「世界で一番大きな舞台」



「いいえ、…極力穏便に済ませます」


目の前の聖職者らしき男に対して不服そうな顔をする少女。
彼女こそ、今回の依頼の依頼主・レイであった。


「いいんですよ?派手にやってくれちゃって。わたしは困りませんから」


むしろ派手な破壊活動か何かを期待しているようなレイに向かって、聖職者が微笑んだ。


「…いえ。実害を出さずとも派手なパフォーマンスは可能ですよ」
「え?」


首をかしげた彼女にハンターの代表として遣わされたその聖職者が計画を説明すると、
次第に彼女の目がキラキラと輝きはじめた。





「断る!」
「依頼のためです。」
「知るか!」
「私も不本意ですがこれが最良の方法です。
 それとも彼女の見合いの席を血染めにする気ですか?」
「すればいいだろう!」
「…貴方がやらないと言うのでしたら、私にも考えがありますよ」
「どうするつもりだ」
「…ヴァンは魔法の王国ですよ。私が貴方になりすまして依頼主の彼女に世間に知れ渡るほど甘く愛を囁くのなど、
 全く難しい事ではないのですが?」
「…………お前」
「ああ、言っておきますがリックに何かしたらただでは済まされませんからね」
「……」




ハンターの代表として聖職者がレイの家を訪れた数日の後。
ガランの街に近い庭園つきの屋敷には、ひと組の男女が向かい合って座っていた。
かたや不機嫌そうにも見える無表情をまとった若い女性。
かたやいかにも世間知らずで傲慢そうな茶髪の男性。


「…それで、レイさん。僕と結婚する気になってくれたかな?」
「……」
「黙ってるって事は、肯定と取ってもいいんだね?」
「……」
「恥ずかしがりやさんなのかな、君は。…じゃあ僕がリードしてあげよう…」
「ちょ、何すんの!」


見合い相手の手にあごをとらえられてレイが慌てはじめた瞬間。
にわかに建物の外が騒がしくなった。
レイの両親や相手方の両親らしい声が庭園から聞こえる。


「何者だ、待て!」
「うるさい、俺は姐さんに用事なんだッ」


何者かが近付いてくる様子に、見合い相手の男も動きを止めた。
「彼ら」の訪れを確信したレイが口元に笑みを浮かべた瞬間、ドアが乱暴に開かれて金髪の少年が飛び込んできた。


「姐さんッ!」
「…何者だね、君!」


彼がハンターである事を知らない見合い相手の男は不機嫌そうに顔をしかめた。
金髪の少年はその男にはお構いなしでレイに話しかけた。


「レイ姐さん、旦那が…旦那がッ!!」
「…落ち着きな、クリス。何があったんだ?」


先程までの寡黙さをどこへ投げ捨てたのか、レイは鋭い視線でクリスと呼んだ少年を見やった。
さながら極道の女である。
見合い相手が驚いているのが見えるが今更そんなことはどうでもいい。
走ってきたせいなのか芝居なれしていないのか、クリスは息を整えながら切れ切れにしゃべる。


「姐さん………っ、旦那が、旦那が帰ってきたんです!」
「あの人が!?」


途端に冷静さを失って動揺の表情を見せる依頼主にクリスが内心舌を巻く。
とても素人の演技とは思えない。
本当にこの依頼主の手下にでもなってしまったかのような錯覚を覚えながらクリスは続けた。


「そ、そうなんですっ!…小さい子連れて、空から…っ!」
「子ども…まさか、あの子かい!?」


小さい子、という単語に反応して、レイが部屋から走り出た。
後からクリスとレイの見合い相手も続く。
おりしも静寂を誇る庭園には、ブラック・ドラゴンの羽ばたく音と親族たちの悲鳴が交錯していた。


「お、お前は!」
「ブラックレインよ!……みんな逃げて!」


パニックを起こす親族たちを横目に、レイが着地したドラゴンの方へ進み出た。
信じられない事態に誰もが硬直する。
そしてレイは、ドラゴンの主に…恐れる事なく声をかけた。


「…久しぶりね。もう…2年も前かしら。
 こっちの世界に戻れって言ってあなたがリックと二人で消えちゃってから」
「……。」


【世界一の賞金首】と面識があるかのような口ぶりに、誰しも愕然とする。


「………ありがとう、レイン。覚えててくれたのね」
「こいつが、来たがっただけだ」


苦々しげな表情を浮かべながらレインがドラゴンから下ろした男の子はまだほんの5歳程度だった。
周りの注目を最大限に集めたまま、レイはその男の子を抱き上げる。


「お誕生日おめでとう、リック。またあなたに会えて、ママ嬉しいわ」
「!!」


庭園中に戦慄が走る。
世界一の賞金首が連れてきた少年に「ママ」と名乗ると言う事は…


「も、もういい!僕は賞金首の愛人と結婚する気なんかない!
 だから誰にも被害を与えずに今すぐ消えてくれっ!!」


見合い相手の悲鳴にも似た声に、レイは心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「それじゃ、お言葉に甘えて。
 リック、行きましょう。…ほら、クリスも行くよ」
「分かりました!」


クリスと「レイの子ども」リックと共に、レイは軽々とブラック・ドラゴンに飛びのった。
その様子をちらりと見やると、ブラック・レインが離陸の合図を送る。


「ま、待ってくれ!レイ!これはどういう…」
「お願いだから正気に戻ってちょうだい、レイ!帰ってくるのよ!」
「…パパ、ママ。あとでちゃんと説明しに帰るから心配はいらないわ」
「レイ!!」



誰もが、賞金首と共に飛び去る少女を唖然と見送るしかなかった。




「きゃー、楽しかったぁっ!」


先程とはまるで別人のテンションではしゃぐレイに、クリスが恐る恐る声をかけた。


「あ、あの…レイさん。その…芝居、上手だったよ」
「ありがとうございます、クリスさん。さすがに本物のブラック・レインと共演出来るなんて
 思ってもみなかったからビックリしたけどね。」
「えっと…怖くなかったの?」
「うん、…最初に来てくれた神父さんが絶対大丈夫だから、って言ってくれたから。」
「………あの神父め」


苦々しげに吐き捨てたレインのドラゴンは、もうすぐエルフェの彼女の自宅に着陸する。
そこには仲間のハンターたちと諸悪の根源である神父も待っているはずだ。


「おい…、女」
「はい。」


風にまぎれてしまいそうな小さな声で、黒いロングコートを着た【夫役】がつぶやく。


「いっそ役者にでもなればどうだ。…ここまで俺に驚かない神経の太い奴ならな」
「役者…」




それきり黙ってしまった依頼主を家まで送り届けると、ハンターたちはドラゴンに乗って去っていった。


数ヶ月の後、彼らの元には主演:レイ・クロカワの文字が入った芝居のチケットが送られてくる事になる。



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