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□□□ 俺と『俺』 □□□

朝。
いつもの日常のはずだった。
だが、これで日常と非日常の境目とは曖昧だと言うことを知った。
そう、非日常の始まりだったんだ……

「……ふぁぁ〜!」
珍しく気持ちよく起きれた俺はさっさと学校へ行く用意をすることにした。
だが…、何か違和感を感じる。
そう、例えて言うならパンチョ伊東のずれているズラのように。
……何かおかしいと思ったら胸がある。
俺って鳩胸だったっけ?
と、思うようなほどにだ。
よく見るとパジャマも違っている。
名雪が着ているパジャマだ。
…あまりにおかしいと思ったので部屋を見渡してみる…
数々の目覚ましと女の子らしい部屋。
そして隣にけろぴー…。
…結論、これは夢だ。
だから寝るのが正しいのだ。
ぐぅ……

ジリリリリリリリッ!!
「うわっ!」
目覚ましが全部鳴り出した。
もの凄くうるさい…
というか、今の俺の声って…ヤケに甲高かったような…
……これは夢だ、目覚ましがなっているのも夢だ。
だから、俺が名雪になっているなどという非現実的な事はありえないはずだ。
「名雪! 起きろ!」
聞き覚えのある声が聞こえる。
……もしかして…
真意を確かめる為に扉を開ける。

ガチャ…

そこにいたのは美男子だった。
そりゃもう微笑み一つで女の子を悩殺するくらいの。
……つまりは俺だ、美男子って言葉が言いたかっただけだ。
「お、名雪起きていたのか」
……いや、俺なんだけどな。
「あ、いや、その……」
俺が名雪の体にいると言うことは、俺の体には誰が入ってるんだ?
「ほら、学校行くぞ、用意しろ」
「う、うん…」
……もしかして、あっちも俺!?
いったいどうなってるんだ?

ガチャ……
『俺』がドアを閉める。
…そうか、着替えないといけないのか。
そうかそうか、着替えか。
ははは…って、ダメじゃん、どうする俺?

うーむ、どうやって着替えよう。
今は名雪の体だ、だから下手に体を見るのは…。
むぅ、とにかく着替えなければ…。
名雪、すまん……。




見ちまった…
だが仕方が無かったんだ…
というより、何でこんな事に…

ぐぅ…

腹の虫が鳴る

……朝飯を食うか…
俺はとりあえず階段を降りた。
名雪の体だろうが学校に行かなければならないのだから。
実に偉いな、俺は。
いろいろと考えながら俺はキッチンに向かった。

ガチャ…。

おそるおそる、キッチンのドアを開けた……。
「遅かったな名雪」
……やっぱり『俺』がいた。
……昨日、何か悪い物でも食ったか?
秋子さんのジャムとか…。
いや、食った記憶はないな。

「あ、その……」
「あら名雪おはよう」
『俺』に質問しようとした時、秋子さんが挨拶をしてきた。
「お、おはよう……あき…おかあさん」
言い慣れないセリフで返す。
しかし、秋子さんまで名雪と呼ぶとは……こりゃイタズラや夢ですむ問題じゃないな。

ぐぅ……。

腹の虫が鳴る。
……とりあえず飯食ってから考えよう……。
仕方が無く名雪の席に座り朝御飯を食べる事にする。
食卓にはトーストとイチゴジャムが……。
う……甘いのは苦手なんだが…。
「どうした名雪、食べないのか?」
『俺』が心配そうに声をかけてくる。
いや、本当に心配してるかは知らないが。
「う、ううん、た、食べる…よ」
やっぱり名雪の口調は慣れない。

怪しまれないよう出来るだけ控えめにイチゴジャムを塗る。

べたべた……。

うう……食いたくねぇ…。
けど、ここで食わなかったら余計な心配かけられて……
いや、想像したくない…。
嫌々ながらジャムを塗ったトーストを口に運ぶ。

……以外にうまかった。





名雪の体のおかげか何とか食えた…

「おい、名雪行くぞ」
『俺』が指図する。
こうして他人の目で見るってのも不思議な感じだ。
「急がないとまた遅刻だぞ!」
『俺』が急がせる…わーったよ。
「う、うん、それじゃいってきますー」
「いってらっしゃい名雪、祐一さん」

「おい、もっと早く走れよ!」
「これでも本気で走ってるんだ…よ」
実際名雪の体は走りにくい。
やっぱり他人の体だからだろうか…。
はぁ…これからマジでどうなるんだろ…。
とにかく今は学校行かないとな…。
「名雪、遅いぞ!」

とりあえず今日は遅刻確定だな…

はぁはぁ…。
なんとか遅刻だけは免れた…。
ガラガラとドアを開ける『俺』…。

「よっ、おはよ」
「二人とも、おはよ」
北川と香里の二人が『俺達』に対して挨拶をする。
「おはよう」
「お、おはよ…」
ぎこちない挨拶をする俺。
「そう言えば名雪…」
「な、なに、香里?」
「この間貸したCD持ってきてくれた?」
「え"……?」
知らん、知らんぞ俺は…。
「ご、ごめん…忘れちゃった…」
「まったく…明日には持ってきてよね」
「うん……」
名雪の奴め…。
だが、ぼやいても仕方がない。
今の俺が名雪なのだから。
ったくなぁ……。
さて、席に座るか……。
「おい名雪」
「…ん?」
横に立っている『俺』が俺に話しかけてきた。
「なに?」
「…気づかないのか?」
「…へ?」
「名雪が座ってるのは俺の席だ、お前の席はそっち」
「あっ…」
やばっ…ついいつものように座ってしまった。
「朝からおかしいが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫…」
なわけないだろ。
「…とにかく、席移れ」
「うん……」
自分自身に指図されるのはいい気分じゃない。
俺は渋々隣りの席へと移る。
はぁ…なんなんだよ、ホント。

