いつから、彼女に対してそんな感情を抱くようになったのだろう。
彼女の何気ない仕草の一つ一つを、こんなにも愛おしく思うようになったのだろう。
「…紅薔薇さま?」
祐巳の声で、蓉子は、自分が知らぬ間に彼女を凝視していたことに気が付いた。
「…あのぉ、私の顔に、何か付いているのでしょうか?」
お弁当を食べた時のご飯粒が付いてしまっていたのだろうかと、
祐巳は恥ずかしそうに口のまわりを拭った。
「違うの、祐巳ちゃん。そうじゃないわ」
蓉子は慌てて、否定する。
「?」
では、どうして、紅薔薇さまは、私の顔をじっと見ていたのですか?
不思議そうに首をかしげながら、大きな瞳で見つめ返されると、蓉子は言葉につまった。
「それは…」
それは、祐巳ちゃんが、あまりにも可愛いからよ。
そんなことは、とても口に出して言えなかった。
あの穢れを知らない小さな唇を吸ったら、どんな味がするのだろう。
そんなことばかりを考えてしまう。
蓉子は、祐巳に恋をしていた。
*
祐巳は本当に無知で、無防備で、純粋な心を持っていて。
けれども決して鈍感ではなく、蓉子からの好意を感じ取ると、
困ったようにうつむいて、頬を赤くした。
蓉子は嬉しさのあまり、思い切って、休日に祐巳を買い物に誘ってみた。
もちろん、それはデートのつもりだった。
最初のデートで、ペッティングまでした。
ずっと抱え込んでいた感情が溢れ出し、止められなかった。
蓉子は教科書で習った程度の知識しか持ち合わせていなかったが、
祐巳はそれ以上に、不思議なくらい、何も知らなかった。
だが、与えられる刺激には、敏感に反応した。
蓉子に唇を舐められると、祐巳は顔を真っ赤にして、苦しそうに息をした。
体を愛撫をされると、指先がほんの数秒、下腹部を這っただけで、果ててしまった。
温かいミルクが小量、滴り、蓉子の指を汚した。
蓉子に問われると、祐巳はそれが初めての経験であることを告白した。
それどころか、その部分が“硬くなる”ことすら、初めてだった。
快楽を覚えた祐巳は、蓉子に良くなついた。
しかしそれは、決して見返りを前提とはしない、純粋な心からだった。
蓉子はそれが、ひどく心地良かった。
けれども、祐巳が自力で快感を得られないことも、事実だった。
何をどうすれば良いのかも分からない。
だから、どこまでの蓉子に従順である。
何をされても、されるがままで、
与えられる以上のことは求めず、与えられたもので、満足する。
二回、三回とデートの回数を重ねても、蓉子は祐巳にセックスを教えようとはしなかった。
その理由を詮索する発想すら、祐巳は持っていなかった。
だが実際、詮索されては困る事情が、蓉子にはあった。
*
「意外ね。蓉子が、そういうことをしちゃう人だったなんて」
数日後、もったいぶった調子で、江利子が話しかけてきた。
嫌な予感がして、蓉子の背筋が寒くなった。
「最近、祐巳ちゃんとずいぶん仲が良さそうだけど」
「そう…?」
「可愛いのよ、祐巳ちゃんったら。少し鎌をかけたら、色々と口をすべらせてくれたわ」
「……」
こればかりは防ぎようがなかった。
蓉子の工作がいくら完璧でも、祐巳のほうは隙だらけなのだ。
とはいえ、よりにもよって江利子に嗅ぎつけられてしまうなんて。
「聖が知ったら、どう反応するかしら。
まぁ、相手は他でもない祐巳ちゃんだし、一線は越えていないみたいだから、
案外許してもらえるかもしれないけれど。
でも、それを見越した上で遊んでいるのなら、相当悪質ね、蓉子」
「祐巳ちゃんは確かに魅力的だけれど、だからと言って浮気は良くないわ。
蓉子には聖というパートナーがいるのだから、
それくらいのこと、言われなくても分かっているのでしょう?」
江利子の説教が、蓉子の頭の中で、虚しく響く。
好きな人が一人出来たら、もう他に人を好きになることは出来ない、
などという都合の良い仕組みは無いのだ。
恋愛を欲する心は、まるで、いくら食べても満たされない、底抜けのお腹のよう。
空腹だけは感じても、満腹を感じることは絶対にない。
あれば、いくらでも食べてしまう。
他の人は違うのかもしれないが。
少なくとも、蓉子はそうだった。
*
"As ye sow, so shall ye reap..."
いずれこうなるのは、時間の問題だった。
蓉子はとうとう欲望に負け、祐巳とセックスをしてしまう。
親指ほどの大きさしかない祐巳の突起に、避妊具を被せることは不可能だった。
つまり、避妊をせずに、セックスをした。
蓉子が裸になって足を開き場所を教えると、祐巳は懸命に腰を押しつけ、挿入した。
そして、あっという間に果てた。
触れられただけで漏らしてしまうほどに敏感な祐巳が、
温かくて湿った女の内部で優しく包まれ、耐えられるはずが無かった。
そのことは、蓉子も分かっていた。
分かった上で、祐巳に挿入をさせた。
要するに、セックスというより、ただの種付けだった。
身長差のためから、しがみつくような格好をする祐巳を、
蓉子は体が離れてしまわぬように強く抱きしめながら、聖のことを考えていた。
今日中に、聖に抱いてもらえば、この事はごまかせるのだろうか。
いや、いずれ祐巳にそっくりの子供が産まれてくるのだから、説明のしようがないではないか。
聖には似ても似つかぬ、愛くるしいタヌキ顔をした子が・・・・。
「(ああ、欲しいっ…祐巳ちゃんにそっくりの、
可愛いタヌキ顔の赤ちゃんが、欲しいっ…!)」
「(でもどうしよう、聖の赤ちゃんも産みたいのっ…
二人の赤ちゃんを育てて、幸せになりたいっ…!)」
破滅の足音が近づいてくる。
けれども蓉子の心は、むしろ歓喜で満たされて…
*
*
「これは驚きね。蓉子に小説を書く趣味があっただなんて」
江利子が楽しそうに読んでいたのは、蓉子がこっそりと綴っていた、秘密の妄想ノートだった。
「このお話の中の蓉子って、かなり壊れてるじゃない。よほどストレスとか溜まっているわけ?」
「…特にそうは思わないけれど…」
赤面しながら蓉子が答えた。
「でも実際のところ、祐巳ちゃんのって、どんなかしらね。フフフ。少し気になるわ?」
「…私を見ないでよ…」
「もしかして、聖なら、知っているかも」
「そんなこと、あり得ないわ。絶対に、ないっ」
「おっと、これは失礼」
「…ねぇ、江利子…私がこんなノートを作っていることは、内緒にしておいてね…。
特に、聖と祐巳ちゃんには…」
「もちろん、誰にも言わないわよ。で、このお話の続きはどうなるの?」
「…続きは…まだ考え中…」
「なら、こんな展開はどうかしら?『祐巳ちゃんとのことを聖にばらす』って、
私が蓉子を脅して、無理やり関係を持つの。
そして泥沼の四角関係に発展して…って、なんで睨むの」
蓉子のじとーっとした視線が江利子に突き刺さっていた。
「それって、江利子の願望…?」
「冗談。私はシノプシスを提供しているだけ」
「…どうも。参考にさせていただくわ」
「とにかく、続きが書けたら、また読ませてね」
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