#8 賢者の過去、令嬢の思慕 1
カイルによる突然の別離が告げられてから、三日の時が流れた。
彼は、アカデミーには、二人が付き合う以前とほぼ変わらずに登校している。
しかし、ただ一点だけ、変わった点を挙げるなら。
彼は笑わなくなった。シャロンにだけでなく、誰に対しても。
それが何を意味するのか。周囲には説明するまでも無かったし、シャロンもまた、説明する気になど全くなれなかった。
『……僕は。この手で、家族を、死なせました』
彼の告白。
その言葉だけがずっと、シャロンの頭から離れない。
二人の関係はこれで、終わってしまったのだろうか。
だけど、どうしても、まだ自分の中で気持ちの整理がつけられない。
どれだけ頭の中で議論を重ねても、これで結末、という結論には至らないのだ。
しかし、彼が抱えている問題は、予想の範疇を遥かに超えていた。それに対して、自分に出来る事なんて、果たしてあるのだろうか?
シャロンは、ひたすら自分にそう問い掛け続けていた。
そして、いつも気が付けば一日が終わる。まるでこれまでの事はすべて幻だと、時の流れに嘲弄されているかように。
それは、その日も例外では無かった。既に放課となった教室で、周囲の生徒達が次々と去っていく中、シャロンだけがただ一人、席に座り続け、動かない。
「一体いつまで、くよくよ悩みこんでんのよ。お嬢らしくもない」
そんな彼女へ、不意に掛けられる声。
「はい?」
シャロンは顔を上げる。
「『はい?』じゃないわよ…。もう放課後なの、気付いてる?」
ルキアが半ば呆れたような表情で立っていた。
「ま。それは別にいーんだけどさっ」
彼女は、シャロンの向かいの席の椅子に座る。
「彼との事。このまんまでいいの?」
「…貴女には…関係、ないでしょう……」
「あるよ。ルキアにも、私にも。マラリヤにもね」
「…聞いて、しまってはね……あんな事を」
シャロンは今まで気付かなかったが、ユリとマラリヤが、側に立っていた。
「ね。彼が言ってた事って…ホントなの?」
ユリが訊いてくる。そんな事、私に分かる訳が無いのに。シャロンは、ついそう思う。
「…知りませんわ」
「確かめようとは?」
今度は、ルキアが訊く。
「出来る訳…ないでしょう…」
「そうかな。わたしはそうは思わないけど」
「……なんですって?」
あまりにあっさりと言い放つルキアを、シャロンは睨みつける。
「出来るよ、あんたなら。っていうか、あんたにしか出来ない」
「何故っ?!」
「カイルの一番近くにいたのが、あんただから」
ルキアは、平然と答える。
「え…」
「戒驕戒躁。…貴女は、思い出すべきよ…」
マラリヤが、ぞんざいに口を開く。
「彼が、貴女だけに話した言葉が…あるはず。それを、集めるの……あの時、彼が言おうとしていた事、本当は…違う。そうでは無いの?」
「あ……」
『僕には、これまでずっと、受け入れられなかった事があるんですよ』
そうだ。
『周りの人達は、違う、そうじゃない、なんて言ってくれたりもしたんですけど…』
あの日彼が、話してくれた事。
『でも、それは自分が引き起こしてしまった事なんだ、とも思ってて』
それを、思い出す。
『それならいっそ、何もかもを全部自分のせいにして、閉じ込めた方が、まだ良い』
確かに彼はそう言っていた。
『そんな風に、考えてきたんです』
この、彼が考えてきた内容こそが、つまりは家族を死なせた、という事なのだろう。
そしてあの日の彼の突然の行動。自分が襲われそうだった時の別人のような態度。
そこで彼は何かを感じ、発言を撤回したのだ。
でも…違う。あれは彼が自発的にとった行動とは、ましてや殺意などとは、考えられない。
だとすると。彼の過去の出来事にこそ、謎を解く鍵があるのではないか?
きっと。いや、絶対にそうだ。
糸口を掴んだ。それは決して、手放してはいけない。
シャロンは強く自戒する。
「わたしには、例えどんな事情があったとしても、彼がそんな事するなんて、思えない」
「うん、私も。まだよくは彼の事知らないけど…でも、ルキアと同感」
「彼からは……そんな害意は、感じられないわ。例え人格が、裏返ったとしても、ね」
「…そうですわね。…ありがとう、ございますわ」
3人からの励ましを受けながら、シャロンは立ち上がる。
「そうそう、元気出していこっ!」
「うんっ。シャロン、いい顔付きになったよっ!」
「まぁ…頑張ることね」
「えぇ、当然ですわね。私たちの関係は、まだ終わってなどいませんから」
彼女の瞳にもう迷いは無い。ただ、前だけを見据えていた。
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