祈り
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大きな瞳だな、というのが最初の印象だった。ただの黒というよりも艶を含んで柔らかな色をしていた。
自分はこの色を知っている、とテッドは思った。
祈り
しばらくぼんやりとしていた。目を開いて、閉じて、開く。あまり変わらない。何だっけ、と思う端からあくびが漏れていく。
(夜か)
いまは恐らく深夜といわれる時間帯だろう。家のなかも、外もひっそりとしていた。
眠りの気配はまだぐずぐずとテッドの身体を包み込んでいたが、頭の一部が冴えてしまっていた。
いつベッドに潜り込んだのだったか。テッドは寝る前のことを思い返そうとして寝返りを打ち、すぐそばに同じように転がっている存在に気付いた。驚きのあまり眠気が吹き飛ぶ。
「スィンか……」
ああ、そうだった。テッドは思い出す。昨夜は、ずいぶん長いことふたりで話し込んでいた。昨夜も、と言うほうが正しいかもしれない。こんなふうに、どちらかの部屋でつい寝てしまうまで過ごすことは珍しくなかった。
話し込むといっても、内容は他愛のないことばかりだ。帝国将軍の噂。近衛隊のこと。グレミオのシチューの隠し味は何か。
スィンとなら同じ話題で何度も何時間もばかみたいに盛り上がることができた。
スィンは特に外の話を好んだ。グレッグミンスターでは名前を聞いたことのないような土地なら、あとで地図でそっと調べるくらいに。テッドが回ったあちこちの話を聞きたがった。
昔の話はいいことばかりではない。それでも、テッドはスィンに話すのは苦ではなかった。少し大げさに脚色しながら、おもしろおかしく語って聞かせた。その間中ずっと、スィンの目がきらきら輝くのが好きだった。
テッドは暗闇のなかで目を瞬いた。スィンは規則正しい呼吸をゆっくりと繰り返している。時間が時間なので当然だが、まだまだ起きそうにない。
(起きればいいのに)
この暗闇に、右手が――そこに宿るものが境が分からないように溶けだしていくような錯覚があった。それを振り払うように、闇に溶けだしそうな瞳の色をテッドは思った。両者は、少しだけ似ていた。
だからだろうか、自分がこんなにも強く惹かれるのは。そう思う端から、いや、と否定した。
確かに似ているかもしれない。自分のなかにも在るものだから、懐かしさのようなものを感じるのかも知れない。
けれど、違う。するりとテッドのなかに滑り込んできたのは、その闇から溢れている暖かさや優しさのようなものだ。元からそこにあったものなのか、育てられたものなのか。どちらにせよ、何気なく触れたそれを、テッドはもう手放せなくなっている。
(いまだけは……)
いつかは別れがくるだろうことを知っている。右手に闇を抱えるかぎり、いつまでもここにいることはできない。
でも、とテッドは思う。いま、少しだけ、もう少しの間だけ。
テッドは手を伸ばす。静かにスィンの前髪を梳いた。
起こさないようにと思いながらも、起きればいいのにとも思った。あの闇色の目が、テッドを見て柔らかに細められたなら、もう何も、心配しなくてもいいような気がした。
朝は遠いようだった。闇色の目を望みながら、テッドはいつの間にか再度眠りにおちた。
end
2011.05.07
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