「キャット」





「畜生…っ」


認めたくはなかった。
自分の能力は無限だと、そう信じていたし信じたかった。
「世界一の賞金首」さえ所詮は人間、自分に敵うはずもないと。



(それが、この傷だ………。)



それなりの手当てを受けてなお、まだ完全ではない体調。
たかが人間から受けた傷でこの有様、下手をすればあの場で絶命していたかもしれないのだ。
とっさにロマシアに舞い戻った。
元来プライドの高い彼にとっては、認めたくもないような…惨めな、敗走。
同僚達の視線から逃れるように、治療に当たった魔道士も早々に追い返した。
たった一人、与えられた部屋に引きこもった彼…クエードは、忌々しげに吐き捨てる。


「何故だ…っ、まだ闇魔法の力が足りないのか?
 それとも…」


頭に浮かんだ考えを口にする事は、怖くて出来なかった。
「あの男が、死んだ今もなお自分を邪魔しているのか」
「それとも、これが自分の限界だと言うのか」
思いついた二つの仮説はどちらも、クエードにとって認められるはずもないものだった。




「にゃーん」




不意に、足元で猫の鳴き声がした。
まだふらつく頭を押さえつつ、とっさにクエードは起き上がった。
その黒猫が同僚である【人間】の少女が飼っているものだと分かった以上、傷だらけで転がっている惨めな自分を
晒すわけにはいかなかった。プライドが許さないのだ。
…たとえ、相手はたかが猫だとしても。


「にゃぁぁ」(もう起きられるのか)
「なんだ、煩い。…出ていけ」
「みゃぁお」(こっちの自由だろ)


顔をしかめて手で追い払う仕草をするクエードには構いもせず、黒猫はひたすら鳴いた。
無論何を言っているのか分かるわけもないし、表情を見ても分からない。


「俺様を馬鹿にしに来たのか?」
「にぃぃ」(別に。)
「…あの女がお前をここにやったのか?」
「みゅぅぅ」(ヒマだったから様子を見にきただけさ)
「だいたい、どこから入ってきた。鍵は閉めたはずだぞ」
「みゃーおん」(普通の猫と一緒にするな)
「…………………馬鹿か、俺は。こんな下等動物に話しかけて」
(そんなこと、みんな知ってるさ。…あんた以外は)


何を話しかけたところでまともな返事もせず、ただ気ままに鳴くだけの猫を見ているうちに、
不意にクエードの表情が緩んだ。
自然に笑っているわけでもなく、むしろ苦笑に近い表情で、寄ってきた猫を抱き上げる。


「…こんな猫に慰められるほど、俺は落ちぶれちゃいないさ。
 俺様は崇高なんだ。闇魔法の使い手だ。
 たかが一度失敗したくらいじゃ、俺様はへこたれない」


自分で自分を励ますように猫に語りかけ、それからぽんと猫の頭に手を置くと
クエードはベッドから立ち上がってドアの所まで歩き、猫を床に下ろした。
まだ傷は痛むが、明日にはいつも通り動けるだろう。
…弱みなど見せられるものか、猫にもその飼い主である同僚にも。


「おい、飼い主に伝えとけ。【人間】のくせに余計なおせっかいはするなと。
 俺様は一度失敗したくらいで傷付くほど、弱くないからな」


言葉とは裏腹に、クエードの苦笑はいつしか自然な微笑へと変わっていた。
本人は気付いていないのだ、猫一匹で慰められてしまったことに。


「みゃー」
(………やれやれ。これじゃまるで本当に失敗を慰めに来たみたいじゃないか。
 勝手に都合よく解釈するなんて…おめでたい奴。)




内心愚痴をこぼしながら飄々と立ち去る黒猫は気付いていない。
単純な男を計らずも励ましてしまった事で、自分が小さな満足感を覚えていることに。




初・クエードさんのお話でした。
いちおう、時間軸はノルダで出てきたあの回想シーンの直後、のつもりです。
クエードさんって多分主要キャラの中ではあまり人気度は高くないと思うんですが……
欠点が見える分、なんだか親しみを覚えてしまうと言うか。
いや、猫見て勝手に立ち直っちゃうほど単純だとか慰めた猫も実は単純なんじゃないかとか
その辺は捏造設定ですけど(汗)
書きたかったんです…クエードさんと猫が会話になってないのにしゃべるところ。
ミスマッチなものとかマイナーなものとか大好きなひねくれ人間なんで、私…(笑)
ちなみに今回もまた反転ネタがあるんですが、このとおりヒントも反転なんで気付きにくいかも。
…しかも反転の猫のセリフは色々容赦なかったり。す、すみません…。


読んでくださってありがとうございました。

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