(絶対に我慢しなさい、私…何のために、復讐計画を練ったと思うのよ…)

丹生谷は頭を下げながら、心の中で自分に言い聞かせていた。
頭の上からは、腕組みをした凸守の憎ったらしい声がしていた。

「あ〜ん、なんデスかぁ、ニセサマー。
いきなり凸守に謝るなんて、何か悪い物でも食べたんデスかぁ?」
「ち、違うのよ、私、本当に反省してるの…」

丹生谷は頭を下げ続けた。
そのしおらしい態度に、凸守はアゴに手をやり神妙な面持ちになった。

「うう〜む、凸守が諦めずに毎日毎日、偉大なるモリサマーのお言葉を説いて聞かせたことによって、
貴様の腐りきった魂が奇跡的に浄化されたというのデスかねぇ?」
「う、うん、大体そんな感じ…エヘヘ…」

飛び掛って首を絞めたい衝動を押さえ、丹生谷は微笑んでみせた。

「ふふぅん」

凸守の小さな鼻の穴が気分良さそうに膨らんだ。

「恐れ多くもモリサマーの名を騙り、あまつさえ聖典マビノギオンを燃やすという大罪を犯した貴様が、
心の底から悔い改め、慈悲を乞うというのであれば、凸守は許してやらないこともないデスよ」
「ほ、本当に…?!」

丹生谷は『きた!』とばかりに顔の前で手を組み、目をウルウルとさせた。
男に媚びるときにいつもやっている必殺技で、凸守を篭絡しにかかった。

「うむ、許してやるデス」

純粋な凸守は丹生谷の高度な演技を見破ることが出来ず、すっかり騙されてしまった。

「あ、ありがとう、嬉しいよ、凸ちゃん…」
「おまえと違って私の心は広いのデスよ」
「う、うん、本当だね…」

凸守は見事に丹生谷の術中に嵌っていた。
いよいよ、丹生谷の復讐計画が発動する。

「そ、それでね、凸ちゃん…。『反省の証』なんて言ったらおこがましいんだけど…
私、ちょっとしたプレゼントを考えてきたのよ…」
「ほほう?」

思いもよらない言葉に凸守が首を傾けた。

「あのね、凸ちゃん牛乳が苦手でしょう?もしよければ、それを克服する協力を私にさせて欲しいの。
もちろん、別に牛乳を飲まなくても背は十分に伸びると思うけど、でも、とにかく成長期だから、
やっぱり好き嫌いは良くないし、バランスよく栄養を取ることが一番大事だから…」

丹生谷の計画は巧妙だった。
しょうもない金品を差し出されるより、こういったプレゼントのほうが、
はるかに自分の益になるのを凸守が理解する事を見越しての、作戦だった。

「…それはなかなか悪くない『プレゼント』デスね」

少し考えてから、凸守は案の定、提案に興味を示した。

「でも、具体的には何をするつもりなんデス?」
「う、うん。実は私、牛を一頭飼っているの」
「牛?!」
「自宅じゃなくて、別荘になんだけど…。
で、その牛さんがすごくエッチで…じゃ、じゃなくて、すごく元気で毎日ミルクがたくさん出るのよ。
その絞りたての牛乳だったら、凸ちゃんも飲めるんじゃないかなぁ、って思って。
ほら、例えば生ものが苦手な人でも、
船の上で漁師さんに釣りたてのお魚をお刺身にしてもらったら、
ぜんぜん普通に食べられたとか、よくあるでしょう?」
「ああ、それは凸守も聞いたことがあるデス」
「それと同じで、新鮮な絞りたてのミルクなら、きっと平気なんじゃないかと思うの。
凸ちゃんにぜひ味わってもらいたいわ」
「う〜ん、そうデスねぇ。
まぁ、どうしてもと言うのなら、試しに少しくらい飲んでやらないこともないデスよ」

凸守は偉そうに言いつつも、
自分のことをそこまで考えてくれている丹生谷に、感心した様子だった。

「じゃあさっそく、明日の放課後にどう?軍手と牛乳瓶は私が用意しておくから」
「おおう、任せるデース」

こうして丹生谷は凸守から約束を取り付けた。

(ふふふ…覚悟しなさい、バカ中坊…明日こそ目に物見せてやるんだから…)

凸守に飲ませるのは、ミルクはミルクでも、ただのミルクではない。

(精子がウジャウジャ泳いでる臭っい童貞デブヲタの『ちんぽミルク』をたっぷりご馳走してあげるわ…!)

