「ネズミと魔族とヒヨコの休日」


「ママー」
「…違うぞ。」


 それは暖かいとある日の事。
久々のカーティス家への「帰宅」に、誰もがある種の安堵を感じている中で
いつものやりとりを繰り返すヒヨコとウルグに、周りの面々が苦笑した。
狼型知的生命体にあるまじき、「ママ」の称号。
他のニワトリは彼の名前を覚えているにもかかわらず、一番幼いヒヨコだけは
種族も性別も超越して、彼を「ママ」と呼んではばからない。
そのためか、人間たちには庭のヒヨコの区別などつかないのだが
ウルグは例のヒヨコを見るたびに、非常に苦々しげな表情になる。
そうでなくても、ヒヨコにまとわりつかれて当惑するウルグの様子はかなりの見物だったりする。


「あらエストス、どこに行くの?」
「うん…ちょっと庭を見て来るだけだよ。」
「行ってらっしゃい。」
「あ、僕も一緒に行ってもいいかなぁ?」
「…ああ、来たければついてこい」
「ひっ…ふぁ、ファウストだったの!?」
「……不満か?」
「そ、そうじゃないんだけど……(ちょっと怖い…)。」


 ウルグが全員分の昼食を作り始めた頃、エストスがチェグナスを連れて庭に出た。
…正確に言えば、ファウストがチェグナスをつかまえて外に出た、が正しいようだが。


「うぅ…ファウスト〜、ど、どこ行くの〜…?」
「すぐそこだ。」


ファウストはそう答えながら、庭の柵の前で立ち止まる。
それはつい先程ウルグが渋い顔をしていた、ニワトリたちのいる場所だった。


「ぇ…ファウストって、もしかしてヒヨコが好き……とか?」
「…………いや」
「(なんなんだろう、今の間…。まさか、図星だったとか……違うよね?多分…)」


真剣に悩んでいるチェグナスを地面に降ろすと、ファウストはその場にしゃがみこんだ。
傍目にはエストスがヒヨコとじゃれているように見えるので問題ないが、
ヒヨコを見つめているのがファウストだと知っているチェグナスは複雑な心境だった。


「(…なんか……やっぱり不気味だよぅ…)」


「おい。」


ファウストが、ヒヨコの一羽に声をかけた。
…どうやら、先程の「ママ」のヒヨコのようだ。


「わたし??」
「そうだ。…単刀直入に聞くが、お前はあの狼の事を、どう思っている?」
「おおかみー?…ママのこと?」
「俺が見た限りでは、お前はウルグに恋愛感情を持っているようだが」
「狽ヲぇっ!?そ、そうなのヒヨコさん?」


チェグナスが驚くと、ヒヨコは頬を赤く染めた。
…なんとも不思議な光景だ。


「ち、ちがうもん!ママはただのママだもんっ」
「その割に顔は赤いが」
「………うぅ…」


 痛い所をつかれて、ヒヨコが沈黙する。
チェグナスは苦手なファウストがそばにいる事も忘れてヒヨコの様子を伺っていた。
やがて、ヒヨコは顔をあげ…、開き直った。


「わたしがママの事好きでも、べつにいいでしょっ!」
「ひっ!(…な、なんでそんなに怒るのかなぁ……小さいのに、怖いよぅ…。)」
「悪いとは言っていない。…だが、はっきり言ってお前の思いはかなわないぞ。それでもいいのか?」
「…しってるよ、そんなこと!
 ママは本当の生き物じゃないって、はじめて会ったときにいわれたもん。
 でもわたし、ママのこと大好きなんだもん…」
「ヒヨコさん…。」


きっぱりと言い切ったヒヨコを見て、ファウストは苦笑した。
こんなに小さい生き物でも本気の恋をするのかと、少し感心も交えて。


「全く…俺の周りには恋愛不器用な奴しか集まらないな」
「え?え?僕も……?……(違うよね?多分…)」


不意にチェグナスを肩に乗せて立ち上がると、ファウストは家の方に向かって歩きだした。
去り際に、一言だけ残して。



「…一つ教えておく。
 帰宅するたびにお前の様子を見に来るくらいだ、ウルグもお前をそれなりに気に入っているだろう」



「………ありがとう、おんなのこの格好のおにーさん。わたし、がんばるね!」
「……………。」





その後、ウルグがあのヒヨコに自分の名前を教え込もうと悪戦苦闘するところや、
「おにーさん」と呼ばれて当惑するエストスの姿が何度となく目撃される事になるが、
それはまた別のお話。


いやー…何やってんでしょうね私ってば。
元が(自称)恋愛物書きなんでついつい…。
ここからありえないカップリングを取り除こうとした結果が、動物達の休日になったわけです。
ダーリン呼びも実はこれが原因で…(笑)

こんな細かいものまで読んでくださってありがとうございました。


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