(今日も疲れたな…)

布団に入る前はそう思っていたはずなのに、いざ眠ろうとして目を閉じると、なぜかなかなか眠れない。

「う〜ん…」

ソーニャは寝返りを打ち、枕の端っこに頬を埋めるようにした。
だが、やはり眠れない。
体がムズムズするのだ。
いや、この場合、ムラムラという表現を使うほうが適切だった。

「くそうっ…」

ソーニャは目を閉じたまま、不満そうに呟いた。
性欲が強い年頃なのだから、たまにそういう気分になるのも仕方が無い。
それは抗いようの無い、本能みたいなものだ。
だが、ソーニャが気に食わないのは、その点ではなかった。

「なんで私、やすなのことを考えてるんだよ…」

ソーニャはムラムラすると、気が付けば頭の中がやすなでいっぱいになってしまうのだ。

「どうして、あんなやつのことを…」

殴っても殴っても懲りずに毎日ちょっかいを出してくるやすなの、
少し高い体温や髪から漂うシャンプーの香り。
普段、首を絞めたり関節技をかけているときには何とも思わないそれらが、
あのバカっぽいしゃべり方や間抜けな表情、数々のウザい行動と共に、
今はとても心地よいものとしてソーニャの胸をドキドキさせていた。

「ああもう、本当にどうして…」

答えが出るまで我慢ができず、ソーニャはパジャマのズボンに右手を突っ込んだ。
そして探るように、モゾモゾと動かした。

「あっ…あぁぁ…」

見つけたその場所を、パンツの上から人差し指で優しく撫で回すと、確実な快感が得られた。
それは眠気を妨げてまで込み上げてきた、みずみずしいソーニャの肉体が欲していた刺激そのものだった。

(やすなもこんなふうに…オナニーとか、するのかな…)

ソーニャは右手を動かしながら、考え続けた。
普段の言動からは想像しにくいが、やすなにだって性欲はあるだろう。
むしろこの年頃で、無いほうがおかしい。

(あいつ、バカだからな…)

バカは自分の欲望に忠実、というのは恐らく事実だろう。
もしかすると、既に男の二人や三人と付き合った経験があるのかもしれない。

(い、いや、まさかそんなはずは…第一、男の気配なんて感じたこともないし…)

だが、感じなかったというだけで、その存在を否定できるわけではない。
日ごろ散々付きまとわれ、遠慮無しに暴力を振るっていると、
なにか自分が彼女にとって唯一の、特別な存在であるかのような気がしてくるけれど、
実際のところ、彼女のことをどれだけ知っているというのだろう。
やすなの家がどこなのかさえ、知らないというのに。

(やっぱりいるのかな、カレシ…)

客観的に見て、やすなは十分に可愛い顔をしている。
大抵の男子にとっては、それだけで十分のはず。
やすなはバカだから、自分が性欲処理の道具にされていることにも気が付かず、それでご満悦なのだろうか。

(嫌だな、そんなの…)

そういう自分だって、やすなのことを考えてオナニーしている。
けれどもこれは、単純な性欲のはけ口にしているのではなく、
愛憎が積み重なった果ての境地で、こうなっているのだ。
『とりあえずブスでなければ誰でも良い』という男子などとは、動機の次元が違う。

「つまり私は…やすなのことが、好きなんだ…」

ちょっとやそっとの好きではない。
やすなのことが、大好きでたまらない。

ソーニャの右手はいつしか止まっていた。
そのままパジャマのズボンから手を抜き取った。

「だけど…この気持ちを伝えたら…」

ソーニャの本気を察すると、やすなはきっと顔を引きつらせ、

『い、いやだな、ソーニャちゃんたら。いくら仲良しでも、
そういう冗談を言われると、私びっくりしちゃうよ。アハハ』

と乾いた笑いでごまかされ、“無かったこと”にされてしまう。
ソーニャにはその光景がありありと目に浮かんだ。

「ま、常識的に考えて、女同士なんてあり得ない、か…」

都合の良い期待を抱いて賭けに出た挙句、今の関係をぶち壊しにするくらいなら、
このままでいるほうが、はるかに良い。
この幸せでさえ、殺し屋の自分には、過ぎた幸せだ。

「分かってはいるけれど…どうしてこんなに苦しいんだろう…」

ソーニャはうつ伏せになり、枕に顔を押し当てて、少し泣いた。
涙を流したら、気持ちが楽になって、そのまま眠ってしまった。

翌朝。

「ソーニャちゃ〜ん!」

学校に向かって歩いていると、いつものように後ろからやすなが追いかけてきた。
二人で並んで登校しながら、ソーニャは思い切って、尋ねてみた。

「なぁ、私が仕事の都合で、この町を…いや、この国からいなくなるとしたら、やすなは、どうする?」
「…へ?」

やすなは立ち止まり、絶句してから、目に涙をぶわぁっと溢れさせた。

「ソーニャちゃん、転校しちゃうの…?」
「ち、違う、例えばの話だって」

まさか泣かれるとは思っていなかったので、ソーニャは慌てて否定した。

「え、じゃあ、ソーニャちゃん、転校しないんだね?大丈夫なんだね?」

やすなは涙を両手で拭いながら念を押した。

「ああ、しないよ。だから泣くな」

ソーニャがやすなの肩に手を触れると、彼女は泣くのをやめ、

「私、ソーニャちゃんがいなくなったら、学校で遊ぶ人がいなくなっちゃうもん…」

と訳の分からないことを言った。

「おま…学校は勉強するために通ってるんじゃないのかよ」

呆れるソーニャの言葉を無視して、やすなはまだ涙が付いて濡れた手をカバンの中に入れながら、

「あのね、今日は水鉄砲を持ってきたの。今までのとは違って、もっとすごい大きいやつだよ。
ソーニャちゃんの分もちゃんとあるから、あとで一緒に遊ぼうね?」

と、まくし立てると、圧縮ポンプの付いた巨大な水鉄砲を取り出して見せた。

「お前はまたそういうオモチャを学校に…」
「ねぇねぇ、遊ぼうよ〜。ね、遊ぼう?」
「分かった、遊ぶから、だからあんまりひっつくな、少し離れろ」
「うふふ」

隣でやすなが笑いながら、歩いている。
ソーニャは空を見上げた。

こんなふうにして、この空の下で、やすなに付きまとわれている、
そんな日々がいつまでも続いたらいいな、と思った。

もちろんそんなことは、口に出して言えるはずもないのだけれど。

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