「こ、これは…なんというか…思っていたより、普通の“別荘”デスね…」

翌日の放課後、凸守が連れてこられたのは、とある住宅街にあるボロアパートの前だった。
六畳一間に台所付きで、ざっと築60年の物件。

丹生谷が別荘と称するこのアパート、
実は一週間ほど前に駅前で声をかけた、アニメショップ帰りのデブヲタ君の住まいなのである。

まともに女子と会話した経験も無く、
楽しみといえばすれ違う美人OLが漂わせるシャンプーの香りをクンクンすることくらいのデブヲタ君が、
今すぐ国民的美少女に認定して良いくらい美少女の丹生谷に声をかけられれば、
即座に言いなりになるのは当然だった。

丹生谷は偽名を名乗り、その他の一切を明かさぬまま、デブヲタ君の連絡先と住所を聞き出し、
翌日から学校帰りに毎日、土足で部屋に乗り込んで適当に蹴っ飛ばしたりして調教し、
見事な“牛”に仕立て上げたのだった。

「さ、牛さんが待ってるから、早く行きましょう?」
「お、おう、デス…」

錆びた階段をカツカツと上がってゆき、一番奥まで進んで、丹生谷はドアノブを握った。
鍵はかかっておらず、すぐに回った。
凸守は彼女の後ろから首を伸ばした。

「おお〜?!」

丹生谷に促され、入れ替わって玄関の正面に立った凸守は、感嘆の声を上げた。
室内はまさに牧場だった。
ドアが開いた途端、玄関までたっぷり敷き詰められたワラと、干草のなんともいえない香りが漂ってきて、
あちこちに配置されたスコップ(持ち手のところに軍手が被せてある)やバケツ等の小物類が目に入った。

「あれが牛さんデスか?」
「そう、あれよ。うふふ」

カーテンが閉じられ薄暗くなった奥の間では、
白黒のボディペイントを施された全裸のキモヲタ君が、
四つんばいで首からぶら下がった鈴をカランコロンと鳴らしながら、
「んも〜〜!んも〜〜!」と必死で鳴いていた。

「こ、これは…」

凸守は思わずゴクリと喉を鳴らし、丹生谷を見上げた。

「そう、獣人なの」

丹生谷は厳粛に頷き、囁いた。

「な、なんと、これが獣人…凸守、本物を見るのは初めてデスよ…」

凸守はあっさりと納得した。
確かにあの“牛”はどこからどう見ても人間である。
しかし、全裸でボディペイントして牛を演じるなどという狂気じみた所業を実行できる人間が実在するとは、
純真な凸守は想像すら出来ないのだ。
だから彼女は中二病の頭で、アニメや小説にしばしば登場する『獣人』と解釈する他なかったのである。

