行くと、待ちかねたように下二人の子どもたちが走り出す。
エネルギーのかたまりのようにはしゃぐミラとカシオペアに注意を払いつつ、
ヴァーシスは急にじっとしていたスピカを抱き上げた。
「うわっ!?」
「…嫌か?」
「う、ううん、ビックリしただけ…」
片手で抱き上げたスピカを支えながら、反対側の手がスピカの頭を優しく撫でた。
当然、スピカは驚いてヴァーシスを見上げる。
慣れない事をしている気恥ずかしさからか、ヴァーシスはスピカから視線をそらしてしまうが
それでも頭を撫でる手を止める気配はなかった。
「おにーちゃん?」
「…黙って撫でられてろ。弟に妹がいるんじゃ…普段はこんなこと、してもらえないんだろう」
「なんで分かるの…?」
「さぁな。…俺も昔は、誰かに甘えたい時があったから…かもな」
「おにーちゃんも??」
「ああ…ちょうど、お前くらいの歳の頃だったな」
ふっとよぎった昔の記憶をどこかに追いやりながら、ヴァーシスは他人の前では珍しく微笑をうかべていた。
…兄弟の年上というものは大抵自分より下の兄弟に気を遣わざるを得ないものだ。
素直に他人に甘えられない不器用な面に共感したのか、ヴァーシスはつぶしてしまわないように気をつけながら
そっとスピカを抱きしめてやった。
(…誰かに甘えたい時…か。俺は…あの頃、誰に甘えようとしていたんだろうな…)
ヴァーシスは不覚にも脳裏をよぎってしまった弟の教育係の姿を追い払う。
もう他人に甘える歳でもないだろうし…
よりによってその相手に甘えている幼い頃の自分など、想像もつかなかったし認めたくもなかった。
「ヴァーおにーちゃん」
「なんだ?」
「…いいこ、いいこ」
「!」
唐突に伸びてきたスピカの手に、ヴァーシスは戸惑うしかなかった。
この歳になって…、こんな幼い子どもに頭を撫でられるとは、予測もつかなかったのだ。
当のスピカはにこにこと嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「おにーちゃんがいいこいいこしてくれて嬉しかったからね、私もやるの。
人にされて嬉しい事は自分もしてあげなきゃダメなんだって、ママが言ってた」
「俺は別に……いや、そうか。…それならもう少し、撫でてもらうかな」
「うん!」
無邪気に遊ぶ子どもたちの声を聞きながら教会の壁際に寄りかかった青年と少女は、
誰が見ても…とても、幸せそうだった。
後日。
「…ニール、なんだその大量の手紙の束は」
「ああ…ヴァーシス様ですか。実は…」
「……俺に子守りの依頼が42件、だと?」
「ええ…よほど先日の依頼の評判が良かったのでしょう…フォースにスノー・リルに…ダウンタウンまでありますね…
世界各地から届いていますよ」
「………俺の本職は、国務大臣なんだが」
「もちろん存じておりますよ。ですから引き受けるのは半数のみにします」
「博けるのか!」
その後ヴァン国の国務大臣がハードワークに苦しんでいると言う噂が流れたとか…。