授業は別に困るような事はなかった。
ただ、たまに『俺』がさされてついつられて返事をしてしまったりしたくらいだろう。
……元に戻った時、俺の筆跡で書かれたノートをみて名雪はどう思うんだろうな。
その前にどうやって元に戻るんだろう?
…考えても仕方がないか、どうせ元に戻らなさそうだし。
帰って寝たら元通りにでもなってるだろう。


そうして昼休み。
「名雪はAランチでいいんだよな?」
俺は学食に来ていた、もちろん『俺』達と共に。
「うん…」
何を食うにも思いつかなかったから、『俺』に従うことにした。
と言っても俺らしく行動してもいいんだろうが、
きっと白い目で見られることだろう。
「………」
確保した席に座りながら、何故こうなったのかをじっくり考えてみる…。
……原因が一つも思い浮かばない。
何も悪いことはしてないぞ、
ただ、名雪を絶望の淵からすくってやって。
栞の誕生日も一緒に迎えられ。
真琴は帰ってきてくれて。
舞は昔の記憶を思い出し。
あゆは目覚めた……。
どこも悪いことはないじゃないか。
「水瀬」
「……ん?」
ふと北川が俺に声をかけてきた。
「朝っから浮かない顔してるが、大丈夫か?」
「大丈夫…」
と一応言っておくが、あんま大丈夫じゃない。
いつもととは違う日常をこうして過ごしているなんて…。
「よければオレが慰めてやるぜ」
妙にカッコつけて言う北川。
けど……。
「嫌」
嫌に決まっていた。
「オーノーッ!」
叫んでも嫌なものは嫌に決まってる。
それに北川のことだ、何をしでかすかわかったものじゃない。
「待たせたな」
丁度そこに『俺』と香里が戻ってきた。
「うがぁぁぁぁぁ!」
「…北川の奴、なんかあったのか?」
「う、ううん…別に…」
別に俺が悪いんじゃない。
北川の奴が勝手に自爆しただけだ、俺は悪くない。
そう思うだけでも気持ちが軽くなった。

北川が勝手に叫んでいる事を除いて、
平穏(?)に昼休みは過ぎていった。
……北川の奴、密かに名雪狙っていたのか。
でないとあそこまで叫んだりしないだろうに。

午後の紅茶…じゃなくて午後の授業も特には何も変わることはない。
ただ……眠い。
そう異常に眠いのだ。
「うにゅ…」
眠い…眠いぞ。
これも名雪の体のせいか……。
眠すぎる…。
眠……。
「くー……」

―。

「名雪…おい名雪…」
「…にゅ……?」
目の前に『俺』の姿。
どうやら寝ていたらしい。
「もう夕方だぞ」
「えっ!?」
周りを見渡すと…げっ、マジで誰もいない。
「ったく…ここまで眠りこけるのも一種の才能だな」
俺に言われてもどうも言えない。
この体が悪いんだ、体が。
特異体質な名雪が悪いんだ。
「ごめん…」
なんか謝るのが癖になってるな。
「……いや、名雪と二人っきりでいられたからいいんだけどな」
「……」
何故か恥ずかしい。
「……」
「……」
そして何か気まずい。
「………」
このよくわからない空気のまま、
ホントよくわからず帰宅した。


――。
「ふぁ……」
やっと一日が終わる。
なんか大したことやってないけど疲れた…。
眠い…そう眠い。
……眠っちまうか。

トントン。

ん?
俺はノックされた扉をあける。

「名雪、まだ起きてたか」
『俺』が立っていた。
「なに?」
「いやな…約束に……」
約束? なんかしたっけ?

ガバッ。

「えっ!?」
『俺』…いや、ヤツは俺を押し倒してきた。
「ちょ、ちょっと…」
「溜まってるんだろ? だから別にここでも…」
「え? え?」
あ…思い出した…。
昨日、名雪と………つまりはそういう約束をしたんだ。
だからって…。
「だ、ダメ…」
「別にいいだろ」
ぐぅ…ヤツはさすがに力が強い…。
「あき…お母さんがいるから…」
「それじゃ部屋で……」
そういう問題じゃない!
くそっ……。
「だから嫌だ…」
「いいだろが、俺と名雪の仲だろ」
「だから…」

がばっ。

「う…」
「名雪……」













うわぁぁぁーーー!!
はぁはぁ……。
「あれ…?」
気が付けば…布団の中だった。
「はぁ…」
なんだ、夢だったのか…
夢にしては妙にリアルだったな。
…寝直すか。
「…?」
待てよ、ベッドじゃなくて布団…?
俺は暗いながらも周りを見渡してみた……。
乱雑に積み上げられた漫画本。
その他もろもろ……。
「……」
今度は…真琴?
「ぐは…」



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