いつから、彼女に対してそんな感情を抱くようになったのだろう。
彼女の何気ない仕草の一つ一つを、こんなにも愛おしく思うようになったのだろう。

「…紅薔薇さま?」

祐巳の声で、蓉子は、自分が知らぬ間に彼女を凝視していたことに気が付いた。

「…あのぉ、私の顔に、何か付いているのでしょうか?」

お弁当を食べた時のご飯粒が付いてしまっていたのだろうかと、
祐巳は恥ずかしそうに口のまわりを拭った。

「違うの、祐巳ちゃん。そうじゃないわ」

蓉子は慌てて、否定する。

「?」

では、どうして、紅薔薇さまは、私の顔をじっと見ていたのですか?

不思議そうに首をかしげながら、大きな瞳で見つめ返されると、蓉子は言葉につまった。

「それは…」

それは、祐巳ちゃんが、あまりにも可愛いからよ。

そんなことは、とても口に出して言えなかった。

あの穢れを知らない小さな唇を吸ったら、どんな味がするのだろう。
そんなことばかりを考えてしまう。

蓉子は、祐巳に恋をしていた。

祐巳は本当に無知で、無防備で、純粋な心を持っていて。
けれども決して鈍感ではなく、蓉子からの好意を感じ取ると、
困ったようにうつむいて、頬を赤くした。

蓉子は嬉しさのあまり、思い切って、休日に祐巳を買い物に誘ってみた。
もちろん、それはデートのつもりだった。

最初のデートで、ペッティングまでした。
ずっと抱え込んでいた感情が溢れ出し、止められなかった。

蓉子は教科書で習った程度の知識しか持ち合わせていなかったが、
祐巳はそれ以上に、不思議なくらい、何も知らなかった。
だが、与えられる刺激には、敏感に反応した。

蓉子に唇を舐められると、祐巳は顔を真っ赤にして、苦しそうに息をした。
体を愛撫をされると、指先がほんの数秒、下腹部を這っただけで、果ててしまった。
温かいミルクが小量、滴り、蓉子の指を汚した。
蓉子に問われると、祐巳はそれが初めての経験であることを告白した。
それどころか、その部分が“硬くなる”ことすら、初めてだった。

快楽を覚えた祐巳は、蓉子に良くなついた。
しかしそれは、決して見返りを前提とはしない、純粋な心からだった。
蓉子はそれが、ひどく心地良かった。

けれども、祐巳が自力で快感を得られないことも、事実だった。
何をどうすれば良いのかも分からない。
だから、どこまでの蓉子に従順である。
何をされても、されるがままで、
与えられる以上のことは求めず、与えられたもので、満足する。

二回、三回とデートの回数を重ねても、蓉子は祐巳にセックスを教えようとはしなかった。
その理由を詮索する発想すら、祐巳は持っていなかった。

だが実際、詮索されては困る事情が、蓉子にはあった。

「意外ね。蓉子が、そういうことをしちゃう人だったなんて」

数日後、もったいぶった調子で、江利子が話しかけてきた。
嫌な予感がして、蓉子の背筋が寒くなった。

「最近、祐巳ちゃんとずいぶん仲が良さそうだけど」
「そう…?」
「可愛いのよ、祐巳ちゃんったら。少し鎌をかけたら、色々と口をすべらせてくれたわ」
「……」

こればかりは防ぎようがなかった。
蓉子の工作がいくら完璧でも、祐巳のほうは隙だらけなのだ。
とはいえ、よりにもよって江利子に嗅ぎつけられてしまうなんて。

「聖が知ったら、どう反応するかしら。
まぁ、相手は他でもない祐巳ちゃんだし、一線は越えていないみたいだから、
案外許してもらえるかもしれないけれど。
でも、それを見越した上で遊んでいるのなら、相当悪質ね、蓉子」

「祐巳ちゃんは確かに魅力的だけれど、だからと言って浮気は良くないわ。
蓉子には聖というパートナーがいるのだから、
それくらいのこと、言われなくても分かっているのでしょう?」

江利子の説教が、蓉子の頭の中で、虚しく響く。
好きな人が一人出来たら、もう他に人を好きになることは出来ない、
などという都合の良い仕組みは無いのだ。

恋愛を欲する心は、まるで、いくら食べても満たされない、底抜けのお腹のよう。
空腹だけは感じても、満腹を感じることは絶対にない。
あれば、いくらでも食べてしまう。
他の人は違うのかもしれないが。
少なくとも、蓉子はそうだった。

"As ye sow, so shall ye reap..."

いずれこうなるのは、時間の問題だった。
蓉子はとうとう欲望に負け、祐巳とセックスをしてしまう。
親指ほどの大きさしかない祐巳の突起に、避妊具を被せることは不可能だった。
つまり、避妊をせずに、セックスをした。

蓉子が裸になって足を開き場所を教えると、祐巳は懸命に腰を押しつけ、挿入した。
そして、あっという間に果てた。
触れられただけで漏らしてしまうほどに敏感な祐巳が、
温かくて湿った女の内部で優しく包まれ、耐えられるはずが無かった。
そのことは、蓉子も分かっていた。
分かった上で、祐巳に挿入をさせた。
要するに、セックスというより、ただの種付けだった。

身長差のためから、しがみつくような格好をする祐巳を、
蓉子は体が離れてしまわぬように強く抱きしめながら、聖のことを考えていた。

今日中に、聖に抱いてもらえば、この事はごまかせるのだろうか。
いや、いずれ祐巳にそっくりの子供が産まれてくるのだから、説明のしようがないではないか。
聖には似ても似つかぬ、愛くるしいタヌキ顔をした子が・・・・。

「(ああ、欲しいっ…祐巳ちゃんにそっくりの、
可愛いタヌキ顔の赤ちゃんが、欲しいっ…!)」

「(でもどうしよう、聖の赤ちゃんも産みたいのっ…
二人の赤ちゃんを育てて、幸せになりたいっ…!)」

破滅の足音が近づいてくる。
けれども蓉子の心は、むしろ歓喜で満たされて…

「これは驚きね。蓉子に小説を書く趣味があっただなんて」

江利子が楽しそうに読んでいたのは、蓉子がこっそりと綴っていた、秘密の妄想ノートだった。

「このお話の中の蓉子って、かなり壊れてるじゃない。よほどストレスとか溜まっているわけ?」
「…特にそうは思わないけれど…」

赤面しながら蓉子が答えた。

「でも実際のところ、祐巳ちゃんのって、どんなかしらね。フフフ。少し気になるわ?」
「…私を見ないでよ…」
「もしかして、聖なら、知っているかも」
「そんなこと、あり得ないわ。絶対に、ないっ」
「おっと、これは失礼」
「…ねぇ、江利子…私がこんなノートを作っていることは、内緒にしておいてね…。
特に、聖と祐巳ちゃんには…」
「もちろん、誰にも言わないわよ。で、このお話の続きはどうなるの?」
「…続きは…まだ考え中…」
「なら、こんな展開はどうかしら?『祐巳ちゃんとのことを聖にばらす』って、
私が蓉子を脅して、無理やり関係を持つの。
そして泥沼の四角関係に発展して…って、なんで睨むの」

蓉子のじとーっとした視線が江利子に突き刺さっていた。

「それって、江利子の願望…?」
「冗談。私はシノプシスを提供しているだけ」
「…どうも。参考にさせていただくわ」
「とにかく、続きが書けたら、また読ませてね」

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