ある日の帰り道。

「ねえソーニャちゃん、知ってた?」
「んー」
「昨日テレビでやってたんだけどね、友情から恋が芽生えることがあるらしいよ。ふふふ」
「あ゛?」
「どうしよう、私とソーニャちゃんの間にも恋が芽生えちゃったりして。きゃー!」
「いや、というかおまえ、そもそも私のほかに友達いないだろ」
「ちょ、な、何言ってるの?ソーニャちゃんが知らないだけで、
わたし友達100人くらいいるし!メールとか超してるから!」
「…あ、うん、そうだね、ごめん」

そんなの嘘に決まっている。
だが嘘をつくという事は、本人も実はけっこう気にしている証明でもあるわけで。

(まぁ、友達がいないのはお互い様だけど…)

ソーニャは殺し屋だからまだ言い訳がつくが、やすなはそうもいかない。
あまりにウザい言動が原因でクラスの皆から嫌われているのか、
あるいはかつてイジメられたりしたからこそ、本人は元気に振舞っているつもりなのか。
どちらにしろ誰一人相手にしてくれないから、こうしてしつこく付きまとってくるのか。
そんなふうにかんぐると、ソーニャはやすなが不憫に思えた。

「…で、恋が芽生えたとしたら、どうなるんだ?」

やすなが気の毒で、ソーニャは不得意な作り笑顔を浮かべながら、話を元に戻そうとした。
するとやすなもすぐに機嫌を直し、

「それはやっぱり〜、毎日一緒にお昼を食べたり、おしゃべりもたくさんして、あと帰るときも一緒でー」

と、指を折りながら楽しそうに列挙した。

「なんだ。それじゃあ、今とぜんぜん同じじゃないか」
「あ、あれ、ほんとだね?なんでだろう?」
「さあ、なんでだろう」

ソーニャは「ふふん」と笑って先に行った。
やすなは「うーん」と唸ってその場で考え込み、
すぐに「あ、そうだ、他にもまだあったよ!」と追いかけてきた。

「キスだよ、キス。恋が芽生えたら、キスがしたくなるの」
「ふむ、なるほど。で、やすなは私とキスをしたいって思うのか?」
「へ?」
「もしそれを想像して気持ち悪いって感じるなら、恋は芽生えていないってことだ」
「う、うーん。気持ち悪いとは、思わないよ。
キスしてもいいのなら、むしろちょっとしたいかも…。なんちゃってね。アハハ〜」
「そうか。なら、してみようか、キス」

ソーニャは立ち止まって、振り向いた。

「えっ」
「キス、してみる?」
「い、いいの?!」
「いいけど」

(ど、ど、どういうこと?!ソーニャちゃん、ギャグ?!ボケてるの?!私の突っ込み待ち?!)

だが、その可能性は限りなくゼロであることは、やすなの少ない脳みそでも、さすがに理解できた。
なぜなら、自分もふざけて嘘をついたわけではないからだ。
おどけてはみせたけれど、言ったことそのものは、本心だった。

「も、もしかしてソーニャちゃん、キスの経験ある?外国の人は早いって聞くし…」
「いや、別にない」
「じゃあ、私がファーストキスだよ?!いいの?!」
「やすなが嫌なら、やめるけど」
「嫌じゃないよ!しようよ!」

やすなは即答した。
なぜだか、自分でも分からない焦燥に駆られていた。
このチャンスを逃せば、これが最後になるのではないか、と。
一体何が最後になるのかすら、分からないけれども。

「ん」

ソーニャは短い“音”を発して目を閉じ、無防備にキスを待った。
やすなは緊張して息をいっぱい吸ってから止め、唇を突き出して、ソーニャに顔を近づけた。
最後の数センチまで近づくと、ソーニャの息が鼻先に触れた。
やすなは目をギュッと閉じ、一気に唇を押し当てた。

『チュッ』

やすなの唇に、しっとりとした柔らかい感触が一瞬、伝わった。
顔を離して、やすなが目を開けると、ソーニャは既にこちらを見ていた。
やすなは恥ずかしくて、顔を正面から逸らし、止めていた息を「ぷはっ」と吐き出すと、
激しく鼓動する胸を押さえながら、赤面した。

「な、なんだか、変な気分…。ソーニャちゃんのこと、本当に好きになっちゃいそう…」
「やっと気付いてくれたのか」
「…え?」
「おまえは鈍感だから、自分の気持ちにだって、なかなか気付いてくれなくて。
ましてや私の気持ちになんて、ぜんぜん気付いてくれなくて。
だからもう、教えてしまおうと思う、私の気持ち」
「え?え?」

やすなはきょとんとした。
ソーニャの青い瞳で見つめられていた。

「好きだよ、やすな。前からずっと、やすなのことが好きだった。
キスもしたいって、思ってた。だから今、私はとても嬉しい」

ソーニャの言葉がやすなの耳から頭の中に入り、『好きだよ』の声が何度もこだました。

「…うそ」

自分が告白されたことを、時間がかかって理解すると、やすなの目尻にみるみる涙が溢れてきた。

「どうして泣くんだ?」
「泣いてないもん」
「そうなのか」
「分からない…嬉しいからかな…」

やすなは俯いた。

「私…本当はぜんぜん友達いなくて…ソーニャちゃんだけが、友達で…」

ソーニャが首を横に振る。

「やすながいてくれれば、私はほかに誰もいらない」

やすなが顔を上げた。

「私も、ソーニャちゃんだけだよ、これからも、ずうっと…」

この日帰り道で交わした想いは、どれだけ季節が流れても、決して色褪せることはない。
例え二人の恋が、雲のように途切れて薄れ、やがては消えてゆくような、はかない結末を辿ったとしても。

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