#8 賢者の過去、令嬢の思慕 5

「…実証?」
カイルは訝しげに尋ねる。
「先日の、公園での貴方の行動を、私はこの目で見ましたわ」
「………」
思い出したくもない光景。あの時の自分を、しかし彼は振り返る。
「貴方はその時、あの少年が抱えていた背景や心情を、さも自分の事のように、言い当てていました」
「あ…」
「それが、貴方の悪夢の正体。『テレパシー』という言葉の能力にも似た、感情や意思をトレースしてしまう潜在的な魔法。あるいは、魔法では無いのかも知れませんけど」
「いや、あれは…」
「貴方の意思によるものではありません。明白ですわね」
「違うっ! だって僕はあの時、ナイフで彼を…」
「えぇ、確かに。そこだけは貴方の意思でしょう。ですけどそれは、私を守る為に行ってくださった事。違うかしら?」
「え…」
「そうでなければ、相手の感情に赴くまま、迷いも無く刺してるはずですわ。ましてやナイフを自分から手放すなど、ありえません」
「っ…」
「話を戻しましょう。つまりは、その時と同じような事が、過去にも起きたのよ。より凄惨で、悲劇的なものとして」
そこで、シャロンは一度首を振る。そして続けた。
「そもそも、どうしてそのような事件が起きてしまったのか。それに関しては、色々と手を尽くしてみましたが、残念ながら分かりませんでしたわ。相当前の事ですから」
「………」
「おそらく、通り魔的な犯行だったのではないか。精々そんな見解しか立てられません」
「そんな事、知りたくもありませんよ」
「そのようね。でも、こちらとしては知っていただかないと困りますから」
「今の状況に、僕は困ってます」
「その犯人は、凶器であるナイフを自身の左胸に突いた状態で見つかったわ」
カイルの苦言を無視して、シャロンは更に続ける。
「………」
「何故、そんな事をしたのかしら?」
「だから、それも、僕が…」
「いえ、自殺よ。当時の捜査を担当された方にも確かめましたから、間違いありませんわ」
「嘘だっ!!」
カイルは叫ぶ。もう何も、聞きたくなかったから。
「全部…全部っ、僕がやったんだっ! 父さんも、母さんも、それにっ…」
「…カイル」
そんな彼の顔を、シャロンはそっと、両手で包む。
「なっ…」
「自分の心から、目を背けないで」
「…僕、は…」
「使いなさい。その魔法を、私に」
「っ!?」
「そうすればきっと、見えるはずよ」
「そ、そんな…」
「貴方が閉ざしている心も。秘めているその能力も。真実も。貴方が何を怖れているのかも」
自分の過去。心の影。自分を襲う衝動。秘めている能力。意識を読み取る魔法。…おそれている、もの。
そんな言葉が次々と、カイルの頭の中に浮かんでは消えていく。
「………駄目です。僕には、出来ません…」
しかし彼は、掠れた声で、呟いた。
そもそも、自分からその衝動を呼び起こそうなどと考えた事が、一度もないからだ。
「そう…。それならば、仕方ありませんわね…」
シャロンは一つ深呼吸すると、カイルの眼を見る。
「抉じ開ける、までですわ」
「え…――っ!!?」
彼女は瞳を閉じて、そっと、カイルにくちづけた。
瞬間、彼の中へと流れ込んでくる様々な想い。

カイルは、衝動を、能力を、解き放っていた。


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