夜な夜な愛が一人でしていた秘密の行為を
ある日偶然に純子が目撃してしまったとき
あまりに突然で予想外の光景に
『彼女がオナニーをしていた』と理解出来るまで
多少の時間は要したものの
そもそも『オナニー』という言葉だって
純子は知らないわけではなかった。

ただしその欲求が果たして
共同生活下でも抑えが効かないほど強いものなのか
あるいはその行為が
愛の世代ではごく普通の日課として行われるものなのか
昭和39年生まれでオナニーの経験もない純子には
皆目見当もつかなかった。

ある夜、ふと目を覚ましたら
ちょうど愛が布団を抜け出すところで
それっきり戻ってこないので
何となく気になって自分も起き出し
彼女の姿を探してみたら
かつて純子が“立てこもり”に使用し
一時期さくらも閉じこもった物置部屋で
オナニーをしている愛を見つけてしまった。

彼女は椅子に腰かけ内股になり
漏れる吐息を押さえるように左手で口を覆いながら
右手をパンツの中に入れて小刻みに動かし
恍惚の表情を浮かべていた。

その姿は完全ノーメイクのゾンビ丸出しながら
以前サキに『サガンシップZ』を貼られて悶えた姿を
それでもなお数倍は上回るエロさだった。

ともかく状況を理解した純子は
その場でただちに土下座を実行し
「ごめんなさい…！ごめんなさい…！」
と小声で謝罪の言葉を繰り返したが
「そんなに謝られるとこっちが余計に恥ずかしいからッ…！」
と、やはり小声で赤面する愛に怒られた。

その夜はさすがにお互い気まずかったものの
次の日になると愛はすっかり普通に戻っていて
特によそよそしくされることもなく
ひとまず純子はホッとした。

本音を言えば、彼女と秘密を共有して
なんだか距離がとても近づいたような気がしたが
そんなものは一方的な勘違いに過ぎないだろうから
変に馴れ馴れしくならないように
以前と変わらない距離を保つように意識した。

彼女に嫌われたくないという“恐怖”は
彼女に対して抱く“好意”の裏返しでもあったが
そんな感情は心の底に押しとどめて
自分でも知らないふりをしていた。

けれどもそれからしばらく経ったある日の夜
行水から戻ってきた愛と二人きりになったとき
彼女が不意に近づいてきて
頬に軽く「チュッ」とキスをされ
純子はひどく驚くと同時に心の底から安堵した。

なぜなら彼女も自分と同じ気持ちを抱いていたという
確証が得られたから――。

「この前のお返しだからね」
と愛は笑いもせずに言ったが
純子は頬を赤らめ黙って彼女を見つめた。

すると例の物置部屋まで連れて行かれ
抱きしめられてもう一度キスをされたが
純子はいずれも拒まなかった。

彼女の唇が押し当てられ、自分の唇が吸われた。
うっすらと唾液の味がした。
それが純子の初めてのキスだった。

愛も同じように初めてなのかは
少し怖くて聞けなかった。

それから二人はあの物置部屋で毎晩キスをし
ほどなく“キス以上の行為”もするようになった。

もちろん初めてのときは
継ぎはぎだらけの土気色の肌を全て晒し
あまつさえ乳房と性器を露出させるのは
いくら暗がりの中といえ非常な抵抗を感じた。

しかし愛は大したことでもなさそうに
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
と言うものだから
純子はいよいよ泣きそうに
「どうしてですか…？」
と聞き返したならば
「だって私達全員、ゾンビになって蘇ったとき
間違いなく巽に裸を見られているはずでしょう」
と、純子の悪い予想とはかけ離れた
至極もっともな答えが返ってきて
以降は何も言えず顔を真っ赤にするばかりで
そのまま愛に処女を奪われた。

それから純子は毎夜、あの部屋で愛とセックスをした。

刺激に不慣れな分、純子はいつも簡単に絶頂したが
愛はむしろ嬉々として“一方的”な行為を繰り返し
手指だけでなく舌と唇も駆使して
純子の身体のすみずみまで、さまざまな方法で愛撫した。

やがて純子が何回絶頂したかも忘れた頃
時報代わりのロメロの遠吠えが聞こえてきたら
「今夜はこれくらいにしておきましょう」と愛が囁き
純子の身体に入れていた指をそっと引き抜き、全てが終わる。

二人で体を起こし、放り出していたパンツを拾い上げ
いつもの手順でそれを広げて足を通しながら
おもむろに純子が――

「…私達、もう死んじゃってますから、今が“彼岸”で
前世が“此岸”ってことになるかもしれませんけど…
最近の私は、生きていた頃より欲にまみれている気がします…」

――と告白してみた事柄も
平成生まれの愛の心には全く響かないらしく
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
とパジャマのボタンを留めつつ素っ気なく返され
純子は苦笑いした。

本当はもっとずっとストレートに
「あなたが大・大・大・大・大好きで〜す！」と
昭和熱血青春ドラマ風に絶叫できれば良いけれど
胸の中で浮遊だけしているその言葉は
とても口まで上がってきてくれそうにはなかった。

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