#1 賢者の憂鬱、令嬢の意地 1

「ふぅ」
誰もいないカフェテリアで、少年はコーヒーに角砂糖を一つ入れながら、軽く息をつく。
彼の名はカイル。ここマジックアカデミーで日々賢者を目指し勉学に励む14歳の少年だ。
(たまには、こういうのもいいかもしれないな…)
穏やかな陽気の午後、終業には少しだけ早い時間。
カイルは一人で、いつもは学校中の生徒たちで賑わっているカフェテリアを、独占していた。
別にサボった訳ではない。その日の最後の授業、芸能クラスでフランシス先生より出された抜き打ちテストを、みんなより一足先に満点で合格し、解放されただけの事だった。
(でもまさか、昨日予習していたことが、そのまま出題されるとは思わなかったよ)
カイルはコーヒーを口に含む。苦味の中に含まれるほのかな甘みが、授業で疲れた身体にじっくり染み込んでいくような錯覚を覚える。
彼は普段、コーヒーにはミルクしか入れないが、頭を使った後は砂糖を入れる事にしたのは、クラスメイトであり、普段よく図書室を利用している者同士である、クララからのアドバイスによるものだ。
もっとも、本当はブラックで飲むのが一番のお気に入りなのだが。
(身体のためにミルクを入れてる、なんて言ったら、『この年で』って笑われるかなぁ)
一人、心の中で苦笑するカイル。
それでも、この静粛とも言える雰囲気には何の変化も無い。本当に、穏やかな時間だった。
「…悪くない、ですね」
つい、口に出して言ってしまった事に気づいて、また心の中で苦笑する。
(この調子なら、『アレ』も当分起こらなさそうだな)
ぼんやりとそんな事を考えていた、その時だった。
「向かい、よろしいかしら?」
「えっ、あ、はい。どうぞ…って、シャロンさんじゃないですか」
シャロンと呼ばれた女性は、両手で持っていたティーポットの乗るトレイをテーブルに下ろすと、ゆったりとした仕草で席に着く。
彼女もまた、カイルと同じくマジックアカデミーで勉学に興じる、14歳の女の子だ。
カイルは周りを見回す。まだ授業終了のベルは鳴っていない。カフェテリアにいるのは彼と彼女の二人だけだった。
「貴方は、コーヒーですの?」
シャロンはティーポットからカップにお茶を注ぎながら訊ねる。
「はい。シャロンさんは…ローズヒップティーですか?」
カップに満たされていくピンク色の液体を見ながら、彼は訊き返す。
「えぇ、美容にとてもいいんですのよ。貴方もいかがかしら?」
「いえ、僕はコ−ヒー1杯で十分ですから。それにしても、そんなメニューがあったんですね…、知りませんでしたよ」
「そうですわね。私(わたくし)が作らせましたから、ご存知でない方も大勢いらっしゃるのではないかしら」
「ぶっ」
カイルは思わずコーヒーを逆流してしまいそうになる。
「どうかしまして?」
「い、いえ…なんでもありません…」
むせ返りそうになるのを堪えながら、カイルは思う。そういえば彼女は富豪の娘だったと。
「そう言えば…」
そんなカイルの様子など、全く気にも留めないで、シャロンは飲んでいたカップをソーサーに戻すと、口を開いた。
「先ほどのテスト、お見事でしたわね」
「えっ、さっきのフランシス先生の授業の事ですか?」
「そうですわ。私も同じ授業を選択していましたから」
「あ…そうでしたね。どうも、ありがとうございます」
「29回」
「はい?」
「ご存知かしら?この数字…」
シャロンはカイルの目をまっすぐ見ながら訊ねる。
「29…ええと…」


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