「もっと近くで見ても平気デスか?」
「もちろん。あ、靴は脱がなくていいのよ、足が汚れちゃうから」
「分かったデス」

凸守は部屋の奥へと進んだ。
丹生谷がドアを閉めると、薄暗かった室内はさらに暗くなった。

「な、なんと醜い…哀れな…」

間近で牛を観察した凸守は、そのままの感想を口にした。

「そうなの。この通り、見た目はかなり気持ち悪いんだけど…。
でもとっても人懐こいのよ?触ってあげて?」

丹生谷に唆され、凸守が小さくて可愛い手を差し伸べると、牛は嬉しそうにペロペロと舐めはじめた。

「んも〜〜!んも〜〜!」
「ほら、牛さんもすっかり凸ちゃんが好きになったみたい」
「きゃぁ、くすぐったいデスぅ」

凸守は子供のように無邪気にはしゃいだ。
そしてこれまた子供がよくやる行動で、舐められた手を鼻先に近づけて臭いを嗅いでみた。

「うわ、臭っさ!!」

思わず語尾に『デス』を付けるのも忘れ、凸守は台所の流しに飛んでゆき、慌てて手を洗った。

「んも〜〜〜〜!」

その姿に、キモヲタ君はなぜか歓喜して、全身を紅潮させながらブルブルと震えて鳴き声を上げた。

「ちょ、なんで喜んでんのよ。気持ち悪いのよこの豚がっ!!」

丹生谷はその反応を本気で嫌がり、キモヲタ君の尻を思いっきり蹴飛ばした。

「ブヒィィィィィ!!!!」

キモヲタ君は前足を浮かせ、ヨダレを垂らしながら再び歓喜した。

「…ぇ?」

手を洗い終えて後ろを振り向いた凸守は、そのやり取りを見てきょとんとしていた。

「ん、んも〜〜!んも〜〜!」

キモヲタ君は慌てて牛の声で鳴きなおし、
丹生谷は何事も無かったかのようにニコッと微笑んで、
カバンから軍手と牛乳瓶を取り出した。

「さあ、凸ちゃん。牛さんいつでもお乳が出せるみたいだから、絞ってあげましょう?」

キモヲタ君の平常時はコロンと垂れ下がっている陰嚢が、
ギューッと持ち上がって、ずっとペニスの根元に張り付いていた。
これならば、いつでも射精出来る。

「おお、そうでした、今日はそのために来たのデス」

凸守は受け取った軍手を右手にはめ、左手で牛乳瓶を持って、牛の横でしゃがんだ。

「あれ、牛のチクビって1本だったデスかね…?」

たぷたぷと膨らんだ肌色の腹と、その下の方にちょこんと付いている1本の突起は、
なかなか牛らしいのだが、問題は乳首がそれしかないということだった。

凸守は少し疑問に感じたが、しかし牧場育ちでもない限り、
牛の乳首は何本あるのが正解かなど、知っているわけが無い。
片側3本で計6本だったか、あるいは左右に一対の2本だったか、はたまた8本だったか。
いずれにしろ、乳首が1本しかないことは、凸守に決定的な疑念を抱かせるには不足だった。

「まぁいいデス。凸守が飲むだけだから、今は1本あれば十分なのデス」
「そうそう、1本のほうが絞りやすくて簡単だものね。
ところで凸ちゃん、やり方は知ってるかしら。
親指と人差し指で輪っかを作って、それでチン…じゃなくてチクビの根元を握って、
下の方にキューってしごいてあげるの。
そうすればすぐに、ミルクがピュピューッて出てくるから」
「分かったデス、やってみるデス」

凸守は指で輪っかをつくり、牛の腹の下に腕を伸ばした。

「んもっ、んもっ、んもっ」

期待に息を弾ませ、牛が変な声で鳴いた。
なにしろ生まれて初めて女の子にペニスを握ってもらえるのであるから、喜ぶのも仕方が無い。
それもこんなに愛くるしい、
背中に天使が生えていてもおかしくないほどのツインテール美少女に手コキ発射させてもらえるのだから。

「ん゛も゛?!」

凸守にペニスを握られると、牛の体が波打ち、腹の肉が左右に揺れた。

「おぉ、硬い?!この牛さんのチクビ、すごく硬いデスよ!」
「凸ちゃんに絞ってもらえるのが牛さんも嬉しいのよ。
チクビの先を瓶の口に入れてあげて?牛さん、すぐに出すわ」
「こう、デスか?」

言われたとおりに凸守がして、指に力を込めながら、ペニスを根元からキューッとしごいた。

「ん゛ん゛お゛お゛お゛おおおぉぉぉぉっーーーー!!!!」

すると牛が首を反らして絶叫し、
ビュビビビビーッ!!!とものすごい勢いで瓶の中にミルクがぶちまけられた。

「す、すごい、ミルクが出たデス?!」
「あ、ダメよ、手を止めちゃ。しごいて、凸ちゃん。しごき続けて」
「は、はい、分かってるデス。こうデスか、これでどうデスか?」
「も゛お゛お゛おおおおお〜〜〜〜っ!!!」

凸守の小さな温かい手でぎこちなくペニスをしごかれたキモヲタ君は、
黄色みがかって所々ダマになっているネバネバの精液を、
まるで屠殺場で殺されている牛のような壮絶な悲鳴を室内に響かせながら、
ビュルルルーッ!!と何度も発射した。

「ん゛っ、ん゛も゛っ、ん゛もぉっ、お゛ぉぉんっ…おぉぉ…」

終いには息も絶え絶えになり、キモヲタ君は一分近くにわたり、凸守の手コキで射精した。

「あんまり出なくなってきたデスね。こんなものなんデスか?」

柔らかくなったチクビをニギニギしながら、凸守はやや不満そうに言った。
瓶の底には1cmくらいミルクが溜まっている。
しかし丹生谷からすれば、

(うーわっ、気持ち悪…なんなのよあの量…信じらんない…)

という心境だった。

(てか、生臭っ…うぷっ…)

小さな瓶の口から漂ってくる強烈な子種臭に、丹生谷はたまらずハンカチで鼻を押さえた。
凸守も同じように感じ、軍手を外して鼻をつまんだ。

「…ちょっと、この牛乳はくさいデスね」
「市販されてる牛乳は、加熱処理されてるから…」
「なるほど…デス」
「でも、きっと味は美味しいと思うわ。冷めないうちに、飲んでみてよ」
「…そうデスね、せっかく絞りたてなんだから、さっさと味見してみるデス」

凸守は鼻をつまんだまま飲み口に唇を当て、瓶を静かに傾けた。
底に溜まっていたミルクがそれに合わせてネローンと傾いた。
が、あまりの濃さでそれ以上はまったく垂れてこなかった。
凸守がさらに瓶を傾けると、側面部に張り付くようにデローンと伸びた。
しかしやはりそれ以上は流れなかった。
凸守が最終的に逆さま近くまで傾けると、
今度は一気にズルリとミルクが一塊で瓶の中を滑り、凸守の口内に流れ込んだ。

「お、おいしい、凸ちゃん…?」

見ているほうが気持ち悪くなる光景に、さすがの丹生谷も若干顔を引きつらせながら、問い掛けた。
凸守は丹生谷を見つめ返し、鼻をつまんでいた指を離して、「むふー」と息を吐いた。
そしてパチクリとまばたきをして、首をかしげた。

今まで一度も経験したことのない味や、まったく予想していなかった味というものに、
人間は瞬時に反応することが出来ないのだ。
凸守はまさにその状態だった。

「ウソ、本当に?何ともないの、凸ちゃん…?」

にわかに信じられず、丹生谷が恐る恐る顔を近づけると、

「むぅ?」

と凸守が短く声を発し、頬がわずかに膨らんだ。

「え?」

『まさか』と丹生谷は咄嗟に予感したが、0.5秒後にその『まさか』が起きてしまった。

「お゛え゛ええぇぇぇっ!!!!」

凸守は口の中の精液もろとも、
胃の中に収まっていたもりもり食べた昼食の内容物まで、全部まとめて吐いてしまった。

「ギャーーーーッ!!!」

「な、何が起きたのか自分でも分からなかったデース…
ただ、気付いたらものすごい勢いでゲロが出てましたデース…」

丹生谷と一緒にアパートから一目散に逃げてきた凸守は、
自分の身に起きたことをいささか興奮ぎみにありのまま説明した。

「私だって、初めてだわ…。あんな、カレーパソマソみたいに口からゲロ噴射するヤツ…」

全部吐いてしまった分、ケロっとしている凸守に対して、
色々な飛沫を少なからず浴びてしまった丹生谷は相当参っている様子だった。

(『人を呪わば穴二つ』ね…。私ったらバカみたい…)

凸守をひどい目に遭わせるつもりが、自分がひどい目に遭ってしまった。

あのキモヲタ君が射精するときに叫んでいた「も゛お゛お゛おおぉぉ!」という声と、
凸守の「お゛え゛えぇぇっ!」が耳にこびり付き、
それが頭の中で重なって地獄の二重奏になり、当分の間苦しめられそうだった。

こうなると、凸守が元気でいてくれることがむしろ救いに感じられてくるから不思議であった。

「それにしても、牛さんには申し訳ないことをしたデスね。
綺麗な牛舎を凸守のゲロまみれにしちまいましたデスから」
「ああ、それならいいのよ…」
「どうしてデスか?」
「…んー、それはまぁ…結果的に、むしろ大喜びー、みたいな…
とにかく、ぜんぜん気にすること無いわ」

もはやあのアパートを訪れることは二度とないだろうから、確かめる術はないのだが、
丹生谷には本当にどうでもよいことだった。

「ふぅん。そうデスかぁ…」

手を引かれて歩きながら、凸守は上目遣いに丹生谷を見つめて、大人しく納得した。
今までひたすら憎いとしか思わなかったその顔が、今の丹生谷には少しだけ、可愛く見えた